第17話 分身、瞬間移動、それにその手なに!? このおじさん強すぎます!!

「無事だったんですね! よかった……」


 アズさんはボディースーツだけになっていたが、大きな傷は見当らない。ボクはホッと胸をなでおろした。不意にふわふわとした感触が足の間を通り抜ける。


「にゃあぁ~」


 目を落とすとシノバンジュウの仔がボクのふくらはぎにぬいぐるみのような体をこすりつけていた。


「ふふ、キミもありがとう。あんなに素早く動けるなんてすごいね、助かったよ」


 かがんで頭をなでてあげると気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。こんなところまで猫そっくりなのに、成長したら巨大な犬の怪物になるなんて本当に不思議な生き物だな。


「なあ、そろそろ放してくれよ? 襟んところがしわになっちまうぜ」


 不満げな声に顔を上げると、レオードがやれやれという感じで両手を広げていた。わずかに汗をかいているがにやけ顔は崩さず嘲笑うような目でアズさんを見ている。


「放すわけないだろ。よくもコハくんをこんなにいじめてくれたね……」


「はあ? 俺は聞き分けの悪いガキにしつけを――」


「黙れ! どうせ、べらべら喋って逃げる機会をうかがっているんだろ? この前だって……!!」


 レオードの言葉を遮って矢継ぎ早に問い詰め、アズさんは胸ぐらをさらに締め上げた。


「この前? このおじさんと会ったことがあるんですか!?」


「ダンジョンの情報とカードキーはこいつから買ったんだよ。詳しく聞きたかったのに話してる途中でいなくなっちゃたんだ。神出鬼没でよくわからない男とは聞いてたんだけど」


 アズさんに睨みつけられているのに、レオードは得意げに鼻を鳴らした。


「人聞きがわりぃなあ、大事なところはちゃんと話しただろ? 『次元超力ディメンショナルセンス』についてもよぉ?」


「あー、ダンジョンにいると異能の力に目覚めることがあるとか言ってたっけ。適当なことを言っているのかと思ったけど……まさか、急にいなくなったのも」


「ピンポーン!! 瞬間移動の正体は俺の能力『無限の隣人ドッペルパレード』でした~! ま、詳しいことは教えてやらねえけど」


 レオードはおちょくるようにゲラゲラと大声で笑いだした。襟を掴むアズさんの腕が震えている。


「こいつ……!!」


「あ、あの……さっきも突然目の前から消えたんです! まるで瞬間移動みたいでした……それに分身? みたいなのもいっぱい」


「うん! コハくんが頑張ってるとこも、ちゃんと見てたよ!」


 アズさんは振り返って満面の笑みをボクに向けた。そうだけど、そうじゃない。


「コホン……分身、面倒な能力だよね。その仔を狙うやつが本体だと思ってはいたけど、見た目じゃ見分けがつかなかったよ。お手柄だぞ、猫ちゃん☆」


「なあー!」


 シノバンジュウの子どもは手を挙げるように飛び跳ねた。


「でも、大人しく捕まってるってことは分身には実体がなくて何もできないんじゃないかな?」


 レオードはまだ笑っていた。本当に「実体がない」のだろうか……囲んだのはただのハッタリだったのか? それに、瞬間移動ができるなら今はなんで逃げないんだ? 


「どうしたんだい? そんな難しい顔をして」


 アズさんは心配そうな顔でボクを見ている。そのとき、レオードの瞳がギラリと鋭く光った。


「まずい!」


「へ……? なんで、ワタシ天井を見て?」


アズさんは仰向けで床に倒れていた。レオードは既にボク達から数メートル距離をとっている。


「い、いまの……ゲームで見たことある! 多分、合気道の小手返しって技だ!」


 レオードの動きは恐ろしく早かった。まず右半身を引いてアズさんの態勢を崩しながら襟を掴む手を左手で逆に掴む。同時に下から自分の右腕を滑り込ませてアズさんの両腕を払うと、すぐさま掴んだ右手を捻って軽々とアズさんを投げ飛ばした。ほぼ一瞬でこの動作を完結させたんだ……このおじさんただものじゃない。


「ったくよぉ、こんなに氷漬けにしやがってひでえなあ」


 レオードはおもむろに凍り付いた右腕をあげた。氷にひびが入っていき、少しづつ割れていく。


「な、なな……」


「義手じゃなかったら、やばかったぜ……保険入ってねえからなあ!!??」


 バリンと大きな音を立て砕け散った氷の中から、激しく振動するレオードの右腕が現れた。


「この右腕は優れモノでよぉ、超高速で振動して物質との反発力を高めることができるんだぜ? つまり、なんでもぶっ壊せる!!」


「そんな……何でもありかこのおじさん!? アズさん! 大丈夫ですか!?」


 アズさんは呆然と天井を見つめていたが、ボクの声で意識が戻ったようだった。


「え、ああ! 大丈夫だよ! これくらい、へいき……あれ? 立てない?」


 アズさんは僅かに腕を動かすだけで微動だにしない。


「やめとけよ、ちょっと脳が揺れたから動けねえはずだ。無理すると吐いちまうぜ?」


「うるさい! お前に好き勝手……うぐっ!?」


 アズさんは勢いよく上半身を起こすが、口元を抑えてえずいてしまった。


「おいおい、大人しくしとけって。俺はそっちのガキに用があるんだからよ……っと」


 血走った目のレオードが目の前に突然現れた。やっぱりボクの目でもでも動きを追うことはできない。ワープとかテレポートでもしているのか!?


「ちょ~っと大人しくしてもらうぜえ?」


 レオードの右手が、ボク目掛けて伸びてきた。分身に囲まれて逃げ場もない。こうなったら一か八か分身に突っ込むしかない!


「や、やめろ! レオードぉ!!」


 アズさんの絶叫に続いて、その玲瓏な声は聞こえてきた。


「『雷神の鉾ヴァジュラ!!』」


 彼女は電光石火でボクの前に駆け付けた。そして、震えるボクの手から剣を取りレオードを斬り払う。


「Auto intelligence-Raw body-Killing machin.生体武装『セシル・ノア』再起動が完了しました。速やかに護衛モードへ移行します」


 目の前にはボクと同じくらいの背丈にパーカーを羽織った少女が立っている。その背中はとても大きく見えた。


「お待たせ致しました、オーナー」

 

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