第30話 アスフィア議事録:1 ムキムキマッチョの総統と愉快な担任たち

 ときはさかのぼり、シェルターで琥珀たちとレオードの戦闘が始まった頃。地球統一政府アスフィアの本部では七人の男女がにらみ合っていた。暗い部屋で輪になってふわふわ浮かぶ椅子に座っている様子はいかにも悪の幹部に見える。彼らの服装は様々だが、全員が同じ腕章を付けていた。


「だからサア? いつまでテクノロジーに制限をかけてるつもりって言ってるノ。あえて不便にしてるなんてありえないカナ?」


 歯車がたくさんついたブラウンのロリータドレスをはためかせてニュイ・クレオゴスは頬を膨らませた。


「あんまり便利になりすぎると人間らしさを忘れてしまうものだよね。もっと芸術を愛して豊かな心を培うべきだと思うんだよね」


 やたらにカラフルなツギハギの服を着た男、ルーテラッチは両手を広げてうっとりとした表情で虚空を見つめている。


「人間らしさねぃ……プリントした合成肉を食わせておいてねぃ」


 真っ白なコックコートを着た怪訝な目つきの男、ユース・リドシーがとなりで溜息をつく。


「個人の欲は抑えるべきダ。現状に満足できずそれ以上を望めば待っているのは破滅だけ。際限なき欲望は秩序を乱し、混沌を招く。だから法で縛るのダ」


 修道服のような装いの男、ガレルは落ち着いた口調で言い添えるとユースに鋭い視線を送った。


「はっ!! すでに抑えられてねぇ~けどな? 10年前から犯罪率はあがりっぱなしでぇ? 不穏因子どもはつぶしてもつぶしても湧いてきやがる。今ん法律じゃ生ぬりいんだよ!!」


 軍服の男、リオ・ネベックは胸についた勲章をじゃらじゃらと揺らして不機嫌そうに足を組んだ。


「ほほ、なーんもわかっとらんのぅ。そんなこつしたら反抗心を育てるだけじゃ。人心をつかむのは、いつの世もカネじゃよ」


 袈裟を思わせるゆったりとした服の老人、モンシー・イーオが優しげな声でたしなめる。温和な笑みこそ浮かべているが目はギラギラと輝いていた。


「はあ~あ、死ぬほどつまらないですわ。そんなお話のためにワタクシたちが呼ばれたわけじゃないでしょう?」


 フリルだらけの可愛らしいドレスの膝に手をのせておしとやかに座っていたモエ・ニートは手を口元に添えて眉を八の字にさせた。


「いやいや、とっても実のある話だよね。人間らしさを守るのが僕たち『担任』の役割なんだよね」


 ルーテラッチが恍惚とした笑みを向けるとモエは自分の体を抱きしめ身震いした。


「とはいえ、某らが全員揃うのは珍しいことダ。よほど重大な要件があるのではないですかナ? 総統殿」


 ガレルがちらりと右に目を向けると担任たちの視線は一点に集約する。円座から少し離れて金髪の男が背を向けて立っていた。真っ赤なマントをなびかせて彼はおもむろに振り返る。


「よくぞ聞いてくれたね。みんなを呼んだのは監視対象に動きがあったからなんだ☆」 


 ばさり、とマントを翻して爽やかに笑う姿は誰もが見惚れる好青年。しかして彼は裸だった。鍛え抜かれた肉体を惜しみなく見せつけるこのイケメンこそアスフィアの総統ティム・ガイハル13世である。


