第18話 全員集合! 反撃開始です!

「はぁ、はぁ、無事で、よかっ……ううっ」


 アズさんは、ほっと表情を緩ませるが、すぐに口に手を当てて呻いた。


「無理しないで、休んでいてください! 猫ちゃん、アズさんを頼んだよ」


「な!!」


 足元で震えていたシノバンジュウの子どもだったが、返事をするように大きく一度鳴くとアズさんのもとへ駆けていった。


「コハクも、あとは私にお任せください」


「その声……アークなの?」


「はい、私です。危険ですからコハクは下がっていてください」


 前を見据えたままアークは頷き、ボクの前に腕をかざして遮った。


「え? あの人はもう倒したんじゃ……」


「手ごたえがありませんでした。おそらく、まだ――」


「ご名答っ!!」


 アークが言い終わらないうちに目の前にレオードが現れて彼女に斬りかかった。大剣とナイフが激しくぶつかり合いギャリギャリと音を立てる。


「まだまだ元気いっぱいだぜ? 危うく真っ二つになるところだったけどなあ」


「ええ、そのつもりでしたから……ねっ!」


 アークはナイフをはじいてそのまま切り払う。


「……今度こそ、斬ったと思ったのですが」


 が、大剣を空を斬っただけだった。レオードは刃が触れる瞬間にパッと消えてしまう。


「ったく、さすが人形。加減ってもんを知らねえなあ」


 どこからかレオードの声が響いてくるが姿は見当たらない。


「否定はしません。今の私はリミッターを解除して100%以上の力で戦っているのですから」


 アークは剣を構えたまま、自信たっぷりな声音でシェルター全体に聞こえるように答えた。


「すごい、けど……大丈夫なのそれ?」


「問題ありませんよ、無意識で掛かっているブレーキを取り除いただけですから。強制的に火事場の馬鹿力を引き出している状態です」


 それって問題大ありなんじゃ……。


「まさか、人形がこんなに早く直っちまうとはな……あーもうめんどくせー」


 気だるげな声に周囲に目をやると、いつの間にか分身がボクたちを囲んでいた。何人ものレオードはゆらゆらとナイフを弄んでいる。


「なんか飽きてきたし、ちゃっちゃと済ませちまうか」


 レオードはナイフを握り直し、アークに切っ先を向けて構えた。


「まずい……また」


 あらゆる角度からナイフが繰り出される。ボクの目がそう告げていた。


 ――やっぱり逃げ場がない、どうすれば……。


「コハク、私に抱き着いてください」


「……え?」


「早く!」


「は、はい!」


 ボクは言われるがまま後ろから彼女に腕を回した。女の子の体に触れる気恥ずかしさ……など感じる間もなくすさまじい衝撃が襲う。


「『風神の扇ヴァーユ・スラッシュ・旋!!』」


 世界が回った。アークは恐ろしい速さで自転しながら竜巻のように剣を振るっている。ぐるぐる巡る視界で分身が瞬時に消えていくのが分かった。しかも斬られる瞬間ではなく、直前に消失している。


「っと、あぶねえなあ? マジで殺す気じゃねえか」


 すべての分身を斬りはらったアークはフィギュアスケートのように華麗に止まった。ボクの視界はまだ回っている。だが、レオードのからくりは見えてきた。


「当たり前でしょう? この子に危害を加える方には一切容赦いたしません」


「ひー、おっかねえ目だなあ。お人形ちゃん」 


 相変わらずレオードはへらへらしているが、額には大粒の汗をかいていた。明らかに焦っている。


「やっぱり……」


「コハク? 何かわかったのですか?」


「うん! あいつの分身の秘密がわかったかも! 多分あの分身には実体が――」


 次の瞬間、ボクの目の前にレオードがいた。


「やるじゃねえか。ちょ~っと違うけど、ほとんど正解だ」


「コハクっ!?」


「だが、分身を使わなきゃいいだけの話」


 ナイフに映るレオードの笑顔は歪んで不気味さを増していた。今度こそ、死ぬのかも。心臓まで凍り付くような感覚を覚えたそのとき、銃声が響いた。


「……ワタシを、忘れないでくれるかな? 分身が消えたなら、絶対、はずさないよ……」


 ナイフを握る腕はみるみるうちに凍り付いていく。レオードは素早く横に飛んで距離をとった。既に腕を振動させて氷を砕き始めている。


「ちっ、また腕が氷漬けだ。俺はマンモスじゃねえぞ」


 レオードは凍った自分の手を見つめて顔をしかめた。


「『雷神の鉾ヴァジュラ!!』」


 間髪入れずに、アークが斬りかかる。レオードは辛くも受け止め苦い顔をした。


「あら? 得意の瞬間移動で避けないんですね」


 確かに妙だ。そういえばアズさんに掴まれたときも……。


「そうか! もしかすると凍っていると使えないのかも!」


「ちっ! だから、どうしたってんだよぉ!!」


 レオードはナイフを器用に使って剣を上に向かっていなすと、がら空きになったアークのお腹を蹴り飛ばした。


「アークっ!」


「大丈夫、です……」


 ボクの前まで吹っ飛ばされたにもかかわらず彼女は、うっすらとほほ笑み、横目でボクを見た。すぐに剣を構えなおしてレオードに向き直る。


「コハクにはもう指一本触れさせませんよ!!」


「あー、ほんっとうに! めんどうくせえなあ!?」


「それは……お互い様だろうっ」


 頭をかきむしるレオードに再び弾丸が放たれる。


「くっ……またいなくなった」


 しかし、銃弾は虚しく壁にぶつかった。


「やめだやめだ、そこまでバレちまったのは想定外だし……あと疲れた」


 どこからともなくレオードの声が聞こえてくるが、徐々に小さく、遠くなっていく。


「じゃ、俺は先に行ってるから生きてたらまた会おうぜ~。あ、ここはもういらないし好きに使っていいからな~、はははははは!!」


 レオードの声はやがて、完全に聞こえなくなった。


「追い払えたの?」


「はぁはぁ、私たちの、勝利です」


「というより、あきらめてくれたって感じかな……悔しいけど」 


 三人とも、満身創痍といった様子だった。アークは大剣を杖のように地面について何とか立っている有様で、アズさんはうつむいて銃を握りしめる手が震えている。ボクは、頷くことしかできなかった。嘲笑うようなレオードの声がいつまでも耳から離れない。


「んなぁ~?」


 手を膝について下を向いていると、シノバンジュウの子どもが股下から覗き込んできた。ぺしぺしとボクの足に猫パンチしている。ボクにはまるで勇気づけようとしているように見えた。


「うん……ありがとう」


 もっと強くならなきゃ……。ボクは強く決意した。

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