第22話 眼球の群れ②

「キューキューキューっ」と、甲高い叫びが降ってくる。

 黒井の頭上を丸々とした鳥が横切っていった。そいつには首がなく、まん丸の胴体には確かに、大きな一つ目があった。


 黒井はオカルトや幽霊の類をまるで信じていない。そんなものは、臆病者の脳が作り出す幻覚だと思っている。だが、いくら目をこすっても、頭をかきむしっても、眼球は消えない。数百の眼球が一つ残らず、黒井に焦点を結んでいた。


 まさに、眼球の群れだ。明らかに、この世のものではない。全身から汗が吹き出してくる。〈武闘派ゴリラ〉は久し振りに、恐怖におののいていた。


 悪夢のような眼球自動車が、いきなりブルンと身震いをした。運転席は無人なのに、勝手にエンジンがかかったのだ。それどころか、タイヤを高らかに鳴らして、今にも走り出しそうな気配である。


 異形の鳥が旋回して戻ってきた。

「キューキューキューっ」と、あざ笑うように鳴く。

 同時に、眼球自動車が発進した。黒井めがけて、猛スピードで突っ込んでくる。


「舐めんな、ばっか野郎っ!」

 黒井は叫びながら、かろうじて身をかわした。コンマ1秒遅れていたら、高々とね飛ばされていただろう。


 眼球自動車が走り去ると、黒井を睨んでいた眼球の群れは消えていた。数百はあったはずの眼球、、一つ残らず消え失せていた。灰色の壁面、電信柱、一軒家の外壁も、すっかり元通りである。


 まるで、キツネに化かされた気分だ。黒井は胸をなでおろして、ようやく気がついた。さっきまで路上に倒れていた理市の姿が消えている。

 手段は不明だが、まんまとめられたのだ。黒井は怒りを込めて、裏路地の出口を睨みつけた。理市は眼球自動車に連れ去られたに違いない。


                  *


 大通りに走り出た時には、車全体に並んでいた眼は、一つ残らず消え失せていた。すでに眼球自動車ではなく、ごくありふれたスズキ・ワゴンRである。


 ステアリングを握っているのは、美少女のヒカルだった。クリクリした大きな瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべている。ふわふわとゆれる柔らかな黒髪は、彼女の笑顔によく似合っていた。


 ただ、運転に関しては、かなり乱暴である。思いつきで車線変更をしたり、信号を無視して交差点に突っ込んだり、まるで子供が運転しているようだ。いや、無免許なのだから、実際、無邪気な子供のようなものである。


 ヒカルの自由気ままな運転は、周囲の目を引いた。触らぬ神に祟りなしということなのだろう。対向車は次々と避けていく。


 ヒカルのワゴンRは突然、スキッド音をきしませながら、方向指示器も出さずに左折した。あっという間に脇道に吸い込まれていく。事故を起こさなかったのは、たまたま運がよかったからにすぎない。


 求丸は30メートル上空を飛びながら、ヒカルのナビを務めていた。

『ヒカル、スピード落とせ。そのうち事故るっキュー』と、ヒカルの頭の中に語りかけた。

「はあっ、聞こえなーい。求丸うざい。うるさすぎー」ヒカルは鼻で笑って一蹴いっしゅうする。


 ワゴンRは猛スピードで、迷路のような裏路地を走り回っていた。木造建築が密集した地域なので、ところどころ道幅がひどく狭い。コンクリートの塀や電信柱でこすってしまい、車体は傷だらけだった。


 乗り心地は最悪のはずだが、後部座席の理市は横たわったままであり、意識を取り戻す気配はない。対照的にヒカルは暴走運転で、すっかりハイテンションだった。

「いやっほーうっ!」


『おいおい、街中で目立つのは御法度ごはっとだっキュー。できるだけ人目を避けて、決して騒ぎは起こさない。あれほど言ったのに何をしてるっキュー』

「ちぇっ、いいじゃん、ちょっとぐらい」と、ヒカルは口をとがらせる。


『いうことを聞け、人目につかない場所を探すんだっキュー』求丸は声高にテレパシーを送る。

「はいはい、わかりました。……って、素直に言うことを聞くと思ったら大間違いー。へへーっ、さぁさぁ、派手にいっちゃうよーっ」


 ヒカルは目の前の坂道を駆け上るために、アクセルを目一杯踏み込んだ。ワゴンRは猛スピードで坂道を上りきり、アクション映画のように高々とジャンプする。






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