第52話 別れ①
日本には
代表的のような神々は、山や森などに腰を据え、ただ圧倒的なものとして存在してきた。山や海などの自然物として捉えられ、自然災害は荒ぶる神とされてきた。人々は数千年の長きに渡って、神を
しかし、それはもう昔の話だ。今いきのこっているのは、神頼みの際に向き合う、好都合な神だけである。異世界の化け物のような神は、架空の存在である妖怪と同一視され、きれいさっぱり忘れ去られてしまった。ヒカルの本体である〈数百か数千の眼をもった黒い小山〉も、そうした古き神の一柱だった。
ずっと奥多摩の暗い森の中にこもり、数百、数千の眼を駆使して〈大いなる監視者〉の務めを続けてきた。今回のビル・クライムとの一件もその一つに数えられる。
〈旧支配者の末裔〉との激闘を終えて、ヒカルは奥多摩の山奥に戻っていた。
「都会も面白いけど、やっぱり、ここが一番だね」と、昼でも暗い森の穏やかな瘴気の中で、心身ともにリラックスをしていた。
そこへ騒々しい羽音とともにやってきたのは、お目付け役の求丸である。
「ヒカル、何をのんびりと過ごしているか。今すぐ反省文を百枚書くんだキュー」
「反省? 反省なんかしないよ。私は過去を振り返らないの。いつも、まっすぐ前しか向いていないから」
「黙って素直に言うことを聞くんだキュー」求丸は怒っていた。「場当たり的に〈旧支配者の末裔〉なんかと関わるから、面倒なことになる。俺っちも巻き添えを喰らって、あやうく殺されるところだったキュー」
これは神田のビジネス街で、ビルに銃撃された件である。
「だって、ちょっかいを出してきたのは、向こうだもの。不可抗力ってもんだよ」
「黙って大人しく1000年以上も見守っているから、〈大いなる監視者〉なんだ。トラブルの度にドンパチしていたら、〈武闘派〉呼ばわりをされても文句は言えないぞっキュー」
「やぁん、それは困るぅ。〈武闘派〉ってイメージが最悪だし、男受けがよくないんだもの」
「えっ、そうかなぁ、ワイルドガールって意外とセクシーだと思うけど」
ヒカルたちのやりとりに口を挟んできたのは、木々の陰から顔をのぞかせた久慈川ジーナだった。
「童顔のライダースーツって、意外とエロいよ」そういうジーナも身体にフィットしたライダースーツである。
「えーっ、そうかなぁ。身体のラインをくっきりしっかりってやつでしょ。私は乙女だから恥ずかしいよ」と言いつつ、ヒカルはまんざらでもなさそうだ。
「ヒカルさん、よかったら、アメリカから送りますよ。本場のライダースーツ」
「あれ、ジーナったら、もうアメリカに帰っちゃうの?」
「ええ、次の仕事が入っていますから。貧乏暇なしってやつですよ」
「ビル・クライムがいなくなって、アメリカのダークサイドは大騒ぎだね。人間界のことは知ったことじゃないけど、どうせ、ヤクザみたいに跡目争いとか始まるんでしょ」
「そうなるでしょうが、私たちには関係ありませんよ。日本では『対岸の火事』っていうんでしたっけ。もしもビルの残党が因縁をつけてきたら、逆襲してやります」
「あ、もしかして、ギャラの支払いとかで、ジーナには迷惑をかけちゃった?」
「いえいえ、前金で半額を受け取っているので、ご心配は無用です。フリーランスのたしなみというか、そのあたりは抜かりなく」
ただ、ジーナには気になっていることがあった。
「ビル・クライムの首はどうするんですか? まだ仮死状態なんですよね」
「おお、そうだっキュー。〈旧支配者の末裔〉だから、時が経てば復活することはありうる。他の〈旧支配者〉どもと同様だっキュー」と、求丸。
「ジーナ、こういう時、〈大いなる監視者〉のとる手段は一つなのよ」
ヒカルはにっこり笑って、
「封印」と言った。
これまで〈旧支配者〉の封じ込まれた場所は、永久凍土の下か、深海の底か、もしくは異次元の果てだった。
「まぁ、どこに封印するかは、私たちに任せて。これまでの経験をふまえて、必ず完全犯罪にするからさ」ヒカルは自信満々に言ってのけた。
「よろしくお願いします」ジーナは笑顔で言った。「ヒカルさん、何かあったら、遠慮なく呼びつけてくださいね。地球の裏側から駆けつけますから」
ジーナは陽が暮れる前に、別れの言葉を告げて去っていった。
ヒカルは再び一人きりになった。別に寂しくはないが、気を緩んだのか、にわかに虚脱感に襲われた。ビル・クライムとの戦いは、想定以上に過酷だったのだ。夥しい眼球をもつ巨大な本体の中で、心身ともにリフレッシュをするべきだろう。人間が長期休暇をとるように、じっくりと英気を養うべきだろう。
だが、その前にしておかねばならないことがあった。
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