第16話 顎髭のおじさんに絡まれて困っていたらおねえさんが助けてくれました。

「科学者……それにアークのことを肉人形って、まさか」


「ああ? お人形遊びはもう終わりか?」


 レオードはつかつかとボクたちにむかって歩いてくる。貼り付けたようにずっといやらしい笑顔を浮かべているこの男は本能的に危険な人物だと脳が理解した。


「来るな!」


「おいおいひでえな、助けてやった恩人になんて口を聞くんだよ」


 レオードは立ち止まりぼやいたが、表情はへらへらしたままで少しも気にしていないようだった。ボクとアークを交互に見る弧を描いた目が薄気味悪い。ボクはアークの前に割って入り彼を睨みつけた。


「おーこわ。そんな目で見るなって」


「……助けたって、ほんと?」


「ああ、そうだぜ。花の化け物に囲まれて倒れていたお前らをこのシェルターに運んでやったんだ」


 レオードは手を腰に当てて得意そうに笑っている。


「セシルさんを助けたあと気を失っちゃったんだ……はっ! アズさんは!?」


「あー、アイツなら今頃気持ちよ~く眠ってるだろうよ……なんせ、一人でお前らを守ってたみたいだからな」


 レオードは無造作に何かを放り投げた。


「っ!? それは……!」


 ボクの目の前でひらひらと落下しているのはボロボロのアズさんの上着だった。それは彼女の身に何かが起こったことを意味している。


――アズさん……無事でいてください。


 上着に目を奪われて呆然としていると腕を掴まれた。


「コハおにーちゃん……」


 視線を移すとアークが潤んだ瞳でボクを見つめ震えていた。


「大丈夫……大丈夫だからね」


 今のアークは戦える状態じゃない……ボクが守るしかないんだ。何か、武器になるものはないか……。


「あ……あれって」


 枕元にあるボクの服、その横にセシルさんの大剣が置かれていた。アークばかりに気を取られて目に入らなかったのか……。それにしても、どうして武器が? ここに運んだのはあの男なのに……いや、今はそんなことを考えてる場合じゃないか。


「アーク、これを着てじっとしててね」


「うん、わかった……」


 パーカーをかけてあげるとアークはにっこりと頷いた。ボクも笑顔をつくって頷いてから、大剣を手に取る。


「あ、あれ? 思ったより軽い?」


 セシルさんが使っているぐらいだからめちゃくちゃ重いのかと思ったら、むしろ軽いぐらいだ。刀身には光るラインが走っているし、何かすごい技術が使われているのかも……反重力とか? まあ、とにかく――


「これならボクでも扱える!」


 両手で柄を持ち切っ先をレオードに向けて構える。大丈夫、この剣と『全てを見通す瞳ラピデンスアイン』があれば戦えるはず。ボクが彼女たちを守るんだ。


「お? なんだ、少年……俺とやる気なのか?」


 レオードは顔色一つ変えずにボクを見ている。だめだ、気圧されるな。


「そ、その通りだ! アズさんの居場所も聞き出してやる!」


「ふはっ……はははは! 声が震えてるじゃねえか!? 仕方ない……現実を教えてやるよ、少年」


 レオードは腰から小さなナイフを抜いて構えた。すきが、全然ない。まるでゲームのラスボスみたいだ。でもやるしかない……!


「はああああ!!」


 剣を振り上げてボクは一直線にレオードへ突っ込む。VRゲームで使っていた剣術を思い出して無我夢中で脳天に大剣を振り下ろした。ガツンという大きな手ごたえとともに剣がとまり、はっとする。


