第23話 ヒモを引っ張るとあったかくなるお弁当は異次元でも健在でした。

 猫であることを否定した猫は、次の瞬間バンザイポーズでボクの顔めがけて飛び掛かってきた。某エイリアンさながらの洗練され俊敏な動作を前に『全てを見通す瞳ラピデンスアイン』も役に立たない。ボクは避ける間もなくがっつりとホールドされてしまった。


『遊んでにゃん遊んでにゃん!』


「わわ!? 前が見えない!! 喋ってるしほんとどうなって……あ、すごい、もふもふぅ」


 咄嗟に頭を振ったらふわふわの体毛が顔全体を撫でて何とも言えない幸福感に満たされた。仔猫が後ろ脚をぱたぱたさせていてそれがまた気持ちいい。


「ふわぁ、なにこれ~……ん?」


 毛に覆われてホワイトアウトした視界に、一筋だけ黒い線が走っていることに気づく。意識してみると見覚えのない首輪がつけられているのがわかった。


「首輪……? この子こんなのつけてたっけ」


「こら、ノバ! コハクは病み上がりなんだから大人しくしなさい!」


 首輪の下に腕が差し入れられ仔猫が引きはがされる。あ、もふもふが遠ざかっていく。ちょっぴり残念に思って目で追うとふくれっ面のセシルに抱きかかえられていた。


『にゃ~、つまらないにゃん』


 ノバと呼ばれた暴れん坊は腕の中でしょんぼりとうなだれている。 


「ありがとう……2人とも驚かないんだね。ボクなんか腰を抜かすかと思ったのに」


 ボクは目を見開いて2人の顔を交互に見るが、そろって不思議そうな顔をしている。


――どういうこと? おかしいのはボクの方なの?


 突然の疎外感にドキドキしていると、セシルとアズさんはハッとして顔を見合わせた。


「あ、そっか。コハクは眠ってたから」


「おっと、ワタシとしたことが……そうだね、ちゃんと説明しなきゃ」


 アズさんは手のひらをポンと叩くと、首輪を指差してほほ笑んだ。


「これは意思伝達デバイスでね、動物の思考を自動的に言語化して音声で伝えてくれるんだよ。まるで喋ってるみたいにね!」


「動物相手の翻訳アプリってことですか? お母さんがそういうおもちゃを持ってました」


「へえ、コハクの世界にもあるのね。すごいじゃない」


『すごいにゃん!』


「精度はかなり怪しかったけどね……」


 ボクは肉球型のボタンが付いたおもちゃを野良猫に向けて、めちゃくちゃに引っかかれた後でなぜか楽しそうに笑うお母さんを思い出した。


「ふふふ、でもこのデバイスはもっとすごいよ! 思考をほぼ正確に読みとるのは勿論、こっちの言葉も装着した動物に伝えてくれるんだ!」


 アズさんは目をキラキラさせて謎の機械の説明をしている。この感じ、なんだか久しぶりだ。この世界に来てすぐのときにもハイテンションなアズさんに色々教えてもらったな……。


「す、すごい。それで会話が成立してたんですね。やけに詳しいみたいですけど……それも『天地創造の命デウスオーダー』で?」


「ううん、『天地創造の命デウスオーダー』はライフルと弾丸を取り出すので予備電源を使い切っちゃったから。これはこのシェルターで見つけたんだよ。安全確認をかねて探索していたんだけど、倉庫みたいな部屋で説明書と一緒に置いてあったんだ。えーっと、ほら」


 アズさんは胸の谷間から折りたたまれた紙を取り出すとボクに手渡した。広げると表紙には首輪のイラストと横文字が記されている。


「『ハッピートーカー』?」


「ふざけた名前でしょ? 多分レオードの発明品だよ、あいつからは似たものを買ったことがあるんだ」


「あ、もしかしてボクの心を読んでたのって!!」


「お、さすがコハくんは鋭いね! そう、実はこれをパクっ……ワタシなりに改良して人間の思考にも対応できる装置をつくったんだよ☆」


 アズさんはピースサインを目元に添えてウィンクした。


「そんなことができるなんて……アズさんもすごいですね!」


「うぇへへ、コハくんに褒められちゃった~」


 アズさんは片手を頭の後ろに当ててくねくねと体を左右に揺らしている。


「あんた、コハクの心を覗いてたってこと……っ!?」


 セシルは軽蔑のまなざしでアズさんをじとーっと見ている。


「はあ、コハクもあんまりおだてちゃダメだからね」


 溜息をつくセシルの視線がボクに向けられて、にわかに背筋が伸びた。


「ご、ごめん……でもそれを応用すればボクの目で“視えた”情報をすぐに伝えられるんじゃない!?」


 予測できても物理的に伝えるすべがないという欠点を克服できれば、ボクも力になれるのではないだろうか。でも、アズさんは揺らしていた体をぴたりと止めてバツが悪そうに頭をかいた。


「えっとね、残念だけどワタシの技術じゃ思考そのものを共有することは難しいかな。それに対象の指定が別次元限定なうえに、装置自体は大型化しちゃってラボでしか使えないんだよ」


「そう、ですか……いい考えだと思ったんだけどな」


「あわわ、大丈夫だよ! コハくんは今のままで十分……あ、そうだいいものがあるんだ!」


 アズさんは突然後ろを向いてゴソゴソと何かを探し始めた。それで気づいたけど彼女の脇にはいろいろなものが転がっている。あれも見つけてきたものなのかな? 


