第26話 藁にも縋る思いでやってきた倉庫で腰を抜かしました。
「ここが首輪……とカレーが置いてあった部屋だよ」
アズさんは高さ2メートルほどの鉄の扉を指差して振り返った。
「ここにあったのね……結局、あたしたちが寝てた部屋の近くまで戻ってきちゃった」
ノバを抱いたセシルがちょっと嫌味っぽく呟いた。『ゲート』から一時間かけてスタート地点に戻てきたのだから無理もない。
「まあまあ、きっといいものが見つかるよ」
『おいしいものあるにゃん!?』
ノバが目を瞬時にキラキラさせるのを見てセシルの表情が和らいだ。ナイスノバ!
「なんでもいいから早く見つけて、こんな気色悪いところさっさと出ましょう!」
「そうだね。さ、入ろうか」
ふっと笑うとアズさんは扉を押して中に入っていく。ボクも恐る恐る足を踏み入れると、部屋中を埋め尽くす何列もの棚の群れが目に飛び込んできた。
「うわ~! こんなに……本当に倉庫みたいですね!!」
「なにこれ、カプセル? すごい数ね、何が入ってるの?」
「大体は食べ物だね、たまに機械類とか……ああ、ぬいぐるみなんかも入ってたよ」
棚を手でなぞりながら歩いていくアズさんについて倉庫を巡る。きょろきょろと首を左右にふって観察してみるとすべての棚にカプセルが置かれていた。握ればすっかり隠れるぐらい小さいものから、ボクが入れそうなぐらい大きいものまである。
「いっぱいありすぎて、どこから調べればいいのか……あ! あっちに何かある!?」
棚の向こうにちらっと大きなものが見えた。カプセルみたいだけど形が少し違う気がする。
「コハク!? 急に走ったら危ないわよ!!」
壁際のそれが無性に気になってしまい、気づけばセシルの声を振り切って走り出していた。
「あんなに大きなもの、何が入って……うわあああああああああ!!???」
棚の谷を抜けてそれの正体を目の当たりにして、ボクは腰を抜かしてしまった。
「なにがあったのコハク!? 待ってて、すぐに……っ!!?」
倒れているボクに気付いて駆け寄ってきたセシルも言葉を失った。
『にゃ!? こいつワンを食べようとした悪いヤツにゃん!!』
――ボクたちを襲ってきた花の怪物が容器の中に入れられていた――
培養器というのだろうか? 薄緑色の液体で満たされた巨大な縦長の容器に怪物が浮かんでいる。それが、壁に沿って何個も何個も並んでいた。あまりにおぞましい光景。
「なんだよ……これ……? こいつら、生きて?」
「大丈夫、ただの標本だよ」
振り返ると、棚の影からぬうっとアズさんが穏やかな微笑みを浮かべて姿を現した。
「ひょうほん? じゃあ、襲ってこないんですね??」
ボクたちの隣まで来たアズさんは笑顔のまま頷く。セシルは立ち尽くして震えている。そうだ、この子はこいつにひどい目に……。
「セシル……? セシル!!」
「……え!? だいじょぶだいじょぶ!! ほら、あそこに文字が彫ってあるでしょ!! それでちょっと考えてただけ!!」
セシルは無理に笑って装置の土台部分を指差した。細長い金属板には『試験体№006 ニクジキノタイリン』と刻まれている。
「ママの手帳に同じ名前の次元生物がいた気がするんだけど、こんなじゃなくて……あ、見せた方がいいよね」
セシルは手帳を取り出すとパラパラとめくって、奇妙な花の絵が描かれたページをボクたちに見えるように開いた。アズさんが身を乗り出して興味深そうに
「ふむふむ『寄生型の植物だが危険性は低い』『タネを飲み込んだ生物を宿主にして繁殖する』『自身は動かず小さいため注意していれば問題はない』……確かに、どれもデタラメじゃないか」
二人の言う通りだ。目の前で培養器に入れられている怪物とノバを捕まえていたのが同じ生物なのは間違いない。だけど、めちゃくちゃ動き回っていたし、3メートルの身長は小さいとは言わない。これが『ニクジキノタイリン』だとすると手帳とは何もかもが食い違う。
「寄生……宿主の体を操っているのか? この中には別の生物が? そんなことが可能なのか……? いや、実験か何かでいじられて特性が変化しているのかも……それか――」
アズさんは浮かんでいる化け物を見つめてぶつぶつ言いながら近づいていく。それを聞いていたセシルが口元を抑えるのが目に入った。
「は? なに? もし、つかまったままだったら、あたしもこんな風になってたってこと……? こんな、化け物に」
「セシル……」
ふらふらと今にも倒れてしまいそうで、ボクは思わず肩に手を回して支えていた。
「アズさん! とりあえずこいつは後にして、棚のカプセルを調べましょう!」
「ん? ああ、そうだね……見てみようか」
意外にもあっさりとアズさんは振り返って棚の方に歩きだした。
「うう、ありがとう、コハク」
「いいよ、気にしないで」
ボクたちも回れ右をしてアズさんの背中を追う。背後でニクジキノタイリンがごぽごぽと不快な音を立てていた。
◇◇◇◇
「うーん、やっぱりめぼしいものはないなあ……そっちは何か見つけたかい」
アズさんが錆びだらけのオルゴールをカプセルに戻しながらぼやいた。
「いえ、武器になりそうなものは何も……」
三人で手当たり次第にカプセルの中身を取り出しては戻しを数十分ほど続けたが、役に立ちそうなものは一向に出てこない。むしろ、お菓子やビー玉など、ほとんどがボクの世界にもある、ごくありふれたものばかりだった。
「まったく、ろくなものが出てこないじゃない」
ただ、気が紛れたのかセシルの顔色がすっかり戻ったのは収穫だ。文句を言いつつ今もカプセルから茶色い棒を取り出している。
「……なにこれ? 木の枝?」
セシルは溜息をつくと「ゴミね」とそれを放り投げた。退屈そうにあくびをしていたノバの前まで転がっていく。
『にゃ~?』
「もう、だめだよ投げたら……」
拾おうと手を伸ばすとノバが枝に飛びついた。
『にゃ……にゃにゃ!?』
「ノバ? どうし――」
『にゃはーーーー!!!! この匂いたまんねえぜーーーー!!!! サイコ―ーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!』
突如、飛び上がりざまに繰り出された猫パンチがボクの顎を襲った。
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