第27話 つまりそれってマタタビってことですか?
「ぐはっ!!」
勢いよくボクの顎は跳ね上がり天井とお見合いさせられた。ノバはすごいスピードで倉庫内を縦横無尽に駆け回っていて四方八方に影が走る。華麗なアッパーカットを喰らいのけぞったボクはセシルに抱きとめられた。
「え!? なになに、どうなってるのよ!!」
ボクを隠すように抱きしめると、セシルはきょろきょろと首を左右に振って事態を把握しようとしている。倉庫内はノバに弾き飛ばされたカプセルがあちこちに飛び交いまさにカオスといった状況だ。
『にゃはにゃはにゃはーーーー!!!!』
今もノバは血走った目で倉庫内のものを蹴散らしながら暴れまわっている。が、アズさんは顎に手を添えて冷静に観察していた。
「おやおや、完全に興奮状態になっているねえ……発情期かな?」
「多分違うと思います……セシルが見つけた枝に飛びついたと思ったら、急に暴れ始めて」
床に転がっている枝を指差すとアズさんが拾い上げてまじまじと見つめた。
「これかあ……ふむ。セシルくん、カプセルにはなんて書いてあったんだい?」
「ぅえ!? ええと、確か……『ケモノクルワシ』って。はい、これ!」
セシルが枝の入っていたカプセルを差し出す。アズさんは受け取るとすかさず説明書らしき紙を取り出した。
「ふむふむ、『ケモノクルワシは地下1階に自生する植物で、その香りは次元生物を強い興奮状態にさせる』……なるほどね~」
それって、マタタビみたいなものかな? ますます猫っぽい……
『にゃははーっ! 最高にハイってやつにゃああああっ!!』
「わわ!? なんか、さらに激しくなってるような……」
「どうにか落ち着かせないと……このまま、めちゃくちゃにされちゃったら探しものどころじゃなくなるわ。ねえ、説明書なんだったら対処方法とかも載ってるんじゃないの!?」
「わかってるよ、今探してるから……」
アズさんはバラバラとページを送っていたが、目をちょっぴり見開いてぴたりと止めた。
「あった!『FAQ 大事なペットが興奮してお困りの際』!!」
「FAQって……まんまトリセツですね」
「……どれどれ?『ケモノクルワシの作用はニクジキノタイリンのツルを嗅がせることで打ち消せます。切断したものを使うとより効果的』……だってさ」
ぱたんとトリセツを閉じたアズさんはにぃーっと笑顔になるといつものウィンクを決めた。
「よーし、善は急げだよ! 試してみようか☆」
「試すって……まさか!?」
すごく、すごく嫌な予感がした。
「はあ、考えてる時間はなさそうね。アズ、コハクは頼んだわよ」
肩を押されてアズさんに差し出されたボクは有無を言わさずお姫様抱っこされた。
「え、ちょ?」
ボクの不安を知ってか知らずか2人は頷きあうと、駆け出した。
「ちょちょちょっと!? まさかですよね? ね!?」
ボクが必死で訴えると、アズさんはにやりと微笑んだ。
「大丈夫! ただの標本だから☆」
「なにがーー!!??」
アズさんは飛び交うカプセルを器用にかわしながら走る。みるみるうちに景色は後ろへと過ぎ去っていく。前を駆けるセシルは棚とものを足場にして規格外な最短距離で進んでいく。そして、彼女は徐に背中に下げた大剣に手をかけた。目の前には薄緑色の液体に浮かぶ花の怪物。
「ふふふ……こいつには散々な目にあわされたからね。鬱憤を晴らさせてもらうわ! い・く・わ・よーっ!!」
剣を腰の横で構えたセシルは、培養ポッドのひとつに向かって跳躍した。
「やっぱりーー!!」
「『
横一線、超高速で剣を振り抜く。セシルが着地と同時にバックステップで距離をとった瞬間、培養ポッドは粉々に砕け散った。怪物は培養ポッドごと胴体を両断され、容器の破片が散乱し、どろどろと液体があふれ出る。
「ふん、ざまーみなさい」
怪物に背を向けてこちらを見るセシルの顔はスッキリ晴れやかだった。
「うわあ、やっちゃったよ……」
「ナイスだよ、セシルくん!」
アズさんは割れたポッドに駆け寄るとボクを降ろした。周囲の床は薄緑色の液体だらけになっていてどうやっても踏んでしまう。
「うへぇ……なんなんだろうこれ? にちゃにちゃして気持ちわるい……」
「わあ、綺麗に切れてるね。よいしょっと」
「アズさん、なにして……ええ!? ほんとになにしてるんですか!!」
顔をあげると、アズさんが培養ポッドに体を突っ込んでいた。全身をべとべとにしてもがく様子をセシルも眉をひそめて見ている。
「ナニって、こいつの体を引っ張りあげてる……の、さ!」
「アズ、あんた今すごいことになって……くっさ!!?」
アズさんが怪物の体を引っ張り上げると、途端に青臭い匂いが充満した。
「この匂いはあのときと同じ……あ、ノバが!」
いつの間にかノバが怪物のそばで横になっていた。すりすりと体をこすりつけて白い毛並みを真緑に変えていく。
『ふにゃああん♡』
「へえ、興味深いね。この香りで引き寄せてリラックスしているうちに寄生するのかな? おっと」
怪物の断面から噴水のようにびゅるびゅると緑の体液が噴き出し、遠巻きで見ていたボクとセシルのところまで飛んできた。
「わあー!!?」
「ひゃあ!? ちょっと! あたしにもかかったじゃない!!」
セシルは体に飛び散った体液を払いながら怒り心頭といった表情でアズさんに詰め寄った。
「まあまあ、こうしてノバも沈静化できたんだし。いいじゃないか」
「なにも良くない!! だいたいね、あんたは……」
セシルは体液まみれになった顔を真っ赤にして地団太を踏んでいる。夢中でまくし立てるものだから口に入ってしまい顔をしかめてぺっぺっと吐き出した。
――ん? まてよ? これまずくない??
「あ、あの……このニクジキノタイリンって寄生するんですよね? ひょっとして、ボクたち」
「うん、すぐに洗い流さないと……こうなるだろうね」
すーっと、アズさんはニクジキノタイリン……のツルの内側に見えるトカゲのような生物の死骸を指差した。
「はあああああああああ!!?? あんたねえ!?」
セシルはアズさんの襟首を締め上げてぶんぶん振り回している。
「あははは~、大丈夫だよ。ここにはシャワーがあるって言っただろう?」
「あ!?……ああ、そっか。じゃあ早く案内しなさいよ」
ぱっと手を離したセシルは緑色のモンスターみたいになったノバを抱きかかえて、ふんと鼻を鳴らした。とにかく、寄生の心配はないってことか。これで一件落ちゃ――
「ふふふ、そうっ! ワタシたちは今すぐにシャワーを浴びないといけないんだよ!」
ん?
「ふーっふーっ……しかもっ! ちゃ~んと……綺麗にしないと……ね?」
んん? なんか……息が荒くなって?
「だ・か・ら……」
ゆっくりとボクに振り返ったアズさんの瞳はギラギラと輝いている。まさに獲物に襲い掛かる野獣の眼光だ。
「コハくんの体は~♡ ワタシが洗ってあげるね♡」
「ええええええええええええええええええええええええ!!??」
『☆コハクを待ち受けるのは天国か地獄か、はたまた……次回「ねえ、ちゃんとお風呂入ろ♡」』
「なに言ってるのよ、ノバ……」
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