第15話 ダンジョンであまえんぼうな妹ができました。

 アークの手を握りしめ、幾何学模様が浮かぶ綺麗な瞳を見つめる。彼女は規則的に首を左右に振った。まるで機械のように。


『いいえ、私は人間ではありません。コハク様が「アーク」と認識しているこの人格は生体武装のナビゲーションでしかありません』


 アークは依然として冷たい表情のまま否定した。だけど、ボクはあきらめない。


「そんなはずはないよ、だってキミは自分で考えて喋ってるもん」


『そう感じるのは、錯覚です。すでに申し上げた通り、「人間らしい行動パターン」をとるように設定されているんですよ。博士が愉しむために……』


 うつむいて呟く彼女の表情は僅かに引きつり、ボクにはつらさを押し殺しているように見えた。その姿は悩み苦しむ女の子そのもので、ボクは確信する。


「なら、どうしてこんなにボクに、その……体を預けようとするの?」


『だって、コハク様がセシルのことが好きだから喜ぶと思って……男性ならみんな好きだって博士に教わって……』


「……うん、それってボクのために考えてくれたってことでしょ? でもね、こんなことされてもボクは嬉しくないよ」


 ボクは、彼女の頭を優しく撫でる。アークはふるふると首を振った。


『ち、ちが……私は博士が護衛と暇つぶしの玩具おもちゃのために造った人形です。命令されればどんなことだって』


 彼女は明らかに戸惑いの表情を浮かべてボクを見つめている。やっぱり、この子には心があるんだ。


「そう、いいなりになるんだったら、ボクがやめろって言えば何もできなくなるんだよね? なのにキミはボクの口をふさがなかった。それってボクの気持ちを大事に思ってくれたからじゃないの?」


『それ……は、オーナーの不利益になることはできないからで……』


 かたくなに否定する彼女は強がっているようにしか見えない。その様子にボクは既視感を覚えていた。


『私はただのモノ、同情する必要なんてないんですよっ!」


――なんだ? この感じは見覚えがある。それに、なんだかあたたかい気持ちになってくる。


「だから、キミはモノなんかじゃ――」


『まったく分からない人ですね……いいでしょう、私が肉人形だってことをわからせてあげます!』


 アークはボクの手を払いのけて力づくで布団に押し倒した。彼女がお腹の上に腰を落とすとじんわりと重みが伝わってくる。


「じゃあ、どうして……」


『ほら、見てください! 私の体を、セシルの体を好きにしてください!』


 アークは脚を開いて誘惑するが、ボクはもう惑わさることはない。彼女の頬に流れるものに気付いたから。


『わたしを、めちゃくちゃにこわしてくださいよ! そのために……つくられたんですからっ!』


 少女はすがるようにボクの体を押さえつけ叫ぶ。睨みつけるガラス玉のような瞳からは――


「どうして……そんなに悲しそうに泣くの?」


 光り輝くしずくが次々とあふれ落ちていた。


『は……? わたし、泣いて? うそ』


 アークは両目から涙を流したまま、固まった。涙は彼女の頬を絶え間なく濡らしている。


「本当はこんなこと、したくないんだよね?」


『ちが……ちが……う。わたしは人形で……』


 彼女はふらふらと倒れこむように組み付いて、ぽかぽかボクの胸を叩いた。その力は悲しくなるくらい弱々しく、優しくて……


「アーク、もう……いいんだよ?」


 ボクは彼女の細い体をそっと抱きしめた。


『わたし……あたしたちは』


 さっきまで組み伏せられていたことが嘘のように、腕の中の少女は小さくて今にも壊れてしまいそうだった。


『うっ……うぅ……ぇぐっ』


「つらかったよね、もう大丈夫だよ」


 だからボクは、優しく、優しく、彼女たちの頭を撫でる。


「…………っ!!!!」


 少女は、セシル・ノアというただの女の子は声をあげて泣き出した。もう、人形なんてどこにもいない。


「たとえキミが造られた存在だとしても……今こうして、泣いて、笑って、怒って、生きているんだよ」


「うう……コハクぅ……」


「キミには心があるんだ、アーク…………セシルさんにもね」


 堰を切ったように泣き続ける彼女の頭をよしよしと撫でる。ボクを何度も守ってくれた体はいやに心細く感じられた。


「本当に素直じゃないんだから。まるで、お姉ちゃん、みたい……?」


 自分の発した言葉でようやくボクは気づく。そう……強がって、嘘ついて、ボクのために無理をする姿がそっくりなのだ。


――そうか……だからボクはこの子に惹かれて……。


「ふぇ……? わたしが、コハクのおねえちゃん? ふふっ」


 ボクの胸で丸くなったアークはいじらしく笑った。


「今はボクがお兄ちゃんみたいだけどね……」


「おにーちゃん……? そっかー、コハおにーちゃん!」


 アークは無邪気な笑顔でボクに抱き着いてきた。どうやら、別の方向で壊れてしまったらしい。


「コハおにーちゃん、すきー♡」


――まあ、これならまだマシか。この子が、笑っていられるなら。うん……。


 すりすりと頬ずりをする彼女の瞳の奥底にはまだ闇が沈んだままだった。だけど、これからゆっくりと光を灯していけばいい。ボクたちならきっと大丈夫。


「はいはい、ボクもアークがす――」


「おいおいおい!? なに一件落着みたいな雰囲気になってんだよぉ!?」


 突然、知らない男の声が響きアークと顔を見合わせて瞬時に起き上がる。ボクは庇うようにアークを抱きしめて隠した。


「コハおにーちゃん……?」


「大丈夫だよ、ボクが守るからね」


 声のした方を見ると、シェルターの扉が開いて大柄な男の人が立っている。30代ぐらいに見える精悍な顔には顎髭が生えていて、アズさんと似た黒っぽいボディスーツを身に着けていた。彼は不機嫌そうに顔を搔きむしりボクたちを見ている。


「せっかく面白いもんが見れると思ったのによお? あーあ、そんなに泣かせちまってかわいそうに……男ならビシッとヤッちまえよ!」


 彼は勢いよく拳を突き出した。人差指と中指の間に親指を挟んだ変な握り方をしている。いや、そんなことよりさっきからズケズケと失礼なことを……。


「な、なんなんですか、あなたは? 誰なんですか!」


「あー? 俺か?」


 男は手を当てた首をごきごきと鳴らして、気だるそうに大きなため息をついた。


「俺はレオード・アンヒムズ、善良な科学者だよ。少年、肉人形との熱いラブロマンス……た〜っぷり楽しませてもらったぜ?」


 レオードと名乗る男は、にやにやと下品な笑みを浮かべて手を叩いている。その瞳はアーク以上にどんよりと暗く濁っていた。

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