はじめての空想科学迷宮 ~異次元人のおねえさんに見初められたボクは死ぬらしい。「嫌ならダンジョン攻略しなさい」って無茶言わないでよ!
第11話 ボクの力で彼女を助けます!……ってネーミングセンスについては触れないでください!
第11話 ボクの力で彼女を助けます!……ってネーミングセンスについては触れないでください!
再び銃声が轟く。撃ちだされた弾丸は凄まじい速さで風を切り怪物めがけて飛んでいく。足元の仔猫は衝撃で目をパチクリさせて驚いていた。対照的にアズさんは微動だにしていない。間髪入れずに装填して再び構えた。
――すごい射撃スキルだ……普段の雰囲気とはまるで違う。いや、今はそれを考えるよりも
「セシルさんを助けます! アズさん、援護射撃は任せました!」
アズさんの返答を待たずにボクは再び駆け出した。前に向き直ると先端がイソギンチャクのようなツルはセシルさんに触れる寸前で動きを止めていた。なにか特殊な弾なのか、撃ち抜かれた根本から広がるように凍り付いている。しかし怪物の本体はまだピンピンしていて背中から放射状に無数のツルを伸ばした。
「そうだ! ボクを狙え! その女の子に手を出すな!!」
ボクは自分を奮い立たせるように叫んで、飛び込んだ。あの数のツルを避け切る自信は……ない。だけど、ボクはアズさんを信じているから!
「もう、無茶するんだから……でもそんなところが」
三度目の銃声が鳴り響き、アズさんの声は掻き消されて聞こえなかった。弾丸を三発撃ち込まれた怪物は苦しそうなうめきをあげてよろめいている。
「どうだい? 『
アズさんは冷たく言い放った。怪物の体は半分以上凍り付き動きも鈍くなっている。セシルさんを拘束するツルも緩み始めていた。怪物には冷却弾が撃ち込まれ続け、どんどん氷漬けになっていく。
「セシルさん! 今助けますっ!」
「コハク…………コハクぅっ!!」
ぐったりとツルに縛り上げられたセシルさんがボクを見て叫んだ。
「ぐぎぃぃああああ!!!!」
怪物は恐ろしい咆哮をあげて背中から生やしたツルをボクに向けて
「全て見える!」
――右上から2、左から3、その後ろから5本の波状攻撃、さらに死角から1本。逃げた先で取り囲むように20……いや30本か!
「これがボクの力……『
ボクはツルの攻撃をかわしきり、怪物を指差した。
「カッコいいぃー!! 自分で考えたの!? 天才だね!」
即座にアズさんの誉め殺しにあった。なんだろう、この既視感……。とにかく、この完璧な観測眼で動きを読めば、氷漬けになり動きが鈍くなった攻撃ぐらいはボクでもなんとか避けられる。避けながらセシルさんとの距離を詰めていく。
「コハくん、頑張れー!」
アズさんは尚も怪物を撃ち続けている。もはや頭部の花を残して体のほとんどが凍っていた。ツルの攻撃も徐々に数が少なくなっている。
「もう……少しっ!」
――手が、届く!
「……っっ!」
伸ばした手の先、セシルさんの姿を間近に見て声を失った。彼女の体は弄ばれ穢され全身がべとべとの体液で濡れている。シノバンジュウの一撃を受けても力強くボクを見つめていた瞳が今、光を失おうとしていた。
「……コハク」
セシルさんは消え入りそうな声でボクの名前を呼びと弱々しく笑った。
「セシルさんっ……!」
怪物はさんざんいたぶり、いじくりまわし、彼女の全身を……尊厳を侵してしまった。
こいつは、決して触れてはいけない大事なものを踏みにじったのだ。
「ボクはお前を許さない!!」
彼女を縛るツルをがむしゃらに掴んで、こじ開けるように引っ張る。
「うおおおおおおおおおおお!!」
渾身の力を込めると凍り付きしおれたツルはぶちぶちと千切れ始めた。1本2本……手当たり次第に引きちぎる。ボクは夢中でかき分けていた。彼女に刻まれた穢れを清めるように……
◇◇◇◇
「うっう……」
気が付くと、ボクはセシルさんを抱きしめて泣いていた。
「コハク……汚れちゃうわ……」
「いいん、です……そんなの」
怪物の体液がつくことなんて構わず彼女の小さな体に縋りつく。鎧は殆ど砕け散り白い素肌が覗いていた。だらんと垂れた両腕は痛々しく紫色に腫れ上がっている。ボクと変わらない背丈の身で、あんな目にあって……。
「……あたしの体、汚ないよ?」
「汚くなんか、ない!」
「ううん……穢されちゃった、から…………」
セシルさんの声は、かすれて、震えて、途切れ途切れだった。涙をこらえているんだ。
「そんなこと、ない、ですっ! セシルさんは、綺麗です……!」
証明するように彼女の体に顔を埋める。ボクの涙と怪物の体液が混ざり合いどろりと床に垂れた。
「うう……っひっく」
「なんで……コハクが泣くのよ」
ぽん、と頭に優しい感触が伝わった。セシルさんはおぼつかない手つきでボクの頭を撫でる。
「ずるい……よ」
――あ、この匂い……。
怪物の体液が青臭く立ち込めているが、微かにセシルさんの甘い匂いが鼻先をくすぐる。濡れた草と花の香り……まるで雨が降る花畑にいるようだった。
――この匂いをボクは知っている。あの日、雨が降って、お姉ちゃんが……あれ? お姉ちゃんがどうしたんだっけ? とっても悲しかったことは覚えているのに……。
「にゃあん?」
いつの間にかそばに寄ってきていた仔猫が心配そうに見上げている。
――仔猫? そう仔猫だ。ボクとお姉ちゃんと仔猫……そして花畑。やっぱり、知っている。なのに、思い出せない。どうして……? 頭が……痛い。
『そんなの、どうだっていいじゃないか』
優しい誰かの声がした気がした。聞いたことがある気もするし、知らない人の声の気もする不思議な声だった。
『もう、考えなくていいんだよ』
――そうか、もう……いいんだ。
ボクたちはいつまでも泣き続けていた。降りしきる雨のように……。
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