第31話 アスフィア議事録:2 クラウン×チェーンソー×美少女=???


ガイハルは口角を裂けんばかりに吊り上げ、ただならぬ雰囲気のポーラを歓迎する。


「は、はい……なんなり、とっ……はわわっ?」


 彼女は一歩踏みそうとして自分の武器につまずき素っ頓狂な声をあげた。つんのめった体を勢いよく引き戻したら今度は後ろに倒れそうになってしまう。わたわたと腕をばたつかせるが引力には逆らえず、がらがっしゃーんとお約束のように大きな音を立ててお尻から派手に転んでしまった。


「い、いたいよぅ……」


 ずれた眼鏡を直そうともせずポーラはしくしくと泣き出してしまう。隊長と呼ばれた彼女だが脚を開いて伸びている姿に威厳はまるでなかった。


「う、ううっ……これっ、骨が折れてますぅ……もう無理ですぅ~……帰りますぅ~」


 倒れた拍子に腕がパイルバンカーの重みであらぬ方向に曲がってしまっている……こともなく普通に無事である。ガイハルは跪き、ポーラの右手にそっと触れると、目線を合わせて優しく笑いかけた。


「大丈夫、折れてないよ」


「ふぇ……? ほ、ほんとうですかぁ~?」


「ほんとだよ。まったくもう……いつもそれ着けてるけど邪魔じゃない?」


 差し伸べられたガイハルの手をとり、ポーラは「よいしょ」と立ち上がる。


「こ、この子がいないと、心細いんですぅ~……ほら、こうやって撫でてると落ち着くんですよぅ~」


 我が子でも愛でるようにパイルバンカーに寄り添うポーラを見てガイハルは溜息をついた。


「ポーラちゃんって、すごく強いのにメンタルはナメクジみたいだよね。研究所に潜ってもらうけど平気かな?」


 杭を撫でて薄ら笑いを浮かべていたポーラは肩をびくっと跳ねさせた。


「ええ……そんな大変なことぅ……なんで私だけなんですかぁ」


「あの研究所の秘密はあまり知られたくないからね」


「そ、そんなぁ……ひ、ひとりじゃむりですよぅ~……」


「きみなら大丈夫☆」


 爽やかな笑顔でサムズアップするガイハルだが、ポーラは今にも泣き出しそうである。 


「とはいえ、僕も鬼じゃない。ひとり、頼れるお友達を紹介するよ」


 言い終わると突然ガイハルはブーメランパンツに手を突っ込んで、ごそごそとまさぐり始めた。


「え、え……? ナニしてるんですかぁ……?」


 ポーラは咄嗟に左手で顔を隠して頬を染める。ガイハルはパンツから親指ほどの棒を取り出すと彼女の眼前に掲げた。両端には球体のボタンがついている。


「よいしょっと……さ、起きて。ニール」


 ガイハルがボタンを押した瞬間、室内にエンジンをふかす音が響いた。


――ぶうううんんんっ!!!!!


「はわわわ……なんなんで――」


 咄嗟に周囲を見回したポーラは部屋の角すみで何かが起き上がるのに気が付く。その何かは次の瞬間両腕を振り上げ彼女に向かって飛び掛かってきた。


「死んじゃエ♪」


 赤と白の丸っぽい服を着た幼い少女がポーラの頭上に迫る。無邪気な笑顔を浮かべた少女は両手に取り付けたチェーンソーを挟み込むように振り下ろした。歯がぎゃりぎゃりと大きな音を立てる。


「け……けひひひひひ♪ あなたの肉の感触、おしえてヨ♪」


「な、なんなんですかぁ……? こわいですぅ~……」


 ポーラは眉を八の字にさせながらも右手の杭で少女の攻撃を受け止めていた。


「すご~い♪ びくびくしてよわそーなのにネ♪」


 少女はきらきらと輝かせた瞳でポーラを見つめている。表情だけなら純真無垢な子どもそのものだ。


「こーら、そのへんでやめなさい。ニール」


 ガイハルは先ほどの棒を少女に向けてにっこり笑っている。


「えー? やだつまんなーイ♪」


 赤白の少女、ニールは顔をポーラに肉薄させると両手の力をさらに強めた。呼応するようにチェーンソーの唸り声が激しく響く。受け止めているポーラの腕がプルプルと震え始めた。


