第13話 ナニカとんでもないものが目覚めたみたいです。有機アンドロイドってそんなSFみたいな……

「命が……ない? 何を言っているの?」


 目の前に跪き笑顔を浮かべている彼女はどう見ても生きている。声もセシルさんとは違うが年頃の女の子らしいアルトだし、その姿は健康的な少女そのものだ。


『質問への回答……という、ご命令ですか?』


 少女は笑顔のまま首を傾げた。そのしぐさは可憐な少女そのもので、ひどくかわいらしい。それが、逆に不気味さを増していた。


『私は生きた武器です。剣や銃と同じ、ただのモノですよ。モノに命はありませんよね?』


 セシルさんの顔をしたナニカはさも当然のことのように答えた。


「そんな理屈っ……! じゃあ、今話してるキミはなんなのっ? セシルさんをどうしたんだよ!」


『落ち着いてください。私も「セシル・ノア」ですよ、むしろこれが本来あるべき姿……。あの子供のような人格はバグのようなものです。普段はあの子の中で見ているだけなんですが……』


 ナニカは胸に手を置いてなだめるような口調で話している。やはり人間にしか見えない。


「バグって……そんな機械みたいな」


 その言葉に彼女はハッとしたように目を見開いた。


『さすが、察しがよろしいですねっ!』


「は? なにが?」


『機械ってことですよ』


 彼女は人差し指を立てて笑った。


『ふふ、私は忠実に人間を模して造られた有機アンドロイドなんです。主な使用法は護衛や戦闘ですが、ご命令とあらば可能な限りなんでも遂行します。所有者様にご奉仕する肉人形……それが「セシル・ノア」です』


――は?


