第24話 脅威! 異次元カレー!!
セシルの瞳は強く輝いていて決意がこもっているのが一目瞭然だった。アークの話していたもう一人って、このことだったのか……でも、彼女は――。
「実はあたし、ほとんど記憶がないの。気が付いたらあの階段横の部屋にいて……でも、ひとつだけ覚えていることがあった」
組んだ手を見つめて、ぽつぽつと語るセシルを見てアズさんは静かに頷いた。
「それが、母親のことか……」
「そ、気づくとママのことばかり考えていた。顔も姿も思い出せなかったけど、ぼんやりと優しかったことは覚えているの。それがずっと気になっていて、ずっと会いたくて、いつか探しに行こうって思ってた……でも怖くて、この地下一階まで降りるのが限界だった」
「そこに、ボクたちがやってきた……」
セシルの手がぶるぶる震えている。目からは今にも涙が零れ落ちそうだった。彼女の苦しみが痛みとして伝わってくる。
「お母さんに会いたい気持ち、わかるよ」
「コハクは、やさしいね」
ゆっくりと顔をあげたセシルは柔らかく微笑んでいた。その顔を見てほっとした瞬間……
――きゅうるるるぅ~
「あ、ああごめん!!」
なんでボクのお腹はこんなに間が悪いんだ!
「ふふ、いいよ。ずっと眠ってたんだから仕方ないわ、早くカレー食べて」
セシルはすっかり笑顔になっている。恥ずかしさを紛らすように頷いて、アズさんの方を向くとこれまた満面の笑みでスタンバっていた。
「コーハくん♡ カレーはすっかりホカホカだよ♡」
――ま、まあ、アズさんにも聞きたいことがあるしちょうどいいか……。
ボクはカレーを受け取ろうと少し前のめりになったふりをしてアズさんにこっそり話しかけた。
「あの、セシルの体は博士に造られたものってアークが言ってて……、お母さんってどういうことなんでしょう?」
アズさんは驚いたような表情を一瞬浮かべたが、すぐに答えてくれた。
「そうだねえ、推測だけど……博士から逃げ出すときに協力者がいたのかもしれない。その自分を庇護してくれた存在をセシルくんは漠然と『母親』と認識しているのかもしれないね」
「なるほど、それなら筋は通りますね」
「あるいは……。いや、あくまで憶測だね、やめよう。ううむ、アーク本人に確かめたいところだけど」
「それは」
「わかってるよ。セシルの人格のときに無理に聞く必要はない。レオードとの戦闘もアークに関するところは誤魔化して話してあるよ」
「そうなんですね、安心しました」
いっつも喧嘩してるけどアズさんもなんだかんだ大事に思ってるんだ。ほっと胸を撫でおろす。
「ねえ! こそこそなに話してるの~?」
「ナ、ナンデモナイヨ!」
慌ててカレーを受け取り振り返るとセシルはちょっと不機嫌そうに眉を下げていた。
「ちょっとカレーの話をしてたんだ。ここにあったものを食べても大丈夫なのかなって!」
「なんだあ。それなら心配ないわ、あたしも食べたけど美味しかったし!」
屈託のない笑顔で親指を立てるセシルを見ると内緒話をしていたことを少し罪悪感を抱く。
「そ、そうなんだ……」
でも、これは彼女たちのためだから。話したらアークの想いも踏みにじることになってしまう。ボクは深く頷き、お弁当の蓋を開けた。
「わあ……」
一瞬でボクの思考はカレーで支配された。開いた途端にほかほかと立ち上る湯気の向こうには、とろとろに煮込まれたカレーがトレーで分けられて真っ白なごはんの横に盛り付けられている。構成はごはんとルーだけでシンプルだけどすごく美味しそうだ。
「いただきまーす!」
ふたに埋め込まれていたスプーンを取り出してルーを少しすくいそのままごはんを一口分……
「うっ」
「「だいじょうぶ!!??」」
ひとくちだけで……この攻撃力。これが異次元飯か。
「うまーい!!」
口に入れた瞬間ふわっと広がる香り。とろっとろに煮込まれた具材のハーモニー!
「お母さんのカレーと全然違う味で最初はびっくりしちゃったけど、これはこれで美味しいです!!」
珍しいスパイスを使ってるのかな? なんかすごく複雑で不思議な味だ。止まらない!!
もぐもぐ
もぐもぐ
もぐ……
「はっ!!」
慌てて顔をあげるとセシルはにっこりとほほ笑んでボクを見ていた。
「ごめん! 大事な話の途中だったのに!」
「あはは、だから気にしないでってば」
「そんなわけにはいかないよ! 話をもどそう、うん!」
やってしまった~~……夢中でカレーを半分以上食べているのを見られた。きっとアズさんもいつものニコニコ顔になってるんだろうなあ。
「しかし、セシルくん。どんな見た目かも分からない相手をどうやって探すって言うんだい?」
あれ? 意外と冷静だ。もしかしてフォローしてくれているのかな。
「……一応、考えてあるわ」
セシルもすっと顔を引き締めると、パーカーのポケットから手帳を取り出した。
「あ、それって」
「うん、2人には見せたことがあるでしょ。あたし、これを書いたのはママだと思うの」
そういって彼女は見覚えのあるページを開いた。
『実験は失敗した。いや成功か? とにかく私にはヤツを止める義務がある。行かなくては』
という綺麗な文字が目に入る。
「この『ヤツ』を追えばきっとママにも会える気がするの!」
「じゃあ、そいつが誰かは分かるのかい? それに根拠は……?」
アズさんに鋭い視線を向けられてセシルは一瞬固まってしまったが、すぐに首を大きく横に振った。
「誰かは、分からない。根拠も、ない……」
「はあ、それなら」
「でも!!」
セシルは手帳をぎゅっと抱きしめると、しっかりとアズさんの目を捉えた。
「あの部屋で目が覚めたとき、目の前にこれが落ちてたの。きっとママが残してくれたんだって、あたし……」
アズさんを見つめるセシルの表情は痛々しいほど健気で、信じてあげたくなるには十分すぎた。それに、アークとアズさんの話と合わせても矛盾はない。もし、『ママ』が協力者だったとしてもありえる話だ。
「ボクも手伝うよ」
「コハク……!」
セシルは目を大きく開いてにっこり笑った。
「うーん、コハくんが言うなら……それに、やることは変わらないだろうしね。『ヤツ』ってのもある程度は検討がつくし、どっちみち最深部に行くんだからどこかで出くわすはずさ」
アズさんは手を後ろについてまるで星でも見るように天井に顔を向けた。
「アズさん! ありがとうございます!」
よし、ボクも頑張って早く強くならないと! ボクは顔に弁当箱を近付け一気に残りのカレーをかき込んだ。
「そのためにも……まずはこのシェルターから脱出することを考えなきゃね」
ん? 今、少し引っかかる言葉が聞こえた気が……。
「脱……出……?? 待ってください、それって」
アズさんは天井を見つめたまま、冷静に続けた。
「ああ、ワタシたちは今、閉じ込められている」
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