第50話 黄金の首②


「ビル・クライムはそれなりに人間界にフィットしていた」と、ジーナが口を添える。「巨大コンツェルンの影の総帥なんて、コミックみたいな肩書も持ち合わせていた。マフィアと手を組んで莫大な利益を上げるなど、物欲に支配されていた。そんな人間並みの俗物さが種族の血を薄めたのかもしれない」


「なるほどね。敵の概要はともかく、俺は知らない間に、世界の覇権を左右する神々のバトルのど真ん中にいたのか。ははっ、光栄すぎて涙が出てくるな」

 そんなことを話しながらも、理市はビル・クライムから目を離さなかった。

「話を戻すんだが、俺には何か重要な仕事があるんだろ? その〈旧支配者の末裔〉がらみでさ」


 ヒカルはビルの方を見やり、

「おおっと、うっかり忘れてた。銀の弾丸がそろそろ限界だな」

 ビルの身体を繰り返し貫いていた、複数の弾丸のことである。


「ほら、犬飼理市、とっととサーヴァントとしての役割を果たせ」

 理市は苦笑して、両手の甲から日本刀の太さで〈鬼神刀〉を出す。

「具体的な指示をくれ。〈鬼神刀〉で心臓を一突きか? ズタズタに引き裂くのか?」

「あっ、理市、首は、首だけは」

「首をぶった斬ればいいのか?」


 理市はヒカルの返答を待たずに、両手の〈鬼神刀〉を勢いよく打ち出した。大量の血液がほとばしり、ビルの首が弾かれたように宙を舞った。


「ああ、何やってんだ。理市ぃ」

「え、首をぶった斬るんだろ?」

「首を斬るのだけはダメだって」

「……」


 ビルの胴体は灰のように崩れ落ちたが、首だけは斜面を転がり落ちていく。

「何をしているっ。理市、追いかけて止めを刺せっ」

 ヒカルに一喝されて、理市は斜面を駆け下り始めた。


 ビルの首からクモのような脚が飛び出し、飛ぶような速さで逃げていく。理市は〈鬼〉の速さで追いかけて、懸命に手を伸ばす。しかし、ビルの首は鮮やかなステップを踏んで、理市の手から紙一重で逃れる。


 堤防から銃声が響き、理市の身体をライフル弾がかすめていった。ジーナがM16で生首を狙撃したのだが、通常弾では目ぼしい効果はないだろう。

「俺に任せておけっ」

 理市が叫ぶと、ジーナの狙撃は止んだ。


『理市、二体の合体を許すな』

 ヒカルの指示が理市の脳裏に響く。二体というのは、もちろん、ビルと最上のことだ。ビルの首は確かに、〈触手の王〉の残骸に向かって疾走している。

 理市は生首の速度と距離を素早く計算する。わずかの差で追いつけない。


 理市は思い切りよく足を止めて、左手で支えた右の拳を生首に向けた。

「いっけぇ、〈鬼神弾〉っ」

 右の甲から勢いよく飛び出したのは、〈鬼神刀〉の切っ先だった。柳刃包丁の先端に似たそれは、弾丸のように生首を襲う。しかも、マシンガンのような連射である。


『うまいぞ、理市。よし、特別に手を貸してやろう。よぅく見ておけよ。ほら、〈轟天散華(バレット・ブレイク)〉だ』


 複数の〈鬼神弾〉の表面に小さな眼球が浮かび、すべての動きはヒカルの支配下と化す。とたんに、それぞれバラバラの飛行を開始する。大きくカーブする〈鬼神弾〉もいれば、天空に向かうものやジグザクを描くものもいた。


 ビルの首と〈触手の王〉の残骸との距離は数メートルに迫っている。

『いっけぇ、〈鬼神弾〉っ』

 理市の口真似とともに、すべての〈鬼神弾〉がビルの首に殺到した。たちまち、クモに似た脚が吹っ飛び、生首は蜂の巣になってしまう。


 いや、ビルの首は無傷だった。生首全体が黄金と化し、すべての〈鬼神弾〉を弾き飛ばしたのである。

 しかも、息絶えた最上の頭部を喰いちぎると、複数の血管を触手のように動かして、その傷口にとりついた。双方の傷口を重ね合わせ、〈触手の王〉との一体化を果たす。


 ビルはニヤリと笑うと、

「ヒカルさん、第二ラウンドといこうか」

〈触手の王〉がユラリと、左右の太い触手を持ち上げる。その先端の顎が牙をむいて威嚇いかくする。


 だが、次の瞬間、獣のような影が駆け抜け、触手の先端を二本とも切断した。それぞれ宙を舞って、グラウンドに落下する。

「相手が違うぜ、色男。てめぇの相手は、この俺だ」

 影の正体は、両手の甲から〈鬼神刀〉を下げた、犬飼理市だった。〈鬼〉の全戦闘力を解放にして、理市は〈触手の王〉に襲いかかる。


 全身から〈鬼神刀〉を生やした理市が、コマのように回転しながら、タコの化け物に突進した。前面に展開していた触手は、無残な傷口をさらして、次々とグラウンドに落ちていく。グラウンドに血の雨が降る。赤い血ではない。人間とは正反対の藍色の血だ。


 だが、黄金の首は余裕たっぷりの笑顔で、

「ヘイ、ジャパニーズボーイ、〈旧支配者の末裔〉をなめてもらっては困るな」

〈触手の王〉は理市の目の前で、驚くべき変化を見せた。残った触手を二本ずつ絡み合わせて、さらに強固な触手を四本作り上げている。


 正確には触手ではない。筋骨隆々な四肢である。全体のフォルムも〈タコの化け物〉から〈四つん這いの巨人〉へと変化していた。



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