「やば!? これ、死んじゃったんじゃ……」


 戦うのに必死で考えてる余裕がなかったけど、こんな剣で頭を叩き割られたら……。想像しただけで身震いする。


「ああ? 誰が死んだって? ダメだダメ、ぜんっぜんなっちゃいない!」


「うそでしょ!?」


 驚くことにレオードは小さなナイフ一本で大剣の一撃を受け止めていた。いくら力を込めてもびくともしない。


「うーむ、悪くはないが……まだまだガキだな。動きが分かりやすくて助かるぜ」


「ま、まだまだぁ!」


 今度は横なぎに剣を振るうが、レオードは剣に手をついてひらりと上に避けてしまった。


「おいおい……そんなんじゃすぐにくたばっちまうぞ。この『ブレーンダンジョン』ではなあ?」


「『ブレーンダンジョン』? なんだよそれ!?」


 振り抜いた勢いのまま一回転。そのまま次は下から切り上げる。


「はあ? そんなことも知らかったのか?」


 だが、レオードは空中で大剣にナイフを当てて身を反らし、滑るようにすれすれで受け流した。


「やれやれ、お前たちが今どんな場所にいるのか教えてやるよっと」


 軽々とレオードはボクの眼前に着地する。見えていても、まったく当てられない。これが、実力の差というヤツなのだろうか。


「よーし、次はこっちから行くぞ~……いいか、この研究所は次元間移動の事故のあと放置されちまって最先端の技術とか別次元の代物が転がってるんだけどよ」


 レオードは話しながら一切無駄のない動きで連撃を繰り出してきた。ラピデンスアインで視えてはいるが、防御するので精いっぱいで動きが封じられる。


「それを狙って侵入する輩が後を絶たない。そんな連中はいつしかこの研究所をダンジョンと呼ぶようになったのさ」


 一撃一撃が、的確に急所を狙ってきて一瞬の油断が命取りになる。かわし続けるのに必死で全く反撃に移れない!


「最下層の『次元間移動装置』の影響でいくつもの次元が膜みてーに折り重なり複雑に入り組んだ迷宮。それが『ブレーンダンジョン』……んで、この先にはやばい盗掘家と次元生物がごろごろいるってわけ」


「……くっ! そ、そんなの、ボクたち、なら」


「ああ? またあの人形に助けてもらうのか? いい加減にしておけよ、ガキ」


 常に飄々としていたレオードの顔に一瞬激しい感情が浮き上がった気がした。わずかにナイフを振るモーションも大きくなって隙が……これなら!


「なに!? こいつ、俺の攻撃をよけ――」


 よし、ついに懐に潜り込めた! このままこいつの顔面に剣柄けんづかの先を叩きこんでやる!


「アークは、辛いことを一人で引き受けていた優しい子だ……」


 彼のこれまでの回避能力とラピデンスアインの予測をあわせて考えると、ここまで近づけば避けられないはず。


「アークは……セシルは人形じゃないっ!!!!」


「……っ!! おにーちゃん!!!!」


 レオードの鼻先まであと数センチ、ボクが当たると確信したとき……彼はにやりと笑った。


「は?」


 彼は一瞬にしてボクの前から姿を消した。攻撃は空を切りボクはそのまま前につんのめる。


「あぶねえあぶねえ、ちょっと油断しちまった。そこそこやるじゃねえか」


 背後からの声に心臓が凍り付く。ありえない、こんな素早く動けるはずが……。


「お前、相手の動きが読めるんだろ? 俺の攻撃を全部受けきるなんて大したもんだ。確かにすごいよ……だがなぁ!?」


 振り返り、ボクは呆気にとられる。そこには何人ものレオードが立っていた。


「『無限の隣人ドッペルパレード』……予測できても避けられない攻撃なら、防げねえよなあ!?」


 周囲360度を囲うように現れていた分身(?)が一斉にナイフをボクに向けた。咄嗟に首を回して逃げ道を探すが……だめだ! 避けきれない!


「早乙女琥珀……お前はここでゲームオーバーだ」


 ボクを睨むレオードの視線はとても鋭く、眼前に迫る刃の切っ先と重なって見えた。





「にゃにゃにゃにゃぁ~!!」


「……!? この鳴き声は!!」


 耳馴染みのある鳴き声とともに小さい影が電光のように飛び込んできた。


「な、なんだコイツ? とんでもないスピードで……」


 鳴き声の主、シノバンジュウの子どもはボクの周りを縦横無尽に駆け回ってレオードを翻弄している。彼の意識はすっかり高速の毛玉に釘付けになり、おかげで分身たちの攻撃のタイミングがずれてボクはなんとか避けることができた。


「だが、早いだけのチビごとき……先回りすれば――!」


 動きを読んでレオードがナイフを振り下ろした瞬間、銃声が鳴り響いた。レオードのナイフが腕ごと氷漬けになり、奇妙なことに全ての分身の腕も凍っている。


「くっ! しまった!!」


「れおぉぉぉどぉぉぉぉ!!!!」


 間髪入れずに銃声より大きな怒声と足音が聞こえてきて、見覚えのある人影がレオードに掴みかかる。


「コハくんに手を出してどぉぉいうつもり!!?」


「あ、アズさん!!!!」


 レオードの襟首をアズさんが鬼の形相で締め上げた。にやけ顔の額にはうっすらと汗が浮かんでいる。


 

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