第39話 エンドレスマッチ①


 一度死んだ者は生き返ると、なかなか死ねないらしい。


 理市が目を覚ますと、またもや走行中の車の中だった。ウインチ用の頑丈なロープで全身がグルグル巻きにされており、身動きはおろか寝返りを打つことも難しい。視線を巡らしてみると、どうやらSUVの荷台であるらしい。


 運転をしているのは、理市を拳銃で撃った若い男だった。銃弾の命中した背中や腰がジクジク痛むが、気を失っているうちに血は止まっていた。傷口周辺の肉が盛り上がっていて、銃弾が転がっているのを見ると、急速に再生した肉が体外に押し出したのだろう。


 理市は楽観的に考えることにした。


 元々、時間限定の命なのだから、その時がくるまでは死なない理屈である。おそらく、あと3時間程度は大丈夫だろう。おまけに、このまま大人しくしていれば、敵の本陣に運んでもらえるのだ。いたりつくせりである。


 体調は絶好調とはいえないが、もうひと暴れぐらいはできる。もし、その場に最上がいたなら、今度こそケリをつけてやる。


 意識がない振りをしていると、両足を乱暴に引っ張られ、理市はコンクリートの床に背中から落とされた。あやうく後頭部を強打するところだったが、顎を引きながら身体をひねって、かろうじて頭を守った。


 薄目を開けると、そこは倉庫の中だった。大きさは体育館ほどであり、何も置かれていない。殺風景なフロアを占めているのは、数十人の男たちだった。床に広がった油じみに見覚えのあると思ったら、3年前に運び込まれたのと同じ場所である。


 つまり、江美と美結が殺された場所だった。理市の身体に自然と力が入る。


「いつまで死んだふりを続けるつもりだ。とっくに縄抜けは済んでんだろ」

 聞き覚えのある声は、〈武闘派ゴリラ〉黒井のものだった。男たちが二つに割れて、黒井が姿を現した。怒気をはらんでいるせいか、より一層大きく見える。


 理市は反動をつけて、勢いよく跳ね起きた。

「大層な出迎えだな。俺は大袈裟なことがあまり好きじゃないんだ」そう言って、足にからみつくロープを蹴り飛ばす。「で、どうする? あんたから来るかい、黒井さん」


「素人を袋叩きにするほど腐っちゃいない。勝負はあくまで一対一。凶器の類は使わん。正々堂々とやってやるさ」

 黒井はそばにいた坊主頭の肩を叩き、

「まずは、こいつからだ」


 数十人の男たちが円形に並び、灰色のフロアに即席のリングが完成した。理市と坊主頭が第一試合の出場選手として、リングの中に取り残される。


 坊主頭がシャツを脱ぎ捨てたので、理市も合わせて上半身裸になった。


 いきなり、鋭いジャブを打ってきた。坊主頭はボクサー崩れなのか、意外とさまになっている。男たちの間から、坊主頭に対する叱咤激励と理市に対する野次が飛ぶ。


 しかし、理市のスピードとパワーは、坊主頭のそれを軽く上回る。相手の死角から、高速の右フックを放った。きれいに顎を打ち抜いて、坊主頭を昏倒させた。


 二人の男がそれぞれ、坊主頭の足首をつかみ、ズルズルと引きずっていく。敗者は去るのみである。

「次は、こいつだ」黒井が、童顔の大男を指さした。


 理市の前に進み出たのは、肉厚の巨体だった。元ラグビー選手かもしれない。底抜けの笑顔のまま、大胸筋をピクピク動かすパフォーマンスも、なかなか好感がもてる。


 だから、右の正拳突き一発でケリをつけた。手加減はしたつもりだが、臓器の一つか二つは破れたかもしれない。巨漢が倒れた地響きは、男たちを黙らせた。ちなみに、童顔の大男の退場には、三人を要した。


 黒井が三人目に指名したのは、スキンヘッドの外国人だった。それなりに強面だが、奇妙な関西弁でまくしたてるので、出来の悪いコメディアンのようだ。その上に、ひどい口臭をまき散らしている。


 理市はくるりと背を向けて、よくしなった回し蹴りを放った。パァンという音が弾け、側頭部を打たれたスキンヘッドは、ゆっくりと丸太のように倒れた。


 八人目までは難なく早々に片づけたが、九人目と十人目と立て続けに手こずった。

「一対一」と黒井は言ったが、ほとんどインターバルなしで戦い続けているのだ。実際には「一対二十五」である。



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