第22話 猫じゃないにゃん。ワンだにゃん
「大人のお姉さん……? 触手がなにを言ってるのよ……騙されちゃだめだからね、コハク」
靄に包まれた表情はとても辛そうで、あまりにも生々しかった。あれは本当に夢だったのかな……?
「コハク? 大丈夫? まだ気持ち悪い?」
「無理しなくていいからね。そのまま横になってて?」
優しく寄り添うような声に肩を叩かれて我に返る。目の前には心配そうに眉を下げた2人の顔が並んでいた。さっきまでいがみ合っていたことが信じられないほどにシンクロしている。自分で言うのもなんだけど、ボクが絡むと急に息ぴったりになるよね、この2人。
「だ、大丈夫です! ちょっと、夢のことを考えていて……」
ボクは上半身を起こして、手を握ってくれている二人の顔を交互に見た。ちゃんと笑えてるかな……。
「あんなにうなされて、よっぽど怖い夢を見たんだね。かわいそうに」
アズさんは眉をひそめると、右手でそっとボクの髪を撫でた。雪でも触るように繊細な手つきがくすぐったい。
「家族の夢です。卒園式の朝、みんなでカレーを食べた楽しい思い出だったんですけど……」
「家族……」
背後でセシルの呟く声が聞こえたのと同時にボクの右手を握っている力がちょっぴり強くなった気がした。
「でも、そこには見覚えのない真っ黒な影みたいなやつが……」
『縺セ縺」縺溘¥縲√&繧上′縺励>螳カ譌上?』
突如直接心をかき回されるような不快感に襲われた。あの姿を思い出そうとすると胸が締め付けられるように苦しくなる。心臓がどくんどくんと大きな音を立て始めた。
「それが……それが……ボクだったんです。『会いたかった』って『助けて』って、ボクの顔に……もう、わけがわからなくて」
ざわざわとした正体不明の恐怖に耐えられず2人の手を強く握りしめた。アズさんの瞳に映るボクは今にも泣きだしそうな顔をしている。
――ああ、めっちゃかっこわるいな……。
情けない顔を見られたくなくて下を向いた瞬間、ふわりとした懐かしい感触に包まれた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ……」
アズさんがボクを抱きしめている。セシルもだ。左右から2人の体温と鼓動が伝わってる。
「今は、あたしたちがいるわ」
とくとくと優しいリズムに導かれて高鳴っていた鼓動が少しづつ落ち着いていく。
「ダメダメですね……ボク……。2人に助けられてばっかりで……」
「そんなことないさ、コハくんは強い子だよ」
「そうよ! 言ったじゃない、あたしの方こそ助けられてるわ」
「……っ!!」
その言葉が、そのぬくもりが、纏わりついた闇ごとボクを照らしていた。そうだ、夢でも声がして……。2人が優しく語りかけてくれたおかげで悪夢と向き合うことができた。
「ボク、わかったんです」
「ん?」
あの夢を見れて良かった。怖かったけど、大事なことに気付けたから。
「また家族に会いたい、です。みんなのいる元の世界に帰りたい!」
死にたくないからじゃない。はっきりと理由を持って――
「ボクはブレーンダンジョンの最深部に辿り着きます!!」
「そっか……そうだね」
「コハク……」
「だから、もっと強くなります。誰が来ても、もう負けないために、先に進むために……」
――2人のことも守れるくらい。
ボクは噛みしめるように、自分に言い聞かせるように、はっきりとした声音で伝えた。
「よし。あたしも力になるわ! お姉ちゃんにまかせなさい!」
「ああ、ずるい! ワタシも協力するからね♡」
「わわ!? ありがとう、ございます」
競うように、ボクを抱きしめる2人の力はどんどん強くなって、柔らかいものがさらに…………。
――いや、やばい! これはまずい! 落ち着いたら、2人の体の感触に意識が!! それにこの感覚は、本当にまずい!!
「あ、あの? もう大丈夫ですから……」
「そっかそっか~、ふふふ♡」
「……もうはなさないから」
――ダメだ! 全く緩めてくれる感じがしない!!
アズさんはもとよりセシルも様子がおかしい。それだけ心配してくれていたってことなんだろうけど……!!!!
「うう……もう、だめ」
「ん~? ナニがだめなのかな~?」
「え、どこか……悪いの? 教えて? コハク?」
左からは色っぽいアズさん、右からは甘ったるいセシル。耳元で囁かれる2人の声が脳をとろけさせていく。
「そ、それ……は」
今にも溢れだしそうな衝動がボクの中で暴れまわっている。このままじゃ取り返しのつかないことに。
「うう、どこが悪いの? ちゃんと、お姉ちゃんに」
「オ・シ・エ・テ♡」
「もう、我慢できない!!」
――ぐぅぅぅぅううううううううっ!!!!
「あ、ああ……」
「え?」
「おやおやおや♡」
やってしまった。鳴ってしまった。超至近距離で聞かれてしまった。
「コハくん、すっごく大きな音♡」
「おなか、空いてたの?」
「あ、あああ……」
恥ずかしすぎて死にたい。強くなるって宣言したばかりなのに。
「もう~コハくんはかわいいなあ~♡♡♡」
「うう、なんとでも言ってください……」
アズさんは顔をぐりぐり押し付けて恍惚な声をあげている。
「コハク、大丈夫? その、ごめん」
逆にセシルはゆっくり体を離して、俯いてしまった。やめて、そんな急にしおらしくならないで!
「そうだよね~、育ち盛りだもんね~」
「アズ! いいかげんにコハクから離れなさいよ!」
立ち上がったセシルがボクを迂回してずんずんとアズさんに接近していく。ボクに回された腕を掴むと力づくで引きはがした。
「うわ、なにをするんだ! はなしてよ、ゴリラ女!」
アズさんは掴む手を振り払って立ち上がると、セシルを見下ろした。
「ああ!? また言ったわね!! あんたこそ、その気色の悪い触手をちぎってあげましょうか??」
セシルもにらみ返して指差すが、アズさんは小ばかにしたような表情で両手をあげている。
「やれやれ、存在しないものをどうやってちぎるっていうのさ? 教えてよ」
「ふう~っ……いいわ、教えてあげる!」
セシルは大きなため息を漏らすと、ゆらゆらとアズさんとの距離を詰める。
「ちょっと、セシル落ち着いて!!」
「こ・う・す・る・の・よっ!!」
凄まじい速さでセシルが拳を振り上げる。血走った目を大きく開いてこの世のものとは思えない形相だ。ああ、駄目だ。間に合わない。一秒も絶たずにアズさんの顔面に直撃する。大喧嘩が始まってしまう……!!
『もう~! うるさいにゃん! ワンが気持ちよく眠ってるんだから静かにしてにゃん!!』
突然子どもの声が響きわたり、セシルの一撃は寸前でビタリと停止した。風圧でアズさんの髪がなびく。
「え?」
良かったけど……気のせいだろうか。その声は布団の中から聞こえた気がした。男の子? いや女の子かな? いやいや、そんなことよりこの布団にはボク一人しか入るスペースはない。この中にいるとしたら声の主はよっぽど小さいことになる。例えば、そう――
「だ、誰……ですか?」
おそるおそる布団をめくり、目を凝らす。薄暗い闇の中で爛々と輝く金色の瞳がこちらを向いた。
『あ、おはようにゃん。ご主人♪』
「……は? いや、ええ?」
ボクの足の間で丸くなったシノバンジュウの子どもが小首をかしげている。信じられないことに声はそこから発せられていた。
「猫がしゃべったーーーー!??!???」
『猫じゃないにゃん。ワンだにゃん』
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