第2話 家を出てから五分後

通学路を五分ほど歩いて、坂道を下りポストのある角を曲がったあたりで、蒼真は口を開いた。

「それで買い物はお前でいいんだよな」

「えーやだ。だからそれは、これから決めようじゃないか!」

「そんじゃあ、じゃんけんでいいか」

さくらは両手平を上げて「これだからもう」とつぶやいていた。

「お子様じゃないんだし、大人的な勝負でどうよ」

蒼真に向ってビシッと指をさした。

「大人的な勝負? なんだよそれって」

「ふっふーん。だから後輩との恋人ごっこで、相手をドキドキさせたら勝ちってのでどうよ」

「どうしてもそれがやりたいんだな。ところでそれのどこが大人的な勝負なんだよ。ごっこって時点で子供じゃないか」

「分かってないな。大人の魅力で相手を魅了させ合うの、相手がそれにドキドキしたら負けよ」

何としても今日は、通学路でのイチャイチャ作戦をしたいさくらとしては、一歩譲らない構えだ。

その時、蒼真は動いた。蒼真はさくらの横顔に近づいけて来る。

ちょっと待った。ほっぺにキスなんて、まだ早いよ。だって大人的な魅力でとは言ったもののさくらの心の準備は整っていないし……正式なお付き合いだってまだなんだしさと思いながらも目をつぶってしまう。

「わーー!!」

「なによ突然。びっくりするじゃないの!」

「ドキドキしたか」

「そりゃー耳元で驚かされたら、誰だってびっくりするし、ドキドキもするわよ」

ばーか。おにいのばーか。ドキドキ違いじゃないのよ、とさくらは思った。

「じゃお前の負けな。だから夕飯の買い出しは頼んだぞノハラシンノスケ君!」

「むぅー、シンノスケじゃないし、そりゃドキドキはしたけど、それは大人的な魅力でドキドキしたわけじゃありませんよーだ」

さくらは顔がむくれている。

「悪かったって、そんなにむくれるなよ」

「そーよ。美人な顔が台無しになるわよね」

「大丈夫、そんなに美人じゃないし」

「むぅーー。むぅーー」

完全にフグのように膨れてしまった。

「じゃあさぁ、次はお前からやってみたらどうだ。俺ばっかり攻撃していいのかな?」

「それも一理あるわね。じゃあ……とか……つ……ごうか」

「なに言ってるんだ。全然聞こえないわ」

「だから、その……てと……ごう……かなぁとか思ったりして」

「あのー、もしもし。肝心な部分が聞こえないんですけど」

蒼真は意地悪そうに言った。内心何を言っているのかわかってきた気がするが、これは弄りがいがあると思ったらしく、さくらをかわいがることにした。

「だからね。手を……手を繋いで歩かないかなぁと……手を繋いでください!」

さくらは蒼真の正面に回り込むと、手を出してきて握手をしたいのかと思ってしまう。

これは懐かしのねるとん紅鯨団の愛の告白じゃないんだから。そしてどさくさに紛れてちょっと待ったーとか、変な奴現れたらどうするんだ。

まったく素直なんだか素直じゃないんだか、よくわからん妹に困惑しながらも、ついつい言うことをきいてしまう蒼真であった。

「最初っからそう言えって」

蒼真は、冷静に妹の手を繋いできた。

「なっ、いきなり何するの?」

「お前がそうしろって言ってきたんだろ」

「そうだけど、なんかさー心の準備とかシチュエーションとかさ、結構大事じゃんか……」

「そうかシチュエーションか」

そう考えると蒼真はつないだ手を放して、役に入っていった。

「なぁ、俺達付き合いだしたばっかりだけど、手とか繋いだことなかったよな」

「……うん。先輩、手……繋いでいいですよ」

これはチャンスとばっかりに、蒼真の役に乗ることにしたさくら。それも普通のつなぎ方ではなかった。

手と手を絡める恋人繋ぎじゃないの。蒼真のお大きな手にさくらの小さな手が覆いかぶさる。それはとても暖かい手。一一月の朝とはいえ結構冷え切っており、さくらの手は冷えていたため蒼真の暖かい体温がじんわりと伝わってくる。心地よいドキドキ感を味わっていると。

「ははぁーん、お前今、ドキドキしてないか」

「なぜそれを! さては霊能力者か?」

「いや霊能力者関係ないし、普通に手平の心拍数が上がっているからさ」

「うそ、気づかれた……てっ、手の心拍数って何?」

「ばれたか、手の平では心拍数はわかりませんからねー」

蒼真は完全に妹をからかって楽しんでいた。

「むぅーー。むぅーー」

本日二度目の完全にフグのように膨れてしまったさくら。

膨れたほっぺを指で刺して空気を抜く。

「くっふふふふ。お前っておもれーな」

「面白くないもん!」

「すまんすまん。悪気はあったんだ」

「あるんかよ!」

「でもさ、かわいい妹が膨れていたら兄として嫌じゃんか」

「……おにい」

「だから、今度は膨れるなよ。かわいい顔が台無しだぞ」

そういって、デコピンされた。デコにピィーンてされた。つまりのところデコピンだ。

それも強くもなく、痛くもなく、優しかった。すっごく優しかった。

なんかうれしくなったさくらは、蒼真の腕を両手で抱いた。

うれしかっただけじゃない、胸のドキドキが伝わってしまうのが怖かったからだ。

「おいっ、それはやりすぎだぞ」

「へっへーんだ。恋人同士だからいいんだもーん。それじゃあこれでどうだ」

さくらは有り余る胸を蒼真の腕に押し付けながら歩く。

「お前いい加減にし……」

蒼真は妹を見ると妹は目をうるうるさせながら見つめてきた。

麗しい目とつやつやでプルプルの唇。それをまじかで見て思わず息を呑む。

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