「あー、アズがコハクをいじめたー」


「いじめてないってば!」


 アズさんは一瞬だけ振り向いて不服そうにセシルを見たが、また背中を向けて探しものを再開した。


『ご主人、いじめられてるにゃん?』


「ねー、ノバも心配だもんねー」


 振り返るとうつむいたセシルが首を傾げたノバの頭を撫でていた。これ以上責められるのはアズさんがかわいそうだし話題を変えないと。


「……ね、ねえ! 気になってたんだけど、その『ノバ』ってこの子の名前?」


 セシルはばっと顔をあげて目を輝かせた。


「そう! あたしがつけたの! いつまでも名前がないのはかわいそうでしょ? 成り行きだけどこの子も一緒に最深部を目指す仲間なんだし」


 セシルは得意げな顔でノバを高く掲げるが尻尾をぺしぺし振ってなんだか不満そうな様子。シ“ノバ”ンジュウだから「ノバ」なのかな……そんなストレートでいいんだ。


『ノバじゃないにゃん! ワンだにゃん!』


 あ、ダメっぽい。ノバは四本の足をじたばたさせて激しい抗議を始めた。


「あ、こら暴れないの! いたた、爪を立てないでってば」


 ノバの暴れっぷりは壮絶で今にもセシルの手を抜け出しそうな勢いだ。


「ちょっと、おちつい……ぎゃーーー!!」


 セシルは抱きしめて抑えようとしたが顔を派手にひっかかれてのけぞってしまう。そのすきをついてノバは軽々と跳躍してセシルの手を逃れ、そのまま弧を描いて布団の上に着地した。


『まったく、失礼しちゃうにゃん』


 お座りしたノバはふんっと顔を背けた。セシルは泣き目になってボクにすがりつく。


「コハクぅ~」


「うわあ……あみだくじみたいになってるよ」


「ええ!? うう~、跡が残ったらどうしよ~」


 八の字になった眉からぐねぐねになった唇まで何本ものひっかき傷が走っていてとても痛そうだ。セシルはボクに抱き着いてめそめそと肩を揺らしている。


「やれやれ、コハくんの前でかわいこぶっちゃって。そんな柄じゃないだろうに……お、あったあった」


「ああ!? なんか言った!!?」


「ほーら」


 後ろ手で振り返ったアズさんはあきれ顔で首を振った。


「あ、ちが……うう、またやっちゃった」


 セシルは両手で顔を抑えてへたり込んでしまった。色々と自業自得だけどかわいそうに……。


「コーハくん……じゃん!」


 アズさんは後ろに隠していた手をボクの眼前に差し出した。


「ナニコレ?」


 手には円筒型のカプセルみたいなものが置かれている。ランドセルくらいのサイズで結構大きい。


「お腹すいてるんだよね? さ、これを食べて元気出して!」


 アズさんがカプセルの端ひねるとカチャリと音がして何か煙のようなものがプシューと勢いよく噴き出してきた。


「わわ! 食べる!?」


「ふっふっふ……」


 不敵な笑みを浮かべたアズさんはカプセルの蓋を外して徐に手を突っ込んだ。ゆっくりと引き抜かれていく腕とともに煙の中から徐々に姿を見せる箱のような物体。そこには何か文字が刻まれていた。


「『ひっぱるだけで簡単! 本格あつあつカレー』……」


 スプーンを持った笑顔の子どもが描かれているパッケージからは一本のひもが伸びている。


「え? もしかしてこれ、ひもを引っ張るとあったかくなるお弁当ですか? 牛タン以外は初めて見た……」


 いかにもSF映画に出てきそうなカプセルから仰々しく登場したものがカレー弁当なんて。とんでもないゲテモノじゃなくてよかったけど。


「ふふふ、すごいでしょ。これもシェルターで見つけたんだよ」


 アズさんがドヤ顔でひもを引き抜くと間もなく蒸気がもくもくと立ち上り始めた。湯気にのってスパイスの効いた良い匂いが運ばれてくる。ああ、こんなおいしそうな匂いを嗅いだら……


――きゅううう~ん


 また、お腹が鳴ってしまった。抗いようがなかった。


「もう~♡ カレー大好きだもんね、早く食べたいよね♡」


「うう~、だってお母さんのカレー本当においしいんだもん!」


 アズさんはカレー弁当を手のひらに乗せてニコニコ満足げにしている。隠そうと両手で触れた顔は熱くなっていた。


「もうやだぁ……」


 恥ずかしさのあまり布団に顔を埋めていると、消え入りそうに「お母さん……」と呟く声が聞こえた。引っ張られるように顔をあげたら、握りしめた拳を真剣に見つめるセシルが目に入った。


「セシル……?」


「あのね、2人に話しておきたい……話さなくちゃいけないことがあるんだけど」


 すっと顔をあげてボクを見つめた彼女は、祈りを捧げるシスターさんのように胸のまえで手を組んだ。


「あたし、ママを捜しているの!」

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