第49話 黄金の首①


 理市は消耗しきった身体に鞭打って、ヒカルの元に向かった。足がふらつくほどの疲労感に包まれていたが、最上を打ち倒した高揚感の方が勝っている。土手を駆け上がると、ヒカルのいる堤防にたどり着いた。


 そこでヒカルと一緒に待っていたのは、見覚えのあるライダー女だった。

「お疲れ、犬飼理市。紹介しよう。こちらは寝返ってくれたジーナだ」

「どーも、久慈川ジーナです。君とは確か公園の木の下で会ったわね」

「ああ、あの時のあんたか。だけど、寝返ったって、どういうこと?」

「犬飼理市、そんなことより大事なことがある。こっちが最優先だぞ」


 ヒカルは苦笑を浮かべて、それを指さした。実は、堤防に着いた時から、理市自身もそれが気になっていたのだ。


 アスファルトの上に座り込んでいるのは、すっかり変わり果てたビル・クライムだった。金髪の美青年だった彼は、複数の銀の弾丸で何度も貫かれては再生を繰り返し、全身がボロ雑巾のような姿な有様である。


「彼がさっき話した〈旧支配者の末裔〉だ。ざっくり言って、私たちの敵だからな」

「説明が大まかすぎるなぁ。だけど、あの最上を〈タコの化け物〉にした張本人ということで、俺たちの敵であることは充分に認識しているよ」


「私から少しだけ補足しよう」ジーナが控えめに口を挟んだ。「ヒカルさんと君の間には、〈響き眼〉の受け渡しがあったはずだな。ビル・クライムと最上の間にあった同様のやりとりがあった。最上に与えられたものは、〈オーブ〉と呼ばれている」

「〈オーブ〉?」理市は眉間に皺を寄せる。


「英語で〈OHB〉、日本語にすると〈宝珠〉になる。ただ、私の元スポンサーは別の意味で使っていた。〈OHB(オリジナル・ヒューマン・ビーイング)〉、くだいて言えば〈人間の始祖〉〈人間のルーツ〉という意味だ」


 ジーナの説明を要約すると、〈オーブ〉には人間を不死身の異形に変える力があるという。吸血鬼や狼男などの伝説がその痕跡だとすれば、〈オーブ〉の能力は呪いと呼んでも差支えないだろう。


「けど、それじゃ〈オーブ〉が〈人間の始祖〉〈人間のルーツ〉というのはおかしくないか。どちらかというと、〈神々の力が宿った珠〉ということだろ?」

 理市が訊ねると、ヒカルは淡々と話し始めた。

「いや、オリジナルの人間は元々、神々と等しい存在だったんだ。数千年前、神は自らに似せて人間をつくった。わかりやすく言えば、コピーだな。数十年単位でコピーを重ねていけば劣化するのは理解できるだろ」


「おいおい、人間は劣化コピーかよ」

「何だ、その不満げなリアクションは。私のおかげで、理市はオリジナルになったんだ。ありがたく思え」

「……」


 しかし、3年前にヒカルに出会う前ならともかく、異形の存在を目の当たりにし、理市自身が〈鬼〉になった今では充分納得できる話だった。


「ジーナによると、〈旧支配者の末裔〉は仲間の復活を企んでいるらしい。好戦的な国民性のせいか、ビルは生粋きっすいの武闘派だからな。とにかく、大いなる力を欲しているんだ。『大いなる力には大いなる責任が伴う』とアメコミも言っているが、彼の場合は無責任な欲しがり屋だな。あれ、何の話をしてたんだっけ」

「ヒカルさん、〈オーブ〉の話じゃない?」と、理市。


「おっと、そうだった。話を戻すと、ビルは根本的な力を欲しているんだ。言い換えれば、強力なサーヴァントどもだな。無敵のサーヴァント軍団をつくるために不可欠なのが、元気で新鮮な〈オーブ〉というわけ。ところが環境汚染のせいで、なかなか見つからない。どうやら、海外の神々の〈オーブ〉は劣化が激しいらしい。なっ、ジーナ」


「はい。ビル・クライムが私に、ヒカルさんのマークを命じたのは、元気で新鮮な〈オーブ〉を手に入れるためです。あ、ヒカルさんは、〈響き眼〉と呼んでいるんでしたね」

「そう、私のピチピチした〈響き眼〉が欲しくてたまらないんだと。へへっ、モテモテすぎで困っちまいますねぇ」と、ヒカルは自慢げに胸を張る。

「モテモテは違う気がするけど」と、呟く理市。


 どうやら、古き神々の戦いの根本は、種族の存続であったらしい。ヒカルの〈響き眼〉が無尽蔵なのかどうかは不明だが、〈旧支配者の末裔〉にとっては、大変価値のあるものなのだろう。





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