第19話 ボク、おねえちゃんのために強くなる!……すやぁ

「アズさん、アーク」


 顔をあげて二人を見つめる。この決意を伝えるんだ。少しでも頼もしく見えるように力強い声で――


「ボク、強く……な、る?」


 あ、れ? 体に、力が入らない?


「にゃあ!?」


 そのまま布団に尻もちをついてしまった。


「コハくん!?」


「コハク!?」


 2人は慌てた様子で駆け寄ってくる。また、心配かけてしまった。強くなろうと思った矢先に……こんなんじゃだめなのに。


「だい、じょうぶ……です」


 力を振り絞り立ち上がると、アークが心配そうに見つめていた。


「ちょっとよろけただけ……むぐ!?」


 すごい勢いでアズさんが飛び掛かるように抱きついてきた。顔が胸に埋まって、息が……。


「だーめっ! コハくんはいーっぱい頑張ったんだから。ちゃんと休まなきゃ」


「でも、もっとがんばらなきゃ……」


「ゆっくりでいいんだよ、いっしょに強くなろうね? よしよし」


 アズさんの手が優しくボクの頭を撫でている。その優しさと子ども扱いされる悔しさがごちゃ混ぜになって泣きそうになった。


「わ!?」


 突然、腕を掴まれてアズさんから引きはがされる。


「やめてください、コハクに悪影響です」


 アークがボクの腕をぎゅっと抱きしめてアズさんを睨んでいた。


「むう……アークだっけ? キミもセシルくんに負けず劣らず生意気だね」


 アズさんは唇を尖らせ腕を組んでいる。


「私たちは二人で一つですから。とにかく、もうべたべたしないでください。コハクもいやがってます」


「いや、そこまで言わなくても」


「コハクは黙っていてください」


 むすっとしたアークに迫られてボクは口を閉じた。ボクのことなのに、ボクに発言権はないみたい。


「キミだっておにいちゃーんって甘えていたくせに」


 アズさんは茶化すような口調で、いじわるな笑顔を浮かべている。


「聞いてたんですか!? あ、あれは違います! その、バグ……そう一時的なバグだったんですよ!」


 アークは顔を真っ赤にしてまくしたてている。良かった、喋り方が戻っていたから不安だったけどちゃんと心も戻ってるみたいだ。


「そうやってセシルのこともからかってばかり……。ずっと見てたんですからね!」 


 アークはじとーっと薄目でアズさんを見ている。


「おやおや、怖いなあ。まるで子を守る親猫だね」 


「親じゃありません。ともかく、あの子をもっと大切にしてください。コハクを見習って」


「え、ボク!?」


 どうやら、再びボクの話になったらしい。だが、相変わらずボクを置いてけぼりで二人は言い争っている。


「コハクはセシルのことをとても大切に思っているんですから。あなたも身を挺して私たちを守るコハクを見ていたでしょう?」


 アークは得意げに鼻を鳴らした。


「ぐぬぬ……ワタシだって、あれ? もしかしてワタシ、守ってもらったこと、ない? そんな……!!」


 アズさんは床に手をついて大げさにショックを受けた。


「あ、その……、アズさんは頼もしいので、つい頼ってばかりに」


「ありがとうコハくん! 好き!!」


 アズさんは顔をばっとこちらに向けて笑顔になった。


「そ、それなら……こっちは両想いですから!」


 アークはむぎゅっと全身をボクの腕に密着させる。


「ちょ、ちょっと! アーク!?」


「ガーン!! もう、ムリ……」


 アズさんは再び顔を伏せた。シノバンジュウの子どもが駆け寄り心配そうにのぞき込んでいる。


「ふふふ……ですよね、コハク?」


 アークは勝ち誇ったように笑った。


「あの、そのことなんだけど」


 腕にしがみつくアークに向き直ると、彼女はきょとんとした顔でボクを見た。すごく、言いづらいけど、ちゃんと言っておかないと。


「セシルさんのことは、好きとか、そういうんじゃない……と思う。多分だけど」


「そう……ですか」


 陰らせた目で腕を放すアークを見てズキリと胸が痛んだ。


「でも、あの子の気持ちは本物なのですよ。私を呼び出したのがなによりの証拠ですから」


 アークは胸に手を置いてさびしそうに微笑む。


「どういう、こと?」


「人格の主導権は基本的に私にあるのですが……ひとつだけ、あの子の意思で私を呼び出す方法があるんです」


 アークは両手をボクに差し出すように伸ばして眉を下げた。


「それは、心から自分のすべてを委ねたいと思ったとき。もっとも、あの子は気絶しているだけだと考えているようですが」


「『全部あげる』ってそういうことだったんだ……」


「そうです。お察しの通り、私たちのオーナーはもともと博士だったのですよ。ラボで目覚めたときから……」


