第33話 おじさんから愛のビデオメッセージが届きました。嬉しくねぇ~……

「レオード……!?」


『久しぶりだなあ、お前ら。……あぁ? ほら、挨拶は大事だろ?』


 濁った瞳を細めて笑う顔を一目見た瞬間、嫌な記憶が呼び起こされた。自然と顔が引きつり頬がぴくぴく痙攣している。


「こいつが……」


 か細い声に振り向くと、セシルが自分の拳を握りしめて震えていた。今にも泣きだしそうなのに目は反らさずレオードをまっすぐ見ている。その様子をちらっと見たアズさんは無言で長手袋のような追加装甲に手を伸ばした。機械の腕は花が咲くように開いてアズさんの白い肌を包んでいく。


『まずは……そうだな。この部屋のもんは全部やるよ、俺からのちょっとしたプレゼントだ。アズに用意したスーツは特別製なんだぜ? あ、きつくても文句言うんじゃねえぞ』


 くくっと、小ばかにしたようにレオードは笑う。見計らったかのようなタイミングで気味が悪かったが、アズさんは動じていない。


「余計なお世話だよ。ていうかサイズ覚えてたのかアイツ、きも……」


 ぶつぶつ悪態をつきながら反対の腕にも装着すると、アズさんはうっすら笑った気がした。


――二人はどんな関係なんだろう……。アズさんは商売相手って言ってたけど、はんとにそれだけなのかな……?


 すごく知りたいけど答えを聞くのが怖くて言い出せない。アズさんは何度も手をグッパーしてスーツの感覚を確かめているようだった。なんとなく楽しそうに見えるのは新しい装備を使えるからだろうか、それとも……。


「ふむ、ぴったり指の動きに合わせて動くな。これはすごい……ん?」


 ボクの視線に気づいて振り向いたアズさんとばっちり目が合ってしまった。不思議そうにパチパチ瞬きをしていたが、はっと目を見開くとボクに向かって腕をのばした。手のひらの金属光沢が眩しい。


「コハくんは多分勘違いしてるっ! アイツとは何にもないからね!?」


 アズさんは関節の溝がくっきりとしたメカメカしい腕をぶんぶんと振って必死で否定の意思を示している。


「スーツを買ったときにサイズを教えたってだけ! かなり昔のことなのに覚えてるとか信じられないよね~!? あははは……」


「ほんと……ですか?」


 アズさんは僅かに眉を下げるとゆっくり頷いた。信じてもいいのだろうか。いや、今はこの人を信じたいと思える。それで十分だ。


「ふふ、ワタシの体はコハくんだけのものだからね。安心していいよ☆」


 アズさんはジャキーンとメタリックなピースサインを目元に添えてウィンクをした。うん、やっぱり信用できないや☆ ものすごく身の危険を感じる☆

 

――とりあえず、笑顔をつくって受け流しておこう。


『あ、人形とも仲良くしてるかぁ?』


 レオードの発したその単語で苦笑いが一気に引きつった。咄嗟にセシルに目を向ける。


「にん……ぎょう……?」


 見開かれたセシルの目は瞳孔が開き、顔からは血の気が引いている。『人形』の意味がわかっている反応だ。まさか自分の正体に気付いてしまっているのだろうか。様子がおかしかったのもそれで? とにかく、ここは誤魔化さないと。


「あ、あー。ノバのことじゃないかな? 人形みたいにかわいいし!」


 これぐらいしか思いつかない。さすがに無理があるよね……。


『にゃあ? それほどでも無いことも無いにゃあ~♪』


 ボクの意図が伝わっているのかはわからないが、ノバは大げさに照れてセシルの注意を引いている。


「え? ええ、そうね……」


 クスっと笑うと、セシルはしゃがんでノバを撫ではじめた。ナイスノバ! いつもいい感じに活躍してくれてありがとう!


