第35話 おっぱいの餅つき大会開催です!! 新しい世界よ、こんにちは

「……んんんっ!」


 手をついて衝撃波を耐える。それでも吹き飛ばされそうになるが、セシルが床に剣を突き立てて支えてくれた。


 光の柱はバチバチと閃光を走らせて怪物たちを丸呑みにしていく。ビームは徐々に細くなっていき、前方の様子が明らかになった。床がえぐられてむき出しになった配線から火花が散っている。怪物の姿は一匹残らず消えていた。


「ふう~、お掃除完了☆」


 プシューッと煙を噴き出して砲身が開き、ゆっくりと機械の腕に格納されていく。床に突き刺さっていたアンカーも引き上げられた。戻ってきた反動でアズさんの腕が少し跳ね上がる。掃除機のプラグをしまうときみたいだ。いや、そんなことはどうでもよくて……


「な――」

「なんなのよそれ!!」


 セシルに台詞をとられてしまった。


「そんなすごい武器があるなら、さっさと使いなさいよ!!」


「いやいや、好き勝手言わないでくれないかな」


 アズさんはやれやれと手のひらを上に向けて目を細める。悪びれる様子は全くないみたいだ。


「トリセツ読んだばっかりで全て使いこなすなんて無茶な話じゃないかい? それに――」


――ドドドドドドドドド……


 アズさんの言い分を遮りセシルが掴みかかろうとしたとき、轟音が響き始めた。


「「「え?」」」


 ボクたちはズタボロになった廊下を見て素っ頓狂な声を上げる。奥に連なる黒い影が見えたからだ。


「ね、ねえ……? あれ……もしかして?」


「ニクジキノタイリン……まだ、残って」


「さっきので全部じゃなかったんだねぇ……あはは」


 まだ煙を吐き出している腕を頭に乗せてアズさんは苦笑いを浮かべている。ボクは思わず反対側の腕にしがみついた。


「で、でもさっきのビームで倒せますよね!? 大丈夫ですよね!!」


 アズさんは、ぽりぽり頭をかくといつものようにウィンクをして言った。


「ごめん! しばらく撃てないと思う……てへ☆」


「ええ!?」


「もう一度撃つには排熱の時間がね……」


 アズさんは眉間を寄せて自分の腕を見つめた。


「てへ☆ じゃないわよ!! 早く逃げないと――」


 セシルは剣を背中にマウントさせてアズさんのお腹をぐいぐい押すがなぜか動かない。


「だいじょーぶっ♡」


 にいーっと口角を上げるとアズさんは両腕をガバっと開き、セシルを巻き込んで迫ってきた。


「ふぐっ!?」

「わわ!?」


 アズさんに抱き着かれて身動きがとれない。目の前には哀れにもアズさんの胸に埋没したセシルの頭があった。


「なにを……アズ……さん?」


 顔を上げると笑顔のアズさんと目が合う。その瞬間、ボクは舞い上がった。


「え? ええ? これどうなってるんですか!?」


 比喩じゃなくて本当に体がふわふわ浮いている。下を向くとアズさんのブーツからキラキラと光の粒が噴き出しているのが見えた。その光景には見覚えがある。


「ふごご! ふごごごご!!」


 サンドイッチになったセシルがすごい剣幕で暴れているが、何を言っているのか全く聞き取れない。アズさんは気にする様子もなくボクの目をまっすぐ見て言った。


「しっかり、つかまっててね」


 そのセリフにも覚えがある。ボクは次に起こることを理解した。


「アズさん、ちょっと……ま」


「タキオンスラスター、イグニッション☆」


「わああああああ!!」

「んごごごっ!?」


 有無を言わせず、アズさんはボクたちを抱えて急加速した。どこまでも変わらない景色がぐんぐん過ぎ去っていく。


「ちょ~っと我慢してね? すぐに着くから☆」





◇◇◇◇





「はあっはあっ……ほんとにすぐだった……」

 

 テイクオフしてほんの十分後、ボクは巨大な鉄扉の前で膝に手をつき息を切らしていた。


「はあ~……これすごい。タキオンライダーの性能をまるっと再現しちゃうなんて~」


 アズさんは片足を後ろに曲げて体をひねりブーツを見ている。靴底から上までなめまわす目はキラキラと輝いていてとても楽しそうだ。


「そんなことより、撒けたの?」


 セシルが不安げに薄暗い通路を振り返る。今のところ怪物の群れが現れる気配はなかった。


「んー、時間は稼げたと思うけど……」


 裏を返せば、そのうち追いつかれるということだ。のんびりしてはいられない。


「パスワード……いれてみますっ!」


 まだ少し乱れていた呼吸を飲み込み、ボクは扉の横のキーボードまで駆け寄った。心臓をバクバクさせて並んだアルファベットを順番に押していく。


 B……R……A……N……E……W……O……R……L……D……


「決定は……」


 キーボードのすぐ下には「GO!」と書かれたボタンがあった。深呼吸してから人差指でそっと触れる。鼓動はますます早くなり、緊張しすぎて気を失いそうだ。


「おねがいします……!!」


 誰に向けてかも分からない懇願が自然に漏れる。ぎゅっと目をつぶり指先に力を込めた。


『ぶっぶー!』


 バカにしたような声がキーボードから発せられて心臓に突き刺さる。


「え……?」


 血の気の引く「さああ」という音が聞こえた。


「うそ……? だって、鍵に……」


『あと二回間違えると永久に開かなくなりま~す』


 追い打ちをかけられて、全身からぶわっと汗が噴き出す。


「だいじょうぶ」


 ぽんと頭に何かが乗せられた感覚がして振り向くと、アズさんが柔らかな微笑みを浮かべてボクを見ていた。


「コハくんなら、きっとわかるよ。一緒に考えよ?」


 よしよし、と小さな子どもをあやすように優しく髪を撫でられる。アズさんの手は金属の手袋越しなのにぽかぽかしていた。張り裂けそうだった心がじんわりとあたたまっていく。


