第6話 二度目の死①


〈黒い小山〉の頂には、全裸の美少女が立っていた。輝くような美しい肌に、スラリと伸びやかな四肢。もし、彼女が人間ならば、十代後半のように見えただろう。


 美少女の背中には羽根こそなかったが、ゆっくりと舞い降りてくる。可愛らしく小首を傾げたまま、好奇心たっぷりの瞳を理市に向けてきた。口元には笑みが浮かんでおり、その表情は天使のように美しかった。


 もしも彼女が天使なら、なすべきことがある。理市は全身の激痛に耐えて、天使に向かって両手を差し伸べた。

「頼みがある。俺はもうどうなってもいい。そのかわり、妻と娘だけは生き返らせてくれ。頼む、この通りだ」と、手を合わせた。


 理市は気づかぬうちに、滂沱ぼうだの涙を流していた。

 だが、美少女は不思議そうな顔で、理市を見つめているだけだ。彼女は天使でも神の遣いでもないのか。あわれな民の願いを叶えるなど、まったくのお門違いだったのか。


 その時、美少女はスッと、右手を肩の高さまで上げた。人差し指の指先から突然、光り輝く長い針が高速で打ち出された。それは無残にも理市の眉間を貫いた。あまりの出来事にリアクションがとれず、理市は凍りついていた。


 美少女の指先と理市の眉間は今、2メートルほどの光るアーチで結ばれている。

 長い針の先端は頭蓋骨を貫通して、脳髄の奥深くに潜り込んでいた。不思議と痛みはないが、理市は頭の中から何かを吸い取られるような感覚を味わった。


「イヌカイリイチ……、エミ……、ミユ……」

 美少女が初めて口にした言葉は、理市と家族の名前だった。どうやら、長い針によって脳髄から、情報を抜き取ったと思われる。

「ワタシノ名ハ……、ヒカル……。大いなる存在の……、ヒカル」


 美少女は唐突に、長い針を引き抜いた。最初の方こそ外国人の片言のようだったが、彼女のボキャブラリーとイントネーションは急速に発達し、数分後には、美少女の口調はスムースになっていた。


「同族の中で最も可愛いヒカル」美少女はとろけそうな笑みを浮かべた。「理市はさっき、『俺はもうどうでなってもいい。ただ、妻子を生き返らせてくれ』って言わなかったか?」

 美少女が色っぽく微笑んで、理市の顔を覗きこんできた。


「えっ? ああ、確かにそう言った。ヒカルには、それができるのか?」

「わからない。それは妻子とやらの状態による。妻子の血と肉をことができれば、生き返らせることは可能かもしれない」

「響かせる?」


 ヒカルの説明を要約すると、どうやら細胞の活性化ということらしい。つまり、死にかけの細胞なら蘇らせることはできるが、完全に死んでしまった場合はそれ限りではない。言葉通りなら、江美と美結の蘇生は絶望的かもしれない。


 しかし、理市はあきらめきれなかった。


「ヒカル、お願いだ」両手を合わせて、「江美と美結を生き返らせてくれ」

「どうしてだ? 江美と美結を生き返らせることに、何の意味がある?」

「俺が二人を愛しているからだ。心の底から愛しているから、もう一度、江美と美結と会いたいんだ。それ以上の理由が必要なのか?」

「愛している? ……意味不明だ。その江美と美結というのは、この二人のことか?」


 美少女の背後に控えていた、眼球だらけの黒い小山の中腹が裂けた。不気味な音と粘液とともに、白い塊が二つ、勢いよく吐き出された。理市の足元に落下したそれらは、江美と美結の変わり果てた姿だった。


 理市はひざまずき、二人の身体を引き寄せた。身体の痛みに構わず、妻子の遺体を抱きしめた。枯れ果てていたはずの涙があふれ、喉の奥から叫びが上がってきた。それは絶望の叫びであり、心身の苦痛をともなっていた。


 そんな姿にも、ヒカルの心は揺らぎもしなかった。

「死んだ者は還らない。理市が愛したいなら、私を愛するがいい」と、言いだす始末である。

 それこそ、意味不明ではないか。

「バカいうな」と、理市は苦笑交じりに呟いた。


 その時、森の状況が一変した。眼球だらけの黒い小山と同じように、鬱蒼うっそうたる木々の葉一枚一枚に眼球が浮かび上がり、一斉に理市を見つめたのだ。焼けた鉄串で全身を貫かれたような強烈な視線であり、巨大な異形の腹の中に飲み込まれたような、おぞましい情景だった。


「私はバカではない」


 ヒカルは真顔で怒っていた。やはり、彼女は天使でも神様の遣いでもない。どちらかというと、妖怪や魔物に近いようだった。







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