第15話 仇敵との邂逅②

 理市の目に飛び込んできたのは、凄惨な解体現場だった。悪い予感は的中した。湯気を立ち上らせる血だまりの中に、男の生首が浮かんでいた。手足の一部やあばら骨の欠片も見て取れる。


 だが、肝心かなめの相手の姿が見当たらない。


 その時、すりこぎを握りしめた右腕に突然、鞭のようなものが勢いよく巻き付いた。理市は反射的にふりほどこうとするが、鞭は生き物のようにからみつき、容易には離れない。


 異形は真上にいた。理市の出現に気づいて、とっさに天井に飛び上がり身を隠したのだろう。そいつは金色の双眸そうぼうを光らせて、口角を上げて哄笑している。


 黒くて巨大な影は人型をしているものの、右手首から先は不気味に変形して、鞭のような触手になっている。理市の右腕に絡みついたのは、その触手だった。


 すりこぎで触手を殴打しながら、理市は血だまりに向かって身体を投げ出した。コンマ数秒前に理市がいた場所に異形が落下し、同時に攻撃を仕掛けてくる。


 人間離れをした蹴りが繰り出された。そのパワーとスピードは、理市に勝るとも劣らない。


 異形は巨体だった。長身である上に、腹部が妊婦のようにふくれあがっている。なのに、驚くべき身軽さで、強烈な蹴りを放ってくるのだ。


 異形の右手首から伸びた触手は、理市の右腕にからみついたままである。二人の戦いは、チェーン・デスマッチの様相を呈していた。


 理市は防戦一方の中で、それをはっきりと確認した。異形の左頬に刻まれた大きな傷である。忘れもしない。その傷には確かに見覚えがあった。


 激しい応酬の最中だが、理市は少しも呼吸を乱さずに、

「おい、あんた、最上だよな。俺が誰か、わかるか?」

「やっぱり、犬っころかよ。てめぇ、死んだはずだよな。どうして生きていやがる」と、呼吸を乱していないのは相手も同じである。


「いろいろあって死ねなかったよ。あんたに復讐を果たすまでは、死んでも死ねないな」

 最上は唐突に攻撃の手を止めて、盛大に鼻を鳴らした。

「何か、におうな。こいつは、化け物のにおいだ」


「化け物なのはお互い様だ。みっともない腹をしやがって。どうせ悪食あくじきのせいなんだろう」

 最上は壮絶な笑みを浮かべた。ふくらんだ腹の真ん中に両手の指先をかけて、思い切り左右に開く。次の瞬間、腹の中から勢いよく、大量の液体が吹き出した。


 理市は素早く、最上の正面から身をかわす。


 それは悪夢のような眺めだった。最上の腹に巨大な顎が出現して、血しぶきと肉塊を吐き出したのだ。消化中だったのだろう。湯気を上げている人体の断片は、原型をとどめてはいない。

 最上のシルエットは一変していた。腹部が平らになり、すっかりスリムになっている。


「てめぇも踊り食いにしてやるよ」


 そう言って、理市に再び蹴りを放ってきた。先程より高速で放たれたそれらは、理市のガードを吹き飛ばす重さがあった。蹴りを受けた肘や膝が砕けてしまいそうだ。左手に握っていたすりこぎも、どこかに弾け飛んでしまった。


 理市は右腕を前後に振って触手の締めつけをゆるめようとするが、強い力でからみついた触手が外れる気配はない。

 最上が勢いよく右腕を引いたので、理市は前につんのめった。右手を巨大な顎の前に差し出した態勢である。


 やばい、食われる。とっさに身体を右にひねり、左のアッパーカットを打つ。

 不気味な音が上がった。理市が感じたのは、痛みではない。熱さだった。

 巨大な顎の複数の牙が強靭な力で、理市の左手首をとらえていた。






 

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