第14話 有機アンドロイドの少女はボクに全てを委ねてきました。
「アーク? なに、言って……てか隠してよ!」
目の前にさらけ出された女の子の裸体にボクは堪らず顔を背ける。それに、アークはただらならぬ雰囲気をまとっていてなんだか怖かった。
『目をそらしたということは……やっぱり』
「…………」
否定することは、できなかった。事実、ボクはセシルさんに惹かれている。自分でも理由はよくわからないけど、どうしようもなく彼女が気になってしまうのだ。
『沈黙は肯定……ということですね?」
「だ、だったらなんなのっ?」
腕を組み強がって答えるが、構わずアークは淡々と続けた。
『次の段階に移行します……それでは』
突然、服が引っ張られる感覚がして反射的にアークに向き直る。
「ちょっと!? なにしてるの!!」
『なにって……服を脱がせてあげようとしてるんですよ。邪魔ですからね、えいっ』
「うわあっ!?」
アークの剛力でパーカーとTシャツはいとも簡単にはぎとられて、ボクは上半身裸にさせられた。
『これで、よし。次は……』
アークはたたんだ服を枕元に置くと、今度はボクのズボンを目掛けて手を伸ばした。さも当然のことのように自然な動作で。
「ちょちょちょっ!」
後ろに後ずさり、かろうじて彼女の手から逃れる。
『なぜ、逃げるのですか?』
「逆になんで脱がそうとするんですか!?」
オウム返しの要領で聞き返すとアークは溜息をついた。
『はあ、男女の営みをするためですよ? 決まってるじゃないですか……』
――はい?
「それって……ボクとキミで……その…………」
『? 少しわかりにくかったですか? つまり、私とセ――』
「わーー!! なにを言おうとしてるの!!??」
『いえ、だからセッ――』
「わーー!! わかったから! ストップストップ!!」
『承知しました』
そう言うとアークはちょこんと布団の上に正座した。お行儀よく同じ姿勢のまま、じーっとボクを見つめている。
――ええ……? なんなのこの子、裸になって迫ってきたと思ったら、急におとなしく。これが、有機アンドロイド? 人工知能だから変なことするの? いや、それにしたって……。
「アーク、ちょっと話そう。あと、前は隠して」
ボクはアークの前に座って彼女の顔を見た。できるだけ、体は見ないようにするが視界の端に丸みのある白い肉体がちらついて顔が熱くなる。
「いいかい? その、セッ……そういうことは好きな相手同士じゃないとだめなんだよ」
『ええ、だから問題ないですよね? コハク様は私が好きなんですから』
アークは得意げに鼻を鳴らした。
「いや、ボクが好きなのはセシルさんで……」
『なにも違わないじゃないですか。私は「セシル・ノア」ですよ? 人格は違えど肉体は同じです』
「それがだめなんだよ! キミはアークで、セシルさんじゃないっ! しかも彼女は今、眠っているんだよね!?」
『その通りです。ですから都合がいいじゃないですか。命令すれば私の体を自由にできるし、あの子は覚えていない……』
「なにを、言って……」
アークは突然立ち上がり両腕を広げた。見えてはいけない女の子のすべてが
『好きな異性の体を本人に気付かれずに好き放題弄べるんですよ? 何もしないなんてもったいないですよ』
アークは艶めかしく腰をくねらせてボクを挑発している。確かに、彼女の話はひどく背徳的で魅力的だった。だけど……
「それは、だめだよ。そんな卑怯なことしたくない」
アークはパチパチと瞬きをしてしばらくボクを見ていたが、観念したようにうなだれた。
『はーっ……本当に強情ですね』
「それに、キミは? アークはそれでいいの?」
『はい? 私がなにか……?』
とぼけているのかとも思ったが、アークは本当にわからないという感じできょとんとボクを見ている。
「アークの気持ちだよ! ボクなんかとそんなことして嫌じゃないの!?」
『嫌じゃありません』
まっすぐボクの目を見たまま彼女は即答した。なぜか心臓がどくんと高鳴る。
『というより、私はそう思う感情を持ち合わせていません』
彼女はまたしても信じがたいことを言った。まさかとは思っていたけど。
「……アンドロイドだから? でも笑ってたじゃん!」
『人間を模倣したデータを再生しているだけです。肉体の設計図と同じで脳にインストールされてるんですよ。適したタイミングで適した行動パターンを引っ張ってきているんです』
確かに、アークの言動はたまに突飛でおかしいとは思っていたけど……。
「じゃあ、セシルさんは!? バグって、どういうこと?……」
『ああ、それはですね。おまけなんですよ、あの子は……』
「おまけ? セシルさんが?」
アークは淡々と続けた。その口調は少し憐んでいるようにも思えた。
『忠実に人体を再現した結果、心……のようなものまで産まれてしまったんです。それが、あの子の正体です。本当に意思があるのかすら分かりません』
突きつけられた事実はとても残酷なものだった。だけど、ボクは妙に納得してしまっている。アンドロイドだからと、すんなり受け入れてしまった。次々と告げられる現実離れした情報にボクの心は壊れ始めているのかもしれない。
しかし、なにかが引っかかる。なにか見落としている気が……。
『私たちは心無い肉人形なんです。だーかーらー、イロイロしちゃいましょうよっ』
アークから吐き出されたおぞましい台詞に思考が奪い取られる。彼女は穏やかな微笑みを湛えてボクを見ていた。
『気にすることなんて何もないんですよ? どうぞ、満足するまで好きにいじくってください。私はあなたの所有物なんですから」
――こんな、こんなことを女の子に言わせるなんて異常だ。狂っている。だけど、ボクもすでにその歪みの中にいるんだ。造り物だから、と考えている自分がどこかにいて、この違和感を気のせいで片付けてしまっている。そんなこと、あっていいわけがないのに。常識が、価値観が、音を立てて崩れ落ちていく。
『どこが、お好みですか? ちなみに、博士は大腸がお気に入りでぼろぼろになるまでお使いになられていました。コハク様も試してみますか?……何をしても治りますから、たっぷりお楽しみいただけますよ?』
吐き気がするような言葉を並べて彼女は笑う。それがあまりにも明るくて、どこか無理をしているようにも思えた。でもボクの頭はぐちゃぐちゃになってしまっていて……もう、何が正しいのかわからない。
『オーナー?』
アークがボクの顔を覗き込んでいた。いたいけで可憐な少女の顔つきに、得体の知れない影のようなものが刻まれている。
『さあ、ご命令を……』
アークが手のひらを差し出す。見つめる瞳は、きらきらと透き通っているが、底は淀んで暗く曇りきっていた。その隠されていたどす黒い闇にボクの意識は引き込まれていく。
「アーク……っ」
――この子は、アークは……「セシル・ノア」という女の子は……。放っておくわけにはいかない。
ボクはセシル・ノアの手を取った。強く握って感触を確かめる。悲しくなるくらい、あたたかくて、やわらかくて……。
「キミは……ヒトだよ」
ボクは彼女たちの闇を救いだしたいと思ってしまっていた。
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