「ひいぃ~……そんなに怖い顔されたらぁ……私も本気になっちゃいますぅ」


 レンズ越しの瞳が輝き、パイルバンカーからガコンと駆動音が鳴る。


「あー、不味いな……仕方ないか」


 二人を見守っていたガイハルは瞬時にさっきとは反対側のボタンを押した。


「んぎっ!?」


 突然、ニールは頭を押さえてふらつき倒れる。


「え……?」


「い、いた……痛い痛い痛いイタイイタイいいイイいいいいっ!!!!!!!」


 困惑の表情を浮かべるポーラの前で、床に転がったニールは死にかけの虫のように手足をじたばたさせて暴れ始めた。


「や……や……め…………て……ゆる……ひ…………て…………」


 しまいには、ただ体をぴくぴくと痙攣させてひたすらに許しを請う。彼女の下にはじわりと生ぬるい水たまりができていた。


「ごめんね……でも、きみたちが戦ったら本部がなくなっちゃうからさ」


 ガイハルは憐れむような目をニールに注ぐともう一度ボタンを押す。すると、ニールの表情が少し緩んだ。


「……か……かはっ……はぁーっはぁっー…………け、けひ……けひひひひ」


「ど、どういうことなんですかぁ……? ガイハル様ぁ~……」


「ん、びっくりさせてごめんね、ポーラちゃん。この子はニール・ロックウェル、きみと一緒にこの任務についてもらうから仲良くしてあげてね☆」


 ガイハルは小水で汚れるのも構わずニールを抱き起こすと、さっぱりとした笑顔を向けた。


「ロックウェルってぇ……アスフィアともパイプがある資産家じゃないですかぁ……そんな家のお嬢さんがどうしてぇ……」


「ははは、御覧の通り癖のある子でさ。ちょっと友達と問題を起こしちゃってねぇ、お父さんに消されそうになっていたところを拾ってきたんだよ。きっと、ロックウェルの名に傷がつくのが嫌だったんだろうね」


 ガイハルは横抱きにしたニールを見てわずかに表情を曇らせる。


「ニーは、好きなことしてただけ……」


「そうだね。もう、立てるかい?」


「うん。ハルハル、やさし……イ♪」


 ガイハルにそっと降ろされて力なく笑うニールの姿にポーラは眉尻を下げた。


「さ、さっきは苦しそうにしてましたけどぉ……大丈夫なんですぅ……?」


「ああ、引き取る条件で脳にチップが埋め込まれてね。暴れそうになったら激痛を与えて止めることができるんだ。鍛えられてたみたいで体は丈夫だから、すぐに回復するし……安心でしょ?」


 ガイハルはさっきの棒を振って苦笑する。


「けひ♪ よろしくネェ♪」


 ころころと笑って首を傾げるニールは天使のような可愛さだった。まがまがしいチェーンソーとおぞましい生い立ちさえなければ。そんな少女をポーラは目元にはっきりと影を落として何事かを思って見つめている。


「わ、分かりましたぁ……実力は、十分みたいですしぃ……ニールさん、よろしくおねがいしますぅ……」


 ぺこり、と頭を下げたポーラを見るとガイハルは腕を組んで笑った。


「うんうん! 頼りにしてるよ、二人とも☆」


「は、はいぃ……」


 薄ら笑いを浮かべて顔を上げたポーラの眼前にホログラムが浮かび上がる。


「……では、改めて命令する。ポーラ・ゴッドポル」


 突如として冷酷な王の顔に豹変したガイハルに、ポーラは無意識に背筋を伸ばした。


「次元法違反の容疑でレオード・アンヒムズ及び――」


 ポーラはホログラムで映し出された写真を見つめる。どこかの研究室で白衣姿のレオードがピースサインをつくっていた。その隣にも同じく白衣を着た人物がもう一人。


「アズ・ミグシーンを拘束せよ。抵抗するなら、殺せ」


 笑顔でウィンクをしているアズを見下ろし、ガイハルは冷え切った声で吐き捨てるように告げた。

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