 少女はアンドロイドを自称し淑女のようにお辞儀をした。そんな可憐な容姿から「肉人形」などというおぞましい言葉が飛び出しボクはフリーズした。


「ゆーき……? アンドロイド? はは、そんなゲームみたいな……」


『げえむ?……ああ、ヴァーチャル空間で行う遊戯のことですねっ!』


 そう言って銃の撃ち真似をする姿は無邪気な子どもそのもの。


『昔、博士と遊びました。コハク様も好きなのですか?』


「え、ああ、うん……」


 ぼんやりと光る幾何学模様が刻まれた瞳がボクを見つめていた。その上の整った眉がおもむろに下がる。


『どうしました? 体調が優れないのですか?』


――聞かなければ……はっきり言われるのが怖くても。


「正直に答えて」


 セシルさんの顔をしたナニカを見つめ返す。ナニカは依然笑顔のままだった。


『はい、ご命令とあらば』


 ボクは深く息を吸い込んだ。


「キミは、人間じゃないってこと、なの……?」


――お願い。違うって言って。冗談だって笑ってよ……。「騙されたわね」ってさ。


 しかし、彼女は穏やかに微笑み首を縦に傾けた。


『はい。ご理解いただけたようで何よりです』


 彼女はとびっきりの笑顔で、ボクの手をとる。柔らかく、温かい血の通った手だ。そのぬくもりに包まれながらボクの心は真っ暗で寒い穴底に落ちていく。


『それと、私もセシルですよ』


「ちがう……ちがうよ」


 ボクはうわごとのように呟いた。


『もう、強情ですね……。でも、どっちもセシルじゃ分かりにくいか……うーん?』


 宙を見つめてうなっている少女をボクはすがるように見ていた。


――違う、この子は人間だ。ロボットなんかじゃない……。


 自分に言い聞かせるように心の中で繰り返す。少女はそんな気も知らずにぶつぶつ呟いていた。


『私を言い表すなら「Auto intelligence-Raw body-Killing machin」だから……A、R、K』


 虚空を睨んでいた少女の瞳がにわかにボクに向けられた。恐ろしく綺麗なガラス玉のようなその目に至近距離で射抜かれる。


『「A.R.K.アーク」! 頭文字をとってアークはどうですか!?』


「……アーク?」


『私の名前ですよ! 以後、私のことはアークとお呼びください!』


 少女は――アークは……ボクの手をギュっと握って、ころころと笑っている。それはそれは楽しそうに。


「うそだよ……」


『はい?』


「キミがアンドロイドなんて嘘だ! だって……」


 アークの手を振りほどき彼女の顔に触れた。柔らかく、ぷにぷにした感触が手のひら全体に広がる。


『ちょ、ちょっと? どうしたんですか』


「だって……」


 無遠慮に彼女の顔を撫でまわす。


「だって、こんなにも温かいじゃないか!!」


 ボクが叫んでも、アークの表情はひどく冷静なままだった。


『それは肉体が人間と変わらないからですよ……もー、どうしたらわかってくれるんでしょう?』


 アークはボクの手を掴もうとした腕を途中で止めた。


『あ、そうだ』


「な、に――」


 彼女は一切の躊躇ちゅうちょもなく自らの左目に指を突っ込んだ。


「ひっ?!」


 反射的にひっこめたボクの手に飛び散った血がかかった。アークはそのまま眼窩から指を引き抜く。ぶちぶちと神経が千切れて眼球が飛び出した。


『よいしょっと……ほら、これで信じてくれましたか?』


 アークはボクの眼前に手のひらを差し出して、真ん中に乗せた目玉を見せてきた。左目があった場所は今は真っ暗な穴が空いて、血の涙がどくどく流れている。


「は? 目が……とれ? どうなって、いたく、ないの?」


『はい、痛覚を遮断しました……ああ、ご心配なく。まためておけばナノマシンが修復してくれるので』


 そう言って、アークはぐりぐりと左目を眼窩に押し込んでいる。


「ナノマシン……?」


『コハク様、形状記憶って知ってますか?』


 アークは最後にぐっと押し込むと左目から手を離した。痛々しく歪んだ瞳が顔を出す。


「え、あたためると元の形にもどるってやつ……だよね?」


『おお、よくご存知で。まあ、原理はちょっと違いますが、私の体……というか脳には「セシル・ノア」の設計図が保存されていて、ナノマシンがその形を保とうとするんですよ』


 そう話している間にも、彼女の左目はゆっくりと綺麗なまん丸に戻っていく。


「……それで怪我してもすぐに治っていたんだ」


『その通りです。どんな重症でも脳さえ無事なら再生しますよ。頭だけになっても時間をかければ復活します』


 アークはさらりと、とんでもないことを言ってのけた。


「あはは、冗談きついよ」


『冗談ではありませんよ? やってみせましょうか?』


 言い終わらないうちにアークは自分の首に手をかけた。


「っ!? だめーっ!!」


 ボクは咄嗟に彼女の首元に抱き着く。鼻先がふわふわの髪に包まれて甘い香りがした。


『……冗談、ですよ』


 少しからかうような口調だが、躊躇なく目に指を突っ込む子だ。アークならやりかねない。


「もっと、自分を大切にしなよ……」


『いまさら、大切にするものなんてありませんよ。私は、産まれたときから博士にいじくりまわされていましたから……本当にバラバラにされたこともあります』


「そんな……」


 無意識に彼女を抱く力が強くなる。


「このこと、セシルさんは知ってるの?」


 彼女の体は温かく、鼓動もする。やっぱり人間としか思えなかった。


『いいえ、私のことも、自分が造られた存在であることもあの子は知りません。私が出ている間の記憶はありませんから』


「そっか……良かった」

 

 セシルさんの頭を優しく撫でた。つやつやで肌触りの良い髪の感触が指先をくすぐる。


『ああ、そういうことですか』


 突然、ボクは両腕を掴まれてものすごい力で引きはがされた。そのまま、胸を突き飛ばされて布団の上に尻もちをつく。


「いたっ……! な、なにを――」


 アークの顔を見上げてボクは背中に氷を入れられたような感覚になった。


『体温の著しい上昇に伴い、鼓動及び呼吸も早くなっています』


 ボロボロになり、申し訳程度に素肌を隠していたスーツをアークは破り捨てる。アークは……セシルさんの体は産まれたままの姿を晒した。


『男性がその状態になるのは十中八九、答えは決まっていると博士が言っていました』


 ゆらゆらとにじり寄って来る彼女の体には抗いがたい魅力があり、ボクは目が離せなくなった。アークはゆっくりとボクにまたがる。


『コハク様。私……いえ、セシルのことが、好きなんですね?』


 ボクを見下ろすアークの顔は少女のものとは思えないほど妖艶で、ひどくいやらしかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る