はじめての空想科学迷宮 ~異次元人のおねえさんに見初められたボクは死ぬらしい。「嫌ならダンジョン攻略しなさい」って無茶言わないでよ!
第38話 テンタクルおねえさんが仲間になりたそうにこちらを見ています。
第38話 テンタクルおねえさんが仲間になりたそうにこちらを見ています。
目の前には川があった。ボクは仔猫を抱いて花畑に立っている。雨で波紋ができている水面でもう一人のボクが溺れている。光の蛇に巻き付かれて沈んでいく。
「……タスケテ」
雨音に混じる声は酷く悲しげだった。でもボクは何もできなくて……。
◇◇◇◇
――また、あの夢だ。ここ最近ずっと見ている。あのもう一人のボクは何者なんだろうか……。
夢の光景を忘れたくて、目を開ける。空は赤みがかっていた。あと何か柔らかいものが頭の下にあることに気付く。
「あ、おはよう。コハくん☆ おねえちゃんの膝枕はど~お?」
満面の笑顔を浮かべたアズさんがボクを見下ろしていた。
「あ……ボク、また」
「うん、訓練が終わってからぐっすり♡」
ここ毎日、セシルにお願いして剣術を中心とした戦闘訓練を行っている。『
「あ、コハク起きた?」
足の先に視線を移すと、セシルが焚火で極彩色の(多分)魚を焼いていた。その近くでノバが鼻ちょうちんをつくって丸まっている。
「もう、一か月くらいだっけ。まだ眠くなっちゃう?」
セシルは徐に立ち上がり、ゆっくり歩いてくるとボクの顔を覗き込んだ。
「もっと経ってるかもしれないけどね……」
アズさんは振り向いて、日除け代わりの大きな木を見る。幹には正の字が6つ刻まれていた。
「日が沈んだ回数を数えてるだけだから」
そう、不思議なことにこの海は日が沈みまた昇る。おかげで時間感覚は乱れていないが、のんびりサバイバルを楽しんでいる場合じゃない。
「あ、コハクごめん! そんなつもりじゃ……体さばきはすっごくよくなってるわよ!」
「あわわ……不安がらせちゃったかな?」
――二人とも急に慌ててどうしたんだろう? ボク、しかめっ面になっちゃってたかな……。
「そ、そうじゃなくて……早く先に進まなきゃなって」
1か月の間、島中を探したが下の階に続く道はまだ見つけられていない。
「それなら、心配いらないわ。海がまるごと引っ越してくるぐらいなんだもの」
「深階ほど次元のゆがみが強くなるんだったっけ? とにかく、ゴールが近い証拠だよね」
「そう、でしょうか……このまま……このままここから出られなかったら……もう1年経ってたら……? ボク、死にたくないよっ……」
唐突に死の恐怖が襲ってきて、心臓がドクドクと高鳴り始めた。胸が苦しくて思わずかきむしる。
「よーしよーし……落ち着いて~」
アズさんの手がボクの胸をとんとんと優しく叩いた。そのリズムに合わせてとくんとくんと鼓動が落ち着いていく。
「ほら、お水飲むかい……?」
アズさんは水筒の蓋を開けてそっとボクの口に当てた。
「んくっんくっ……ごめんなさい……水、貴重なのに……」
「いいんだよ、また湧き水を汲んでくるから…………セシルくんが」
「ちょっ……おい!!?」
心配そうにボクを見ていたセシルが途端に目をまん丸にしてアズさんに平手打ちを繰り出した。はたかれた胸がぷるぷると揺れる。
「いやん! 何するんだい!?」
「ぶっ……あはははははっ」
突然繰り広げられたひょうきんな光景に思わず吹き出してしまった。2人は安心したように表情を緩ませる。
「元気、出たみたいね」
「よし、それじゃあ……ごはんにしようか」
アズさんは両手を合わせてにっこりと笑った。
「ん、じゃあ……あいつを呼ぶわね」
セシルが立ち上がりとことこ海に向かって歩いていく。波打ち際につくと脚を開いて水平線に向かって叫んだ。
「テン~!! ご飯よ~~!!!!」
セシルはきょろきょろと水面を見ていたが、ある一点に目が止まる。ぶくぶくと泡が立っていた。
「トッタドー」
しぶきを上げて何匹も魚の絡まった触手が飛び出し、弧を描いてボクの前に着地する。ボクを覗き込む顔は人間とほとんど変わらなかった。