『んで……早乙女琥珀』


 ほっとしたのもつかの間、不意に名前を呼ばれてビクッと肩が跳ねあがる。すぐにモニターに目を移すと、いつの間にかレオードの顔からは笑みが消えていた。ゴクリと唾を飲み込み、次の言葉を待つ。


『よくここまでたどり着いたなあ! 見直したぜ!』


 レオードはパチパチと楽しそうに拍手をした。


――は……?


「なに――」

『「なに言ってるの」……かぁ?』


 言おうとした言葉をレオードに奪われた。まただ、まるでボクたちを監視しているような言いぐさ。


『くく……これはゲームだからなぁ?』


 レオードはゆらりと立ち上がり、近くの棚に寄りかかった。大小さまざまなカプセルが置かれた棚には見覚えがある。


――倉庫だ!!


 理解した瞬間には駆け出していた。


「ちょっと待って!」


 しかし、すぐに動けなくなった。背後からアズさんに抱きしめられている。


「離してください! アイツは今倉庫にいるかもしれないんですよ!? これ以上好きにはさせない!! ボクがっ――」


「落ち着いて、一人じゃ無茶だよ。それに、ほら」


 アズさんがモニターを指差したので、つられてもう一度見る。それで気づいた。


「あ……ノバが暴れたあとがない」


「うん、これは録画。妙にタイミングがいいのは偶然だよ、アイツ鋭いからさ……」


「そう……なんですね」


「落ち着いたかい?」


 ぽん、とアズさんの頬が頭に乗せられた。体の真ん中がじんわりと温かくなっていく感覚がする。


「はい……突っ走ってごめんなさぃ……っ!?」


 冷静になったことで、ボクは背中にいろいろ当たっていることに今更気づいた。こ、このすっごくやわらかいのって……。


「あ、あの……もう大丈夫だから……はなして……」


「ん~? だーめ♡」


 逆にぎゅーっと強く抱きしめられた。アズさんの体の感触がダイレクトに伝わってきて頭がふわふわする。だが、そんな思いはレオードの冷たい声でシャボン玉みたいにすぐ弾けた。


『いいか、早乙女琥珀? お前だけは絶対に先に進ませるわけにはいかねえんだよ』


 画面越しにボクを指差すレオードの目には強い憎悪が宿っている気がした。


『でも、ただよぉ……ただ閉じ込めとくのもつまんねえだろ? だから俺は考えた考えて考えまくった!! それで最っ高の結論が出たってわけさ!!!!…………シェルターを脱出できるか試してやろうってな』


「なっ……そんな理由で!?」


 レオードは振り返り、ボクを無視してつかつかと歩き始めた。今までは反応してたくせに腹が立つ。でも、納得がいったのは事実だ。荷物がそのまま残されていたこととか。


『ま、鍵はもう手の中だろ? あとちょっとがんばれよ』


 さも愉快そうにクツクツ笑いながらレオードは棚の間を進んでいく。


『つーことで、最後の試練だ』


 ばっと左腕を高く上げてレオードは手招きのようなしぐさをしながら歩いた。そのまま歩き続け、棚の端が見えてくる。その先にあるものは忘れたくても忘れられない。


『俺のかわいいペットを紹介するぜ……』


 谷間を抜けて壁まで歩いたところで、レオードは振り向いた。背筋が凍るような歪は微笑みを浮かべている。


『「ワンワン、僕たちと遊んでほしいワン!」……なんてな』


 レオードは薄緑色の培養ポッドをコンコンと叩いた。


『じゃ、せいぜい死なないように頑張れよ』


「まっ――」


 憎たらしい笑顔を最後にブツンと画面が真っ暗になった。何も映さなくなったモニターを呆然と見つめ、思わず伸ばした右手をひっこめる。


「ぐぎぃああああああああああああああ!!!!」


「「「!?」」」


 突如凄まじい咆哮が床を揺さぶり、ボクたち三人は顔を見合わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る