「あたしも考えるわよ!」


 アズさんの隣でセシルがふんすと胸の前で拳を握った。口をキュッと結んでやる気満々の表情だ。


「ごめ……ありがとう。2人のおかげで落ち着いた」


「いいんだよ☆」


 アズさんはニコッと笑うとボクから手を離してピースをつくった。


「心当たりとか、ないの?」


 セシルは腕を組んで首を傾げている。心当たり……ないことはない。


「レオードの言葉が気になる。なにかヒントになるようなことは……」


 アズさんとセシルは顔を見合わせると首を傾げた。間もなくアズさんが「あ」と声を漏らす。


「ワタシのサイズ……だったりしないかな?」


「「え」」


「いや、スリーサイズが……まずバストがきゅうじゅう――」


「そんなわけないでしょ!! バカなの!?」


 セシルが食い気味で止めた。ちょっと知りたかったなと思う自分を殴りたい。


「えー? ほかに大事なこと言ってたかい?」


 ほかに大事なこと?……大事なこと……大事――


『挨拶は大事だろ?』


「あ!! もしかして!?」


 ボクは勢いよく振り返り「H」を押した。続けてE……L……L……O……ここからはさっきと同じ。


「タイピングはや!?」


 セシルが驚きの声を発したときには最後の文字を打ち込み終わっていた。


『HELLO BRANE WORLD』


 今度は祈らず、はたくように「GO!」ボタンを押す。


『…………ちっ』


「え……今、舌打ちした?」


『ピンポーンっっ!!!!』


「うるっさ!!?」


 やけくそみたいな声が響くと扉からガコンと大きな音がした。それからゴウンゴウンと何かの駆動音が鳴り始める。


「開い……た? やった……やったー!!」


 気付くとボクは両手を天に向けてガッツボーズをとっていた。


『やるじゃねえか……まじでむかつくガキだぜ』


「あ、この声」


「レオードだね。ずいぶんマメなことするじゃないか」


「ねえ……こいつ録音でキレてるってこと……??」


 そういうことだろう。なんて元気なおじさんなんだろうか。


「そ・ん・な・こ・と・よ・り~……どうして、わかったんだい!」


 アズさんは素早い動きでボクの前に回り込み肩に手を置いた。


「え、えと……『Hello world』っていうプログラミングを思い出して」


「ああ、プログラミング教室で……コハくんはゲームが作りたいんだもんね☆」


 そうだった、アズさんには全部知られてるんだっけ。ボクを見つめる澄み切った瞳がなんだか怖くなって目を逸らす。


「そ、それで『挨拶が大事』ってレオードが言ってたし……鍵に書いてた言葉とも近いからもしかしてって――」


「すごーい!!」


 突如、アズさんのおっぱいが飛び掛かってきた。獲物に喰らいつくライオンのような激しい抱擁を受けて息ができない。顔をぐりぐり動かしてなんとか呼吸を確保するが前が全く見えない。


「アズさん……おちふいて」


「さすがコハくん♡♡ 脱出成功だねぇ♡♡」


 落ち着くどころかアズさんはぴょんぴょん飛び跳ね始めた。おっぱいが顔に……顔がおっぱいに沈んでは離れてを繰り返す。


「やった♡ やったねぇ♡」


「や、やわわわわ……」


 おっぱいの餅つき大会。もう恥ずかしいとかそういう次元の話ではなかった。もうボクの頭はおっぱいのことしか考えられなくなっていた。


「や、やめ……やめてぇ……」

「やめないよ~♡ がんばったご褒美だからねぇ♡♡」


 右、左、右……ふわふわの鈍器に脳が破壊されていく。


「だ、だめぇ……ボク、ばかになっちゃうぅ……」

 

 だが、そんな心配をする必要なんてなかった。


「二人とも……ま、まえっ! まえ見て!!」


 セシルが震えた声でゲートを指さしている。左右に少しづつ開いていく扉から水が噴き出していてボクは自分の目を疑った。開いていくにつれて勢いはどんどん強くなっている。すぐに足首が沈むくらい水がたまり、さらに増していく。


「な、なにが起こって……?」


「これ、まずいんじゃないの……引き返しましょ!!」


「もう遅い、コハくん! 離れないでね!!」


 アズさんがボクの全身を覆った瞬間、激流がボクたちを飲み込んだ。目と口を閉じて身構えたけど少し口に入ってしょっぱい。しょっぱい……?


――まさか海水……? じゃあ、ゲートの向こうって!?


 シェルターを脱出したボクたちをさらなる絶望が待ち伏せていたのだった。

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