「どうでもいいんだけどサア……なんで総統はいつも全裸なノ? もしかして、変態なのカナ?」


 ニュイが顎に手を当てて首を傾げるが、ガイハルは笑顔を崩さない。


「ハハハ、服なんて飾りだからね☆ それに大丈夫! ちゃんと下は履いてるよ、ほら☆」


 変態はガパッとマントを開いてブーメランパンツ一枚の股間を指差した。


「いや、それはもう完全にセクハラだねぃ」


「おほほ、いつ見ても素敵なお体ですわ」


 不思議なことに好意的に捉えている者が多数のようで、ガイハルは嬉々としてポージングを始めた。


「んなことより、動きってなんだ?」


 キレキレのサイドチェストを決めるガイハルにリオがあきれ顔で聞く。するとガイハルはポージングをやめて神妙な顔つきで腕を組んだ。


「……例の研究所に入っていったという情報がある」 


 瞬間、室内はどよめきで満たされる。


「くそが! 見張りの奴らなにしてやがった!!??」


「きっと昼寝か女遊びだよね。トップがこんなんじゃ息が詰まると思うんだよね」


 小ばかにしたような口調で茶々をいれたルーテラッチをリオが強くにらみつけた。


「ほっほ、若いのは血の気が多くていかんのぅ。今はいがみ合ってる場合じゃないぞい」


「モンじいの言う通りだよ。みんなも落ち着いて聞いてほしい」


 担任たちの視線は再びガイハルに集まる。


「はっきり言って緊急事態だ。まじやばい。だから、みんなには『同意』してほしいんだ」


 ガイハルが言い終わると同時に、びっしりと文字の並んだホログラムが担任それぞれの眼前に浮かび上がった。記された内容に全員が息をのむ。


「これは『合意書』……。つまり『サイレンサー』を動かすということですかナ?」


 ガレルが額に汗を浮かべて聞くと、ガイハルはゆっくりと頷く。


「そ、このままだと人間性だけじゃない……世界そのものが危険なんだ」


「そんな……!? 一体なにが起こっているんですの!?」


「ごめんね、モエ。それを教えることはできないんだ。でも、放っておくと取り返しのつかないことになるのは間違いない」


「そう言われてもねぃ……『サイレンサー』は一歩間違えば、すべてを壊しちまう最終手段だねぃ。詳しいことを教えてくれなきゃ簡単には頷けねぃ」


 ユースは腕を組んでガイハルを見やる。他の担任たちも不信感を隠せず重苦しい空気が場を支配した。


「あ、あのサア……あの研究所は異次元につながってるって結構有名な噂があるノ。総統、なにか関係あるのカナ……?」


 ニュイがおずおずと聞くと、ガイハルはゾッとするほど冷たい目で見降ろした。


「だったら?」


 ただでさえ張り詰めていた空気が一瞬で凍り付く。ニュイは汗をダラダラ流して首を激しく振った。


「いい子だね、ニュイ……みんなもわかってくれたかな?」


 事の重大さを悟った担任たちは互いに不安げな顔を見合わせる。しかし動こうとするものはいない。


「であるなら、是非もありませぬナ……」


 ガレルは大きなため息をつくと、すっと手を持ち上げた。ホログラムに手をかざすと、すぐさま光の線がスキャンして手形が写し取られる。


「ありがとう、ガレル」


 一人目が『同意』したことでほかの担任たちも、一人また一人と手をホログラムに置いていく。リオだけはうつむいて微動だにしない。


「おい、総統」


 最後の一人になったリオは震える手を抑えてガイハルを見つめていた。


「ん? なんだい?」


「信じて……いーんだな」 


 まっすぐな視線に一瞬きょとんとしたガイハルだったが、にっこりと仏のような顔をリオに向ける。


「ああ、もちろんだよ」


 その表情を見たリオは「はっ!」と短く笑うと勢いよくホログラムを叩いた。


「信じてやるよ! あんたはすげーやつだかんなぁ!?」


 深く頷くガイハルの背後に巨大なホログラムが浮かびあがる。総統に最後の確認を迫る『最終合意書』だ。下半分に円形に配置された七つの手形をガイハルは見つめ、その中央にゆっくりと手を重ねる。


「これで、いいはずだ……」


 ガイハルの手形が刻まれると『最終合意書』は赤く発光した。担任たちは揃って生唾を飲み込む。


「それじゃ、みんなとはここでお別れだ☆」


 ガイハルは満面の笑みで振り返り両手を広げた。


「「「「「「「は?」」」」」」」


 声を合わせて疑問符を浮かべる担任たちにガイハルは顔色一つ変えずに朗々と告げる。


「ここからはトップシークレットだからね☆」


 担任たちはたまらず思い思いの文句をぶつけるが、そんなの気にも留めずガイハルはあっけらかんと手を振った。


「じゃ、お疲れ様~! バイバーイ☆」


「てめぇだからそーいうとこだぞ!? まじふざけ――」


 額に血管を浮かび上がらせていたリオが一瞬にして消えた。あきれ顔、苦笑い、様々な表情で不満を示す担任たちだが、全員同時にいなくなる。暗い室内には裸の総統だけがたたずんでいた。


「ふう~、やっぱり会議はホログラムに限るね、時代はリモートだよ。すぐに終わらせられるから楽ちん☆」


 ガイハルは大きく伸びをすると、どこにともなく話しかける。


「よーし、みんな居なくなったし……任務を伝えるよ~!」


 再び、彼の表情は冷徹な統率者のものに変わっていた。


「入っておいで」


 冷徹な総統の声が響き、一拍間を置いてウィンと扉が開く音がした。がりがりと重く固いなにかを引きずる音と共に大きな怪物のような影がゆらゆらとガイハルに向かっていく。近づくにつれ、ホログラムの光が徐々に正体を暴いていく。


「うーん、相変わらず物騒だね」


 すらりと伸びた両足。くびれた腰に豊満な胸。幸が薄そうだが整った顔にはひび割れた眼鏡をかけている。サラサラの黒髪ロングを揺らめかせ、ぴったりとした白いパワードスーツを身に着けたそれは少し背の高いだけの若い女性だった。


「特に……そ・れ」


 だが、右手には身長をはるかに超えるパイルバンカーを装備している。それが巨大な怪物に見えていたのだ。鈍く光る巨大な杭は人の頭なぞ一瞬で木っ端微塵にしてしまうだろう。


「こほん……では、貴様に命令する。鎮圧部隊サイレンサー第一機動隊長、ポーラ・ゴッドポル」


 純白のスーツが赤く照らされた姿は、まるで返り血をあびた悪魔のようだった。

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