第7話 二度目の死②
理市が凍りついていると、ヒカルはニヤリと笑った。
「ふふ、どうする? 私はどちらでもいいぞ。このままポックリ逝っちゃう? それともジタバタあがいちゃう?」
「……」
ヒカルは理市に顔を寄せて、
「あれぇ、お兄さん、スルーですか? 私が可愛いからってあまり舐めていると、頭からバリバリ食べちゃいますよ」
そう言うと、理市の頬をペロリと舐め上げた。ゾッとしない感触だったが、皮肉にも、これで理市の度胸は据わった。
「ヒカル、頼む。俺を助けてくれ。このままじゃ、死んでも死にきれない。俺はどうしても、江美と美結の敵を討ちたいんだ。俺はこの手で、あの連中をぶち殺してやりたい」
それはまぎれもなく、理市の本心だった。
「うんうん、その必死な顔つき、嫌いじゃないよ。貧弱な身体に、半端な生命力。生に執着してこその生物だものね。不死の私には無縁の願望だけど、理市のような復讐心の持ち主なら、何が何でも生きていたいよね」
「助けてくれたら、一生恩にきる。何だっていう通りにする。俺にできることなら、何だってやってやる」
この時、理市は確かに、そう約束したのだ。
「うん、約束したからね。理市、絶対に忘れないでよ。これって、絶対順守の契約だから。もし破ったら、針千本どころじゃ済まないからね」
ヒカルはにっこり笑って、右手の人差し指を立てた。ためらうことなく、指先を自分の右眼に突っ込んだ。笑顔のまま平然と、眼球をえぐり出してみせたのだ。
理市は呆気にとられていた。目の前の出来事に頭が追いつかない。驚愕によって、全身が凍りついていた。だから、ヒカルの右手が眼球をつかんだまま、理市の胸にズブズブとめりこんでいくというのに、まったく抵抗できなかった。
ヒカルの右手が胸の奥で動いている感触があった。なぜか痛みはないが、胸の奥を探られる不快感を嫌というほど味わった。胃の中身がせりあがってきて、あやうく嘔吐するところだったが、その直前に、ヒカルの右手は引き抜かれた。
見れば、右手は空っぽである。どうやら、ヒカルの右眼は理市の体内に埋め込まれたらしい。
「私の眼球は〈
ヒカルの言葉は真実だった。
理市は激痛に襲われた。身体の節々が発熱し、理市の体温が急速に上がっていく。
ギチギチと不気味な音を立てながら、バラバラだった骨が組みあがり、ちぎれていた筋肉や神経が再生する。砕けた骨や破れた臓器でさえ、急速に回復しているのだ。
ヒカル自身の再生力も凄まじかった。右眼を失った眼窩には、内部から白いものが現れ、押し出されてくる。それは瞬きをする度にふくらみ、やがて新たな眼球として完成した。
ヒカルは興味深そうに、理市の様子を眺める。
「覚悟を決めてよ。〈響き眼〉を無理やり癒着させたんだから、貧弱な心臓には相当な負担になるはず。言ってみれば、産まれたての赤ん坊に熊の心臓を移植するようなものね。死ぬほど苦しいはずだよ」
ヒカルは興味深そうに、理市の様子を眺める。
「理市、覚悟を決めてね。〈響き眼〉を無理やり癒着させたんだから、貧弱な心臓には相当な負担になるはずなんだ。言ってみれば、産まれたての赤ん坊に熊の心臓を移植するようなものね。それって、死んだ方がましだと思えるほど苦しいはずだよ」
理市は突如、断末魔のゴキブリのように、激しくのたうち始めた。
「ね、めちゃくちゃ苦しいでしょ」
「身体がメチャクチャ熱い。バラバラになっちまう。どうにかしてくれっ」
理市の悲鳴が、暗い森に響き渡る。ヒカルの笑い声が、それに重なる。
「はははっ、今更遅いよ。〈響き眼〉が取りついたんだから、血肉が燃え上がって当然。人間をやめてもらうよ。だけど、それまで理市の身体がもつかどうか」
「ヒカル、本当は悪魔か死神だろっ」
「さぁ、どうだろ。それは理市の受け止め方次第じゃない?」
理市の激痛は止まらない。両眼や口、鼻の穴からダラダラと血が流れ落ちる。首筋やこめかみの血管がふくらみ、皮膚が破れる。身体のあちこちから、湯気が立ち上っていた。
脈拍は180以上、血圧は250以上、体温も45度以上。人間の肉体が耐えられるレベルではない。
「あーあ、やっぱ、無理だったかな?」
笑いを含んだヒカルの声を聞きながら、理市は目の前が真っ暗になった。あちこちの血管が破れ、複数の内臓が破裂し、再生したはずの筋肉が裂け、骨が砕け散った。
とっくに限界を超えていたのだ。〈響き眼〉が癒着した心臓は今なお力強く脈打っているが、それを受け止めるには、あまりにも人間の肉体はもろすぎた。
ヒカルは理市の手を持ち上げたり、顔に触れたりするが、何ら反応は返ってこない。理市の瞳孔は開き、呼吸も止まり、体温は少しずつ下がっていく。生体から物体に変わりつつある。動いているのは異形と化した心臓だけだ。
こうして、理市は二度目の死を迎えた。
ヒカルは残念そうに理市を見下ろしていたが、やがて、予備動作もなしに高々とジャンプし、後方にあった〈数多の眼をもった黒い小山〉の頂に降り立った。
同時に、暗闇の中で星々のように光る眼が、一斉に消える。辺りは漆黒の闇に覆いつくされ、理市たちの遺体も見えなくなってしまった。
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