第12話 目が覚めたら女の子と添い寝してました。いやいや、そんなお約束展開あるわけ……

 目の前には川があった。雨で水面にいくつも波紋ができている。雨音に混じって誰かの声が聞こえてくる。小さな手を伸ばし泣き叫んでいるのは、お姉ちゃん……いやボクだ。ボクが虚空を抱きしめるようにもがいている。


――誰か、助けて……苦しいよ。


――お姉ちゃんっ!


「……ううっ」


 息苦しさに目を開く。なにも見えない。いつの間にか眠ってた? 何か夢を見ていた気がするがはっきりとは思い出せない。得体のしれない悲しさだけが残っていた。


――この切なさは何……?


 夢のことを考えているうちに徐々に意識がはっきりしてきた。だけど目の前は真っ白なまま。とてつもなく柔らかい純白の何かが顔を覆っている。


「あ、いい匂い……って!? こ、これ!!」


 咄嗟にいい匂いがするふわふわから顔を離す。自分が置かれた信じられない状況が目に入り完全に頭がさえた。


「あ、あわわわ……」


 ボクは布団の中でセシルさんと抱き合っていた。しかも、彼女の服はボロボロでほとんど裸に近い。さっきまで呑気にうずめていた胸もかろうじて先端が隠れてはいるけど――


「み、みえっ……」


 ぷるんとセシルさんの形の良い乳房が無防備にさらけ出されていた。鎧で分からなかったが決して小さくはない。彼女の呼吸に合わせて美乳が眼前で揺れている。その二つの果実にボクは釘付けになってしまった。それだけじゃない、全身で感じる女の子の柔肌の感触で頭がのぼせそうになる。


「み、みちゃ、だめだっ」


 セシルさんから目を逸らし、視線をあちこちに泳がせて爆発寸前の心をぎりぎり抑え込む。


「そ、そういえばここはどこなんだろうなー」


 露骨に棒読みな独り言を呟いて周囲を見回すと、天井から床まで半球のドーム状の建物だった。ちょうど学校の体育館くらいの大きさだ。


「なにかのシェルターかな? 頑丈そうだ……」


 これなら、次元生物でも簡単に入ってこれないだろう。安心だ。うん。だが……問題は。


「こっちだよ……」


 布団の中にはセシルさんの甘くて、少し蒸れた匂いが充満していて先程から脳をくらくらさせている。


――やばい、もうだめだ!


 慌てて彼女から離れようとするが、左腕が下敷きになっていて動かせない。そもそも彼女もボクを抱きしめていて殆ど身動きできなかった。無理に力を入れるとかえって彼女の体に触れてしまい理性が飛びそうになる。どうすれば……。


「んっ…………ううんっ」


 セシルさんが妙に艶めかしい吐息を漏らした。まずい、もがいたから起こしてしまった!?


「うぐっ!?」


 セシルさんはとてつもない力でボクを抱き寄せた。瞬時にきめ細やかな白い肌が眼前にせまり全身が柔肌の感触で包まれる。あろうことか、ボクは再びぷるぷるの谷に顔を埋めることになった。鼻腔いっぱいに女の子の香りが満たされ、今にも意識が飛びそうになる。


――あ、これダメだ……。


「んんっ、あえ……コハク?」


 むにゃむにゃと寝ぼけたセシルさんの甘ったるい声が脳に響いてしびれたような感覚がする。


――ああ、気持ちいい。もう、すべてがどうでもいいや。


「んー、コハ……ク? なんで一緒にねて……」


 セシルさんの声はだんだんと明瞭になっていき、同時に疑問をはらんだ語気に変わっていく。


「え…………? あたし、なんて恰好……で…………」


――あー、終わった。


「きゃあああああああ!!!!」


 セシルさんは素早くボクから距離をとりながら、体に毛布を巻いて立ち上がった。その顔は羞恥で真っ赤に染まっている。いや、怒っているのか。燃えるような瞳がキッとボクを睨んでいた。


「いや、これは……」


 ボクも立ち上がり、セシルさんに手を伸ばす。


「いやっ! こないで!」


 ボクが一歩踏み出すと、即座にセシルさんは下がろうと床を蹴った。しかし……


「あれ?」


 毛布で滑った脚は中途半端に投げ出され、セシルさんは後ろ向きに倒れそうになった。


「あぶない!」


 咄嗟に駆け寄り彼女の手を掴む。


「あ、思ったよりも……」


 重い。ボクも足がもつれてそのまま引っ張られて――


「わわわわ!?」

「ちょっと!?」


 どすん、と重なるように倒れてしまった。


「いつつ……ごめん」


「コハク、大丈夫!? 怪我、は……っっ?!」


「あはは、大丈夫。倒れたところに柔らかいものが……っ?!!」


――おお、すごい。こんなお約束、本当にあるんだ。


 ボクは、倒れたどさくさで、セシルさんのおっぱいをしっかりと両手で握りしめていた。


「あ、あぅ…………」


 彼女の頬につうっと、ひとしずくの涙が流れた。ボクの心はずきんと痛みを覚えたが、同時にどうしようもなく卑劣な喜びで満たされる。


――いやいや!! 何を考えているだボクは!? こんなの最低だ。あの怪物とおんなじじゃないか!


「あ、ああ、ごめん!! 今どくから!」


 立ち上がろうとして思わず腕に力が入ってしまった。握りつぶすようにボクの指がセシルさんの胸に食い込んでいく。


「ひぃあんっっ……そんなに、強く……ぅんっ!!」


「ああ! ごめん、もっと、優しく……じゃない!!」


 セシルさんのかわいらしい嬌声きょうせいに思考力を奪われてボクは完全に身動きが取れなくなっていた。彼女は目をぐるぐるさせて荒い息を漏らしている。


「はぁーっ……はぁっ……」


 手のひらに伝わるふにゅふにゅの感触と心臓の音がさらに思考を奪っていく。とくん、とくん、と高鳴る鼓動はセシルさんのものか、それともボク自身のものなのか……とろけた脳みそではもはや分からない。


「んっ……コハク……?」


 彼女は潤んだ瞳でボクを見つめた。ほっぺたがリンゴみたいに真っ赤になっている。


「…………いい、よ? コハクなら」


 決心したような強い口調で、しかし恥ずかしそうにセシルさんは言った。


「いいって……なにがっ?」


 ボクの問いに目の前の少女は艶っぽい笑みを浮かべる。その表情は、もう少女ではなくなっていた。


「ふふ、たすけてくれた……から」


 セシルさんはボクの顔に優しく触れ、慈しむように撫でる。


「…………コハクにあたしのぜんぶ、あげる」


「それって、どういう……」


 突如、彼女の瞳が輝きはじめ幾何学模様が浮かび上がった。


「は?」


『所有権譲渡の意思表示を確認。新規ユーザーを上書き登録します』


 セシルさんの口から、セシルさんではない声が発せられる。ボクは彼女から手を放して後ずさった。


『所有権の移転完了。コハク様、あなたは生体武装「セシル・ノア」の所有者オーナーとなりました』


 セシルさんの上半身はリクライニングのようにぐいんと一気に起き上がった。


「うそ、でしょ……?」


 セシルさんではないナニカは立ち上がって淡々と話し続ける。


『虚偽ではありません。なんなりとご命令ください、オーナー』


 ボクの前に跪いたセシルさんの顔は完全に表情を失い、まるで血の通わない人形のようだった。


『どんな任務でも命を賭して遂行します…………厳密には私に「命」はないのですが』


 無表情から一変して、ナニカはふふっと柔らかい笑顔をつくった。

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