第31話 有象無象包囲網①


 理市は歩きながら、心と身体が次第に活性化してくることを実感した。もしかしたら、蠟燭ろうそくが消える間際に見せる最後の炎のようなものかもしれないが、そんなことは考えても仕方がないだろう。湧き上がる不安は、とりあえず笑い飛ばすことにした。


 食欲が出てきたので、通りすがりに見つけたコンビニに入った。考えてみれば、今日は何も口にしていない。スタミナがつきそうな焼肉弁当と好物のプリンを買い込み、それらをイートインスペースでかきこんだ。腹八分目にしておくことも考えたが、食欲が抑えられず、きれいに平らげてしまった。


 次の食事が〈最後の晩餐ばんさん〉になるかもしれない。何を食ってやろうか、などと考えながら、デザートのプリンにとりかかる。天ぷらにするか、寿司にするか、いや、ラーメンも捨てがたい。まぁ、どちらにしろ、これからの行動次第だ。理市はプリンを小さじですくっては口に運ぶ。


 食べ終えて、まとめたゴミをダストボックスに捨てながら、何気なくコンビニの駐車場に目をやった。先程までなかった車が停まっている。シルバーのレクサスである。スモークガラスのせいで、車内の様子は見えない。


 理市の脳裏で、警戒ランプが点る。


 コンビニの出口は、駐車場のある正面にしかない。理市は苦笑を浮かべて、ふらりと自動ドアをくぐって外に出た。とたんに、レクサスからわらわらと四人の男が出てきた。見覚えのある顔があったので、彼らが最上一派であることがわかる。


 おそらく、日光街道で網を張っていたのだろう。理市が幹線道路に沿って歩いてきたのは、どうやら失敗だったようだ。


 しかし、ものは考えようである。三人を叩きのめし、残りの一人から情報を入手すればいい。レクサスの中には、カーナビがあるはずである。登録内容から、黒井の立ち寄り先や現在地を割り出せるだろう。そう思うと、自然に笑みがもれた。


 最上一派の四人はそれぞれ、対照的な反応を見せた。理市の笑みを見て、怒りから目をむいた男が二人。怪訝な表情を浮かべたのは一人。後方に控えた男だけは無表情だった。この男が四人のリーダー格なのだろう。


 最後にとっておく一人は決定した。理市はアスファルトを蹴って、男どもとの距離を一気に詰める。焼肉弁当で得たカロリーをエネルギーに変換し、瞬時に爆発させた。


 右端の男の左脚をローキックでへし折り、その勢いで右端男の身体を中央の男にぶつける。二人の態勢が崩れた隙に、サイドステップを踏んで左端の男に肉薄。右フックのフェイントをかけて、左の前蹴りをガラ空きの腹部に打ち込んだ。確かな手応えを感じつつ、流れるような動きで中央男の右側頭部に左回し蹴りを放った。


 ここまでに、5秒とかかっていない。二人はアスファルトの上でのたうち回り、一人は泡を吹いて失神していた。しかし、最も手ごわそうな四人目が残っている。彼の左顎の腫れを見て、理市は気がついた。


 四人目は半日前にアパート襲撃を受けた際、理市が右アッパーカットで沈めたボクサー崩れだ。あっさり負けたイメージが払拭できないのだろう。戦う前から及び腰である。倒した男たちを飛び越えて、理市はボクサー崩れに襲いかかった。


 相手が逃げ腰なので少し時間がかかったが、右アッパーカットをフェイントにして、左フックで撃沈せしめた。意識朦朧の彼をレクサスの後部座席に引きずり込み、情報を入手するために速やかに場所を移すとしよう。

 残された三人は放っておいた。コンビニの通報で病院に担ぎ込まれるか、呻きながら立ち去るかするだろう。


 理市は元々、車の運転が得意ではない。ひと気のない薄暗い通りに入ると、適当な場所でレクサスを停めた。グローブボックスに入っていたガムテープを使い、ボクサー崩れの両手首両足首を拘束してから、頬を張って蘇生させた。


「いろいろ訊きたいんだが時間がなくてな。話す気がないのなら黙っていろ」

 いきなり、左手の小指をポキンと折った。次いで、薬指もポキンと折る。

「骨がもろいな。もっとカルシウムをとった方がいいぞ」笑顔で言ってやると、ボクサー崩れの心はあっさり折れた。


 ボクサー崩れによると、黒井の居場所は企業舎弟の事務所ではなく、例の裏カジノのあるマンションだという。つい3日前に忍び込んだばかりである。裏カジノは五階だったが、六階には黒井の部屋があるらしい。


 罠である可能性を疑ったが、ボクサー崩れの脅えきった表情を見ると、どうやらそれはなさそうだ。




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