第54話 別れ③


「何だ、冴えない顔をしているな」ヒカルは鼻で笑った。「サーヴァントというものは、普段はのんびり過ごしていればいい。いざという時だけ〈鬼〉のような働きを見せてくれれば充分だぞ」

「……〈鬼〉のような、ね」


「ああ、そうだ。犬飼理市、わかっていると思うが、おまえの身体は〈鬼〉と人間のハイブリッドだ。外見は人間であっても、戦闘に特化した攻撃力と、不死身性に長けている。ビルさんとの戦いは、初めてだったことを考慮しても、なかなかよかったぞ」

「おっ、珍しく褒められたのか?」


「マジ期待を裏切らない働きだったな。初めてだったことを考慮しても、不格好で独創的な戦い方は見ごたえがあった。純粋に娯楽として楽しませてもらったぞ」

「そうかい、退屈しのぎになったのなら何よりだ」


「あ、そうだ。思い出したぞ。理市、ビルさんとの最後の戦いの時、時間稼ぎのために、面白い話をしていただろ。怪獣が神様におねだりして牙や翼を欲しがったり、大きなハサミを欲しがったりとか何とか。あの話って、どういうオチなんだ?」

「ああ、あれか。あれは確か……」


「確か、の続きは何だ?」

「オチとしてはイマイチですよ。お子様的というか、教科書的というか」

「もったいぶらずに、さっさと言え」

「わかりました。おねだり怪獣は神様から、牙や翼、大きなハサミ、次々と身体につけてもらったんです。その結果、身体が重すぎて動けなくなり、死んでしまいました。つまり、よくばりすぎは良くないですね、というオチですよ」


「何だよ、それ。まるで子供だましだな」

「そうかもしれないな。元ネタは僕が幼い頃に読んだ絵本だからね」そう言って、理市は笑った。

「面白くない。マジ面白くない」と、ヒカルは納得できない口ぶりだった。


 理市が水辺から上がると、クスノキの枝に、着替えがかけられていた。求丸が適当にみつくろってくれたらしい。Tシャツとブルーデニム、スニーカーを身に着けると、人心地ひとごこちがついた。


 身体に力がみなぎってきたので、ストレッチで身体をほぐしてから、森の中でトレッキングを行った。少し速めの山歩きである。静謐せいひつな空気の中での汗を流すのは気持ちよかった。途中で見つけた猿梨さるなし山葡萄やまぶどうで、食欲と喉の渇きを癒す。


 身体の半分は〈鬼〉でも、残り半分は〈人間・犬飼理市〉である。食の好みは人間寄りなのか、腹いっぱいジャンクフードを食べる欲求にとらわれた。そもそも、半年も眠っていたのだ。胃の中は空っぽである。


 理市は一回りをして水辺に戻ると、ヒカルは水浴びを終えて、パステルピンクのワンピースに身体を包んでいた。黙って大人しくしていれば、良家のお嬢様に見えなくもない。


「ヒカルさん、人里に降りて、買い出しをしてきてもいいかな。腹が減って仕方がないんだ」

「いや、求丸が用意しているはずだぞ。サーヴァントの復活祭だと妙に張り切っていたな。いいか、料理を残すと求丸は怒るから、ひとつ残らず平らげるんだぞ」


 ゲテモノ料理だったらどうしようかと思ったが、幸い、テーブルの上に用意されていたのは、コンビニ唐揚げ弁当やハンバーガーセットといった、人間にとってありふれた食事だった。


「犬飼理市、食え食え、たっぷり味わえ。求丸様が直々に用意したメニューを堪能するんだっキュー」

 理市は慌ただしく頷きながら、底なしの食欲を満たしていった。

「いやぁ、最初が何でこんな奴がサーヴァント、って思ったが、なかなかどうして最終的内は底力を発揮したらしいなっキュー。食え食え、犬飼理市」


〈触手の王〉に化した最上や〈旧支配者の末裔〉ビル・クライムとの戦いは、正真正銘の死闘だった。振り返ってみても、よく生き延びられたものだと、自分の悪運の強さを実感する。


 想いを巡らせているうちに思い出したことがあった。戦いの最中、最上から取り戻した指輪の件である。あの時は〈鬼〉の姿だったので、身体が巨大になっていた。太くなった指にはめることができず、確か右の耳の穴に突っ込んでおいたのだ。


 ただ、指先で確認してみたが、そこに指輪はない。左の耳の穴にもなかった。泥の中で眠っている時に転がり落ちたのか? 身体を洗っている時に清流の中に落としたのか? それとも、もっと遡り、ビルとの死闘の最中にどこかにやってしまったのか?


 一旦気になりだすと、理市はいてもたってもいられなくなった。

「求丸、悪いな。後で必ず食べるから」

 そう言って、半年間ねむっていた場所へと向かった。やわらかな泥の中に両手を突っ込んで、理市は懸命に指輪を探した。求丸が上空を飛び回って、キューキューと怒っていたが、そのうちあきらめてどこかにいってしまった。


 理市は心から悔む。なぜ、自分は大事なものをなくしてしまうのか? 江美と美結を殺された時もそうだったが、悔んでも悔やみきれない。せっかく奇跡的に指輪を取り戻したのに、どこかにやってしまうなんて、バカさ加減にもほどがある。


 いくら探しても見つからないのかもしれないが、それでも探さずにはいられない。

 泥の中の次に考えられるのは清流だろう。泥だらけの身体を洗いながら、清流の中を歩き回ってみた。透明度が高いので川底まで見通せるのだが、肝心の指輪はどこにも見当たらない。




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