第33話 異能美少女と女性襲撃者①


 久慈川ジーナは軽やかに、薄暗い街並みの中を歩いていた。


 日光街道から一本脇道に入ると、ほとんど人通りはなかった。ひっそりとした住宅街である。ジーナは猫のような身のこなしで、足音をまったく立てない。ヤマハのバイク、SR400を乗り捨てたのは、状況に合わせてのことである。


 ジーナは今、アンノウンを追尾している。文字通り、彼女は正体不明の生命体だった。ジーナの撃った銃弾は全弾、数メートル手前で跳ね返されてしまったのだ。まるで、サイエンスフィクションでお馴染みのバリアーに攻撃を阻まれたようだった。


 バックアップチームから渡されたファイルによると、アンノウンに命中するはずだった銃弾が突然コースを変えたり、手を触れずに無機質の物体を操ったりしたこともあったらしい。こちらは、サイコキネシスなのだろう。


 さらに、アンノウンの周辺では明らかに、不気味な現象が起こっていた。車体に多数の眼球をもつ自動車が現れたり、無数の葉っぱにそれぞれ眼球が出現したりした時、ジーナは真剣にマジシャンのイリュージョンではないかと疑ったほどだ。


 その意味でも、アンノウンとは言い得て妙である。見かけはハイスクールガールであっても、中身はまったくの別物なのだろう。警戒心を怠ることはできない。


 アンノウンの足取りは軽かった。自由気ままに散歩をしているようにに見えて、実際にはそうでもなさそうだ。コンビニで買い物を済ませた後、ひと気のない公園の中に入っていった。


 住宅街にポカッと現れたエアポケットのような空間である。手入れが行われておらず、雑草が生い茂っている中に、ベンチが二つ並んでいるだけだ。不気味な雰囲気をかもしだし、昼間であっても、子供たちは怖くて入ろうとしないだろう。


 ジーナは直感した。あのアンノウンが尾行に気づいていないはずがない。おそらく、ジーナを誘っているのだ。ただ、今のアンノウンは買ったばかりのソフトクリームを舐めており、明らかに隙だらけである。よし、誘いにのってみるか、とジーナは思った。


 スポンサーから受けたミッションは、現時点ではアンノウンの行動確認だが、最終的な目標は捕獲である。アンノウンの秘密を解明することは、どうやらスポンサーに莫大な利益を生むらしい。もし捕獲に成功すれば、ジーナのギャランティは一桁アップする。


 ジーナは素早く、アンノウン襲撃計画を頭の中で練り上げる。気配を感じ取られぬよう、まず、ロングレンジから彼女の両脚を撃ち抜く。逃走をできなくしておいて、別動隊が至近距離から麻酔薬を打ち込む。意識を奪ったところで、バックアップのワゴン車で拉致する、という流れだ。


 ジーナは周囲を見渡して、狙撃ポイントとしてテナントビルの外階段を選んだ。高さ1.2メートルほどのコンクリートの壁で覆われており、通りや公園からは目隠しになっている。明かりのついているテナントがないのもちょうどよい。


 あとは時間との勝負だ。アンノウンが公園に留まっているうちに、ミッションを完了させねばならない。


 ジーナはバックアップから自動小銃を受け取ると、狙撃ポイントに速やかに移動した。空き地のアンノウンとの距離は、ざっと100ヤード(91.44メートル)だである。暗視スコープでアンノウンの動きを見守りながら、スマホで別動隊との打ち合わせを済ませた。


 アンノウンの仲間である丸い鳥、通称ボールバードは、今は見当たらない。それとも、ボールバードがいないために、アンノウンは羽根を伸ばしていられるのか? いずれにしろアンノウンに動きはなく、状況はジーナにとって有利に働いている。


 手にした自動小銃は、慣れ親しんだM16である。しかも、無風という好条件だ。100ヤードの距離なら、百戦錬磨ひゃくせんれんまのジーナなら外しようがない。


 ジーナは外階段の踊り場で、立射の射撃姿勢をとる。左手の親指と人差し指で銃を支え、左足の爪先と銃軸線をアンノウンに向けた。


 暗視スコープの中で、アンノウンは依然として、ソフトクリームを食べている。おそらく2個目か3個目のソフトクリームだろう。相変わらず隙だらけの姿で、ペロペロと舐め続けている。








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