 アークはボクを見ているが、その瞳は憎らし気にどこか別の場所に向けられていた。


「ずっと、ラボで実験されていたのですが、ある日侵入者が現れて……混乱している隙に必死で逃げ出したんです」


 そして、一階のあの部屋で隠れて暮らしていたのか。


「それで、レオードが襲ってきたんだね」


「はい? 彼とは初対面ですよ?」


 アークは不思議そうな顔で首を傾げた。


「え? あいつが博士なんじゃないの!?」


「違います。が、何かを知っている様子でしたね」


 アークは口に手を当て神妙な表情で何か考えごとを始めた。


「あいつはコハくんに用があるって言ってたね。何をしようとしてたのか知らないけど、きっと碌なことじゃないよ。まったく」


 アズさんが不機嫌そうな顔で立ち上がった。腕にはシノバンジュウの子どもを抱いている。もふもふに癒されて復活したみたいだ。


「あのおじさん。また、襲ってくるんでしょうか……」


「しつこいヤツだからね、必ずまた来る。でも、かなり消耗させたし……しばらくは大丈夫だと思うよ」


 アズさんは親指を立ててウインクした。


「襲ってくるなら好都合です。情報を聞き出すまで」


 アークは鋭い目つきでレオードが最後に立っていた場所をにらみつけている。


「情報?」


「博士について知ってることを吐いてもらいます。居場所も知っているかも」


「居場所を? それじゃあまるで」


「はい、博士に会うことが私の望みです」


 ボクに向き直ったアークの瞳は背筋が凍るほど冷たかった。


「どうして、わざわざ……」


 ひどい目にあわされた相手に会いに行くのだろう。


「博士に会ってどうする? 殺すのかい」


 アズさんはアークの顔も見ずにシノバンジュウの子どもを撫でている。しかし、空気が張り詰めるには十分すぎるほど真剣な声だった。


「……わかりません。そう、なのかもしれません」


「復讐ねえ、セシルくんもそれを望んでるの?」


「いえ、あの子は優しい顔の博士しか知りませんから」 


 力なく笑うアークは少しだけもう一人の自分を妬んでいるように見えた。


「あっそ」


 アズさんは興味をなくしたのか本格的にシノバンジュウの子どもと戯れ始めた。


「それに、あの子が会いたがっている相手はもう一人いるんですよ」


「え!? 誰なんですか!」


 アークは中空を見つめて少し考えていたがゆっくりと頷いた。


「やめておきましょう。これは、直接セシルの口から聞くべきだと思います」


 アークは真剣な表情でボクを見つめている。


「そっか、大事なことなんだね。わかったよ」


 まっすぐに彼女の瞳を見つめて頷く。


「では、そろそろセシルを起こしますね。コハク、また会いましょう」


 アークはパーカーの裾をドレスのように軽く持ち上げてお辞儀をした。ラフな格好でかしこまったその姿がなんとなくヘンテコで面白い。


「ふふ、またね。アーク」


「…………あの子のことも呼び捨てで呼んであげてください。きっと喜びますよ」


「え!? う、うん」


 穏やかな笑みを浮かべるとアークは静かに目を閉じた。


「呼び捨てか……って危ない!」


 意識を失った体は糸が切れた人形のように後ろ向きに倒れていく。ボクは咄嗟に腕をのばした。


――ふにゅり。


「あ」


 手のひらに伝わる柔らかい感触。酷い既視感を覚えていると、彼女の瞳がゆっくりと開いた。


「ん……あたし、また気を失って。え?」


「おやおや~? 見せつけてくれるねえ」


 アズさん!? そんな冷やかすようなこと言ったら……ああ、もうリンゴみたいに真っ赤になってる。


「セシル? これはちが――」


「いやああああああ!!」


 ボクは弁明する間も与えられず綺麗な一本背負いで投げ飛ばされた。布団の上だったのでダメージはかなり軽減されたはずだけど、これはかなり、効く……。


「はあ、はあ……あ!? ごめんコハク! 平気!?」


 覗き込むセシルがぐるぐると回っている。


「だ、だいじょう……ぶ」


 意識が、遠くなっていく。


「コハク!? しっかりして!!」


「やれやれ……やっぱりゴリラじゃないか」


「はあ!? うっさいわね!! この触手女!!」


 いがみ合うアズさんとセシル。ああ、この感じ……すっかり元通りだ。よかった。


「もう……仲良くしなきゃ……だ……め」


「コハ、くん……?」 


「コハクーーーー!!??」


 どうしようもなく眠くて、ボクはまぶたをゆっくりと閉じた。

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