第28話 「ねえ、ちゃんとお風呂入ろ♡」いや無理ですぅ!!

 もくもくと湯気に包まれた円筒形のシャワーユニットでボクは顔を真っ赤にしていた。シャーと絶え間なく水の流れる音が耳に入って来る。ぱちゃぱちゃと跳ねる音で人が動いていることを感じさせられた。


「ん~♡ キモチいーね? コハくん♡」


 お風呂場特有の少しこもった声で自分が置かれている状況を実感する。ドクドクと暴れる心臓を手で抑えるけど意味がない。


――今、すぐ隣で、隣の個室で、アズさんがシャワーを浴びているんだ。しかもガラス張りみたいなすけすけの部屋で……!! フィルター機能とかで今は黒くなって見えないけど、なにか誤作動でも起こしたら!? なんでこんな……こんなことに!?


「ねえ~、ちゃんとひとりで洗えてる? ニクジキノタイリンの体液にはたくさん種が含まれているらしいから少しでも残っていると危ないんだよ?」


 ええ……それは怖い……けど! アズさんに、女の人に体を洗ってもらうなんて絶対むりだ!!


「心配だなあ……やっぱりワタシが――」


「ちょっとアズ!! そんなこと言ってコハクに変なことする気でしょ!?」


 シャワー室の出入り口で見張ってくれているセシルがとげとげした口調で釘を刺す。


「うう、だからしないってば……一緒にシャワーを浴びるだけなのに、なんでそんなに邪魔するのさ」


「なんでって……! 言えるわけないでしょそんなこと! ダメったらダメなの!!」


「もう、けちだなあキミは……仕方ない、ノバで我慢しよう」


 アズさんの残念そうな声に続いてわしゃわしゃと、何かをこする音がする。あきらめてノバの体を洗い始めたみたいだ。


「まったく……」とセシルの呆れた声が微かに聞こえる。


 ボクは改めてセシルに感謝した。彼女が止めてくれなかったら、本当にこの狭い個室に二人で入ることになっていただろう。そんなことになってたら……なってたら……


「あ~もうっ……暴れないでよ。洗いにくいじゃないか」


「にゃ!!」


「わわ、そこはダメだって……んんっ」


 そ……こ……? なにが……隣では一体なにが起こってるんだ!? いやいや、だめだ体を洗いながら別のことを考えよう。うん。


 えーっと、そう。このシェルターに来てからずっと違和感があったんだよね。ここには食べ物もこの通りシャワーもあってかなり快適に過ごせる。それはレオードの拠点だってことなら不思議じゃないんだけど……


――分からないのは、どうしてここに連れてきたのか。


 閉じ込めるにしては、あまりにも環境が良すぎる。それに、目が覚めたとき、ボクたちの荷物はほとんどそのままだったのも気がかりだ。彼の目的がよくわからない……まあ、そもそも変なおじさんだったけど。


「あ!!」


「!? アズさん、どうしたん……うわっとっと!??」


 大声にびっくりして転びそうになったのを壁に手をつき何とかこらえた。そうしてる間に次はどたどたと慌ただしい音が響く。


「アズ!? 大丈夫!? なにが……ってびしょびしょで出てこないでよ!!」


「見て見て! ノバの毛からこんなものが!!」


「ちょっと! 泡だらけなんだから危ないわよ!? 滑っても知らな――」


「倉庫で大暴れしたときに引っ掛けたのかな!?」


「話を聞きなさいよ! わかったから、ちょっと落ち着いて……」


「にゃっにゃっにゃあ~♪」


「あ、ほら足元をノバが!!」


「へ? なにが……おっ??」


「ばか!」


 ダン!!!! とすぐ後ろで大きな音がして反射的に振り返る。


「あ……」


 ボクの個室に手をつく泡まみれのアズさんと目が合った。熱気でちょっぴり赤くなった頬と髪から水を滴らせるその姿がすごくきれいで、ボクは釘付けになった。が……


「わ、わああああああ!!??」


 すぐに我に返って絶叫した。




◇◇◇◇




「それで? ノバから出てきたというのはその鍵ですか」


 自分の足を抱きしめて体育座りのまま聞く。部屋にはシャワーの音が響いていた。衝撃で一時的にバグったフィルター機能が直ったので今はセシルが使っている。


「そ、そうだよ」


 正座したアズさんの目の前には古めかしい鍵が置かれている。数センチくらいで特に目立つ装飾もないごく普通の鍵だ。


「ノバはお手柄だよね! あはは」


 アズさんは鍵の脇で気持ちよさそうに眠っているノバに視線を移した。


「そうですね」


 つい、そっけなく答えてしまう。


「あ……えっと、バスローブ似合ってるね☆ かわいい! ここにあったものだけどコハくんのために作られたみたい!」


「ありがとうございます。ふわふわで気持ちいいです」


 生地に顔を埋める。


「まだ、怒ってるのかい……?」


 顔をあげるとアズさんが指と指を合わせて上目遣いでこっちを見ていた。


「べつに……わざとじゃないって分かってますから」


 ほんとに怒ってるわけじゃない。でも、裸を見ちゃったから、見られちゃったから、もう普通になんてできないよ。ふとしたときに泡に包まれたアズさんの姿がちらついて胸が苦しくなるんだもん……アズさんの顔をまっすぐ見れない。


「そっか、怒ってないんだ…………」


「……っ!」


 アズさんは、ほんの小さく「よかった」と呟いて笑った。


――な、なんだこれ……そんな、そんな顔見たことないよ。


 心臓がきゅーっと痛くなった。


「そ、それで! その鍵はどこで使うものなんですか!?」


 わけがわからなくなって、今の気持ちとはこれっぽっちも関係ない疑問が飛び出した。不自然なくらい大きな声になってしまって恥ずかしい。


「え!? あ、あー!」


 アズさんもきょとんとしていたが、こほんと咳払いをすると人差指を立てた。


「ひとつだけ、電子キーじゃなくて鍵穴が空いている扉があったんだよ。多分そこじゃないかな」


 落ち着いた口調で話し終えてふふっと笑う姿は、もういつも通りのアズさんだった。


「へ、へー! そこだけ違うなんて怪しいですね。何かあるかも!」


「うん、セシルくんがシャワーを出たら三人で一緒に行こうか」


 シャワー室をちらりと見てアズさんは優しく微笑む。その顔を見ていると無性にくすぐったくなる。だけどぽかぽかとあったかくて、嫌な感覚ではない。


「はい! みんなで行きましょう!」


 ボクが笑顔で頷くと、アズさんはウィンクをした。

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