第51話 黄金の首③
「今すぐ詫びて、私の軍門に下るなら、特別に見逃してやってもいいぞ」
そう言ったのは、小山のような背中の真ん中に位置する、黄金の首である。
「私はストロングボーイが大好きだ。日本でヤクザと行動を共にしたが、見かけばかり着飾って貧弱な連中にはうんざりしている」
「マジかよ。最上をぶっ殺した俺を見逃してくれるって? アメリカの古い神様は随分と心が広いんだな。いや、鈍いのか」
理市は予備動作もなしに、高々とジャンプした。空中で襲ってきた異形の剛腕をかわし、それをトンと蹴りつけて、黄金の首へと肉薄する。
「その面の皮、ぶった斬ってやるよっ」
右手の甲から突き出た〈鬼神刀〉が上段から振り下ろされる。
だが、その切っ先が黄金の首に届くことはなかった。ありえない角度から繰りだされた異形の左脚が、理市の胴体を捕らえたからである。
重機で握りつぶされるような激痛が、理市を襲う。
笑いを含んだビル・クライムの声が聞こえてくる。
「もう一度だけチャンスをやろう。私の軍門に下る気はないか?」
「『はい、下ります』と言ったら、あんた、それを信じるのかよ」
「くくくっ、まさかな。そこまで愚かじゃないつもりだ」
「はは、やっと本音を吐いたな。ようやく、話ができる」
「どうする? 命乞いでもしてみるか?」
ビルの声は低くなり、冷酷さを帯びる。
「そうだ、面白い話を聞かせてやろうか」
複数の臓器が破壊されるのを感じながら、理市は軽口を叩く。
「昔あるところに、一匹の怪獣がいた。これといった特徴もない、ごくありふれた二本脚の怪獣だ。怪獣自身も自分の地味さを自覚していたので、根本的な変化を望んだ。もっと迫力と独自性のある姿になれるように、神様に願った」
これはもちろん、時間稼ぎである。なぜなら、ほんの数分前に、
『犬飼理市、悪いんだが、もう少しだけ粘ってくれ』というヒカルのメッセージが脳裏に伝わってきたからだ。
幸い、ビルは気づいていない。
「興味深い話だ。その神様は快く、願いを叶えたのか? いわゆる
「さぁ、それはわからない。辺境の神様だから、異国の神様かもな。とにかく、怪獣は願ったんだ。いわく、ティラノサウルスのような牙が欲しい。いわく、ドラゴンのような翼が欲しい。いわく、バルタン星人みたいなハサミが欲しい」
「ああ、バルタンなら知っているぞ。フォッフォッフォッ」
バルタン星人の物真似をする生首男の姿は、かなりシュールである。
「ビルさん、『ウルトラマン』をケーブルテレビで観たのか? 日本の特撮番組は欧米で人気らしいな」
「平成期のウルトラシリーズには、〈旧支配者〉らしき怪獣も登場していたね。昔から、〈旧支配者〉と怪獣には親和性があるのだよ。そうそう、ゴジラが実は『クトゥルー神話』のダゴンであるという説を知っているかね?」
さらに話が展開しようとした時、理市はヒカルのメッセージを受信した。
『犬飼理市、お待たせぇ』
次の瞬間、ビルの生首に異変が起こった。
両方の眼から柳刃包丁の先端に似た〈鬼神弾〉が突き出したのだ。さらに、額や頭頂部、こめかみからも一斉に突き出てきた。まるで、生首が出来の悪い王冠をかぶっているように見える。
しかも、すべての〈鬼神弾〉には、小さな眼球が浮かんでいた。ヒカルの〈
生首の口元から、藍色の血が垂れる。〈四つん這いの巨人〉の正面に、ヒカルが笑顔で佇んでいるのだが、両目を失ったビル・クライムには見ることもできない。それどころか、微動だにしなかった。
「どうした、ビルさん。減らず口を叩かないの?」
「……」
どうやら脳髄を破壊され、〈旧支配者の末裔〉は仮死状態に陥ったらしい。
〈四つん這いの巨人〉に握られた理市を見上げながら、ヒカルは明るく声をかける。
「おい、犬飼理市、生きているか?」
「……」
複数の臓器が破壊され、大量に出血したせいだろうか。〈鬼〉の外見や逞しい体躯は失われ、ただの人間の姿に戻りつつある。身体が縮んだことが幸いして、異形の後ろ脚との隙間が大きくなっていた。
理市の身体は滑るように、異形の後ろ脚からグラウンドに転がり落ちた。
その姿は、糸の切れた操り人形のようだった。
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