「コハ……ク……オキ、タ……?」
触手で形成された髪を揺らして首を傾げている。この、触手おねえさんとでも言うべき奇妙な存在の正体はボクを襲った触手の
○●
ボクが気を失った後、真っ二つになっていた彼女(?)がくっついて復活したらしい。すぐさま逃げ出したかと思うと岩陰から覗いていたと言う。ボクが目を覚ましてからも、遠くからこっちをずっと見ていた。警戒して様子を見ていると少しづつ女性の姿に変化していった。そして
「ア……アア……ワタシ……テン……」
彼女はのそのそと近付いてきて言葉をしゃべった。ひどい片言だったが自らをテンと名乗っていることは分かった。もともと知能の高さはうかがえたが、短時間で言葉を覚えた事実にボクたちは驚いた。
「ふむ、面白いね……おそらく群体で一個体を形成している生物で、高い知能は複数の脳がつながっているからじゃないかな。この姿も巧妙は擬態によるものだろう」とアズさんは興味津々だった。
敵意は感じられず、そばで見張ることになったのだが、セシルは「ええ~……またぬるぬるのが増えるの~?」と不満そうだった。
コミュニケーションも少しづつ取れるようになって質問にも答えてくれた。ちなみに、ボクを襲ったのは血を吸うため、つまりお腹がすいたからと
「カワイイ……ダッタ」と話した。それでアズさんとセシルと意気投合。もうボクを襲わないことを約束させて晴れて仲間に迎えられた。正直、ボクは心配なのだが「目の届くところに置いておいた方が安心だろう?」とアズさんに言われて反論を飲み込んだ。
●○
「サカナ……トッタ……タベ、ル……?」
まあ、今のところは特に問題ないし、食料をとってきてくれるのはありがたい。
「あ、ありがとう。テン」
「ウフフ……」
「大量ね! ねえ、テンがとってきた魚も焼くから火強めてよ、アズ」
砂浜を駆け足で戻ってきたセシルがテンの触手から魚を受け取って眺めている。
「はいはい、まったく……ワタシはチャッカウーマンじゃないぞ」
溜息をつきながらアズさんは焚火に手をかざした。やにわに視界が二つの巨峰に遮られる。
『出力0.1%』
山頂の向こうで、手のひらから低出力の極細ビームが放たれ火の勢いが増すのが見えた。
「じゃ、タコ焼きね……」
「はあ!? 誰がっ!!」
「オクトパスって言ってたじゃない。タコとも言うんでしょ? コハクに教えてもらったの。うねうねしてる生き物らしいしぴったりじゃない」
「コハくん!? なんで、そんなこと教えちゃったんだい!!?」
アズさんは目をうるうるさせてボクを見る。突然、矛先がボクに向いて心臓が跳ね上がった。
「あ、いや……そんなことがあったの知らなくて、ごめんなさい」
「わー! ごめんごめん! コハくんは何も悪くないよ!!」
アズさんに激しく抱きしめられて、柔らかく重量感のある巨大なふくらみに顔を押しつぶされる。
「むぎゅぅ……」
「ミンナ……ナカヨシ……」
テンが寂しそうにつぶやいたのが圧迫されながらも聞こえた。
「そうかい? ま~あ? ワタシとコハくんは……ラブ♡ラブ♡ だ・け・ど・ね♡」
――そのボクは、あなたの胸で死にかけてます……
「あんたはまた、そんなこと……でも、まあ? ここまで一緒に潜り抜けてきたからね」
セシルは少し照れ臭そうに言った。前が全く見えないので分からないが、きっと頬を赤くしてるんだろう。
「イイ……ナ……シリ、タイ……」
「ん、ワタシたちの冒険のこと?」
アズさんは、ぱっと体を起こしてテンの顔を見つめた。
「ウ……ン……オシ……エテ」
おもちゃをねだるような純朴な声にボクたちは顔を見合わせた。数秒見つめあってから同時に頷く。ボクは起き上がり、言った。
「もちろん……!! まずは――」
焚火を囲んで、ボクたちはこれまでの冒険を語り始めた……。
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