第41話 エンドレスマッチ③


 最上だけでなく、黒木まで異形だったのか?


 この状況に驚いている暇もなく、ピンク色の長い蛇が理市に襲いかかってきた。思いきり振られたムチのように勢いよく飛んできて、理市の胴体にグルグルと巻きついたのだ。

 いや、蛇というより、触手である。似たようなものを最近見たばかりだ、と理市は思った。


「最上と同類ってわけか。何が悲しくてタコになりはてた?」

 理市は腕力で触手を引きちぎろうと、なかなか果たせない。ウインチ用のロープよりも、はるかに厄介な代物だ。

「人間からタコになるのは進化じゃなくて、退化だろうに」


 その時、理市の背後で、立て続けに悲鳴が上がった。

 振り向くと、そこでは地獄絵図が展開していた。大蛇のような触手の束が波を打って、荒れくれどもに襲いかかっている。触手の先端が割れて肉食獣のあぎとになり、無力な人間を次々と喰らっているのだ。


 十数本の触手をくねらせているシルエットは、やはりタコに似ている。しかし、全長が10メートル以上もあり、人間を喰らうようなタコはいない。

 まるで、悪夢のような情景だ。こんな化け物は、フィクションの世界にしかいない。いや、化け物というより、怪物か怪獣だろう。


「負けた奴と逃げた奴はぶっ殺すって言ったろ。俺はやると言ったら、やる男なんだよ」

 どこからか、聞き覚えのある声が上がった。理市が怪物を見上げると、触手でできた小山の天辺に、見覚えのある男の上半身があった。


 理市の仇敵きゅうてき,最上である。

「何だ何だ、モニターを見ていて、黒井が犬っころに倒されたと思ったから、出てきたのによぉ。黒井は、まだ戦う気満々じゃねぇか」

 最上は酔っ払いのようにハイテンションだった。暴虐のかぎりを尽くして、血に酔っているのかもしれない。〈触手の王〉の哄笑が、広いフロアに響き渡る。


 身動きのとれない状況で、さらなる強敵の登場。理市は焦りまくっていた。

 ゾンビ状態の黒井ならともかく、血に飢えた〈触手の王〉は手に余る。正面から立ち向かうには、それなりの対策が必要だろう。とりあえず今は、この触手の拘束を抜け出さなくては……。


 理市の考えを察知したかのように、ゾンビ黒井の触手が強い力で理市を引っ張った。

 隙を突かれて、理市は勢いよく転倒する。そのまま、黒井の元へと足から引っ張られてしまった。必死に抵抗を試みるが、黒井の力にはかなわない。ズルズルと床を引きずられていくしかない。


 理市の行く手で、黒井の身体が変化していた。腹部がふくらんでいる。次の瞬間、シャツのボタンが弾け飛び、腹部がむきだしになった。そこには、サメのような巨大な顎が出現していた。


「おいおい、黒井さんまで俺を喰らうつもりかよ。言っとくが、俺の肉は旨くないぞ」

 軽口を叩きながら、理市は捨て身の作戦を選択した。引っ張られる力を利用して跳ね起きると、黒井に向かって疾走を始めたのだ。


「いいかげん成仏してくれっ」

 その叫びとともに、理市は身体に巻きついた触手ごと、体当たりを敢行する。巨大な顎の牙が触手に刺さったところで、ため込んだ力を爆発させて触手を引きちぎる。


 理市は無事、拘束からの脱出を果たした。しかし、その直後に、背筋が凍るような殺気が吹きつけてきた。最上が背後から、複数の触手を一つにまとめて、ハンマーのように打ち下ろしてきたのだ。


 それは一切容赦のない、虫けらを叩き潰すような必殺の一撃だった。




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