第48話 鬼をめぐる話
少しばかり、余談に付き合ってもらいたい。鬼に関する話である。
鬼は人間を襲い、喰らう。角があり、赤い肌か青い肌をしている。怪力の持ち主で、虎柄のフンドシを身に着けている。そういったイメージだと思うが、これらは江戸時代に固まったものである。
それ以前には、いろいろな鬼がいた。牛や馬のような鬼がいたし、角のない鬼もいたのだ。鬼の歴史は意外と長い。『日本書紀』や『風土記』にすでに登場し、中世は鬼が最も怖れられていた時代だった。最も有名な鬼は、酒呑童子や茨木童子だろう。
犬飼理市が変化した姿は従来の鬼のイメージに似ているが、本質的には異形のものであり、古き神のサーヴァントである。ただ、鬼のサーヴァントとくれば、平安時代の日本に、よく似たものがあった。
それは何であるかを語るために、時計の針を数百年ほど戻そう。〈古き神〉が今より数百年ほど若かった頃の話だ。ヒカルの外見は今と変わらず、若い女性の姿をしていた。たまに都に行くことがあっても、一年の大半は深い森の中で暮らしていた。
逢魔が時の森の中で、ヒカルは一人の
「どうした、童。道に迷ったのか?」
「おまえは何じゃ?」可愛らしい外見に似合わず、大人びた口振りだった。
「何じゃとは何じゃ、無礼な童だな」
「こんな森の中に人がいるものか。おまえ、人のふりをした鬼だろう」
ヒカルの暮らす深い森は、旅人が幾人も消えていたため、都では〈鬼隠しの森〉と呼ばれていたのだ。
「おまえ、名を何という。名乗ってみよ」
「ふん、名にこだわるのか。くだらんな。童が好きなように呼べばいい」
「では、おまえは鬼姉さんだ」
「……重ね重ね、くだらんな。私が鬼だったら、とって喰らっているところだ。ほら、さっさと帰れ。母様が心配するぞ」
そう言って、ヒカルは童に背を向けた。しかし、童は立ち去らなかった。
「『くだらんな』が姉さんの口癖なのか? くだらんな」
その言葉とは裏腹に、童は好奇心に満ちた眼をしていた。口元には笑みさえ浮かべている。
「童、名を何という?」
「ふふ、簡単には教えない」
「ふん、私の真似っこかい。どうやら、おまえは私の正体がわかっているようだな」
「姉さんの正体は、たぶん、鬼に近しいものだろう?」
「ほう。もし、そうだとしたら、童、私が怖くないのか?」
「怖いさ。だけど、怖いだけではない」と、童は武者震いをした。
好奇心を抑えられないのだ、と察したヒカルは、無意識のうちに笑っていた。しかし、童の次の言葉は、想像のはるか上をいくものだった。
「姉さん、友達にならないか? 鬼のことをいろいろ教えてほしい」
これには、さすがのヒカルも絶句した。そして、久しぶりに大声で笑った。こんな人間に会ったことは初めてだったし、ひどく愉快だったからだ。
「面白いことを言う童だな。いいだろう。おまえといると楽しく過ごせそうだ」
ヒカルは童の申し出を受け入れた。
もっとも、ヒカルは正確には鬼ではなく、〈古き神〉である。ただ、鬼のことはよく知っている。童が知りたいのなら、教えてやってもいい気分になっていた。こうしたことは、ヒカルにとっては珍しいことである。
その後、童はヒカルの元を訪れるようになり、その奇妙な関係は断続的ではあったが、かなり長く続いた。童の探求心と知的好奇心は好ましかった上に、童は
神の叡智は簡単に身につくものではない。並みの人間では不可能だし、それにふさわしい器というものが必要である。
ヒカルと出会えたことからして、童は異能の持ち主だった。常人には見えぬものが見えたり、聞こえないものが聞こえたりしたという。そのため、キツネから産まれたという噂まであったらしい。
童は大人になると、役人にかけられた呪いを解いてやったり、悪しき鬼を倒して封印したりもした。天皇を脅えさせる怨霊を鎮めて出世コースにのり、都では知らぬ者のいない有名人になった。
既にお気づきの方も多いだろうが、童は陰陽師になっていたのだ。陰陽師は式神を操る。式神の本体は紙片や木片などにすぎないが、陰陽師によって命を吹き込まれ従僕のように仕える。式神とは言わば、小さな鬼のようなものだ。
随分と回り道をしてしまったが、前述した「鬼のサーヴァントに似たもの」とは、この式神のことである。実は、この陰陽師に鬼の操り方を授けたのはヒカルだったのだから、当然と言えば当然の話なのかもしれない。
ちなみに、この陰陽師は一条戻橋の下に、「十二神将」と名付けた式神たちを控えさせていた。ここまで明かしてしまえば、陰陽師の名は言うまでもないだろう。最も知名度の高い陰陽師といえば一人しかいない。
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