第10話 ダンジョンのお花はめちゃくちゃ肉食系で……セシルさんがヌルヌルのベトベトに!?

「なんですか……これ? 植物……?」


「うわ~、またやばそうなやつが出た。うーむ……あのつる、手足みたいにも見えるねえ」


 上着でボクを覆いながらアズさんは花の化け物をじろじろ観察している。ボクも見習って観察してみる。巨大な花だと思ったが、よくみると全身のシルエットは動物に近い。前傾姿勢の二足歩行で本来は頭がある場所に花が咲いている。まるで植物に覆われた肉食恐竜といった見かけだ。


「植物なのか動物なのかはわからないけど、こいつは歩きまわって狩りをするのよ。前に来た時は追い回されて大変だったわ……あのときは逃げるので精いっぱいだったけど」


 セシルさんは大剣を抜いて、構える。花の怪物はスナックのように片腕で仔猫を持ち頭部の花に近づけた。ギラリと牙の生えそろった大口が今にも喰らいつこうとしている。


「セシルさん……!」


「うん! はやく猫ちゃんを助けないと、ね!」


 次の瞬間にはセシルさんは仔猫を掴むつるの腕に斬りかかっていた。渾身の力で地面を蹴り音を置き去りにするほどの速さで移動するヴァジュラ。幼い頃に習ったこの技に斬撃を加えて必殺技にしたのだとセシルさんが階段で話してくれた。その一撃は気付く間もなく相手を一刀両断にする。


「はず、なんだよね……?」


 ボクは声を漏らしていた。それは、視覚に肉体が追いついたということ。つまり、セシルさんの高速移動がすでに終わっているということを意味する。


「嘘、でしょ?」


 だが、しかし。今もなおセシルさんは斬りかかった姿勢のまま怪物の腕の下にいた。剣は腕に食い込んではいたが斬り落とすことは叶わず完全に静止している。むしろつるが幾重にも束なったような腕に飲み込まれつつある。


「こいつ、あたしの剣を受け止めた!?」


 セシルさんは剣を引き抜き瞬時に怪物から距離をとる。幸いにも注意を引くことはできたようで仔猫に迫っていた怪物の動きが止まった。そしてゆっくりと頭部の花がセシルさんに向けられる。セシルさんは剣を構えなおした。


「おや、本当にまずいんじゃない? 大丈夫かいセシル君!」


「心配ないわよ! それよりあんたはちゃんとコハクを守っててよね!」


 セシルさんは花の怪物をにらみつけたまま答えた。怪物は出方をうかがっているのかじっとしたまま動かない。アズさんはボクを抱く腕の力をちょっと強めた。


「わかってるよ、言われなくてもね。それにしても、セシルくんの力でも斬れないなんて……」


「なんか手ごたえが変だったのよね、妙に軽いって言うか」


 軽い? そういえば雑に巻かれたみたいにつるとつるの間は少し空間がある。ということは、もしかして――


「あのつるが威力を吸収して逃がしているのかも?」


「なるほど、ありえる……よく気付いたね」


 アズさんはボクの顔を覗き込んで頭を撫でた。うん、この弟扱いはまだ慣れない。


「よーし、そうとわかれば」


 セシルさんは、にやりと笑い怪物に向かって飛び出した。花の怪物は大きな花弁を揺らす咆哮をあげて迎え撃つ。


「ぐぎぃいいい!!」


「吸収できないくらい斬りまくればいいってことね!!」


 振り回される怪物の腕を掻い潜り、セシルさんは何度も何度も斬りつけている。ヴァジュラほどではないがすさまじい速さの攻撃だ。


「あらあら、なんとまあ野蛮な……しかし、正解ではあるかな」


 アズさんは呆れたような顔で怪物とセシルさんの剣戟を見ていた。怪物が腕を振るい、セシルさんが躱し、仔猫を掴む腕を斬る。このワンセットが目まぐるしい頻度で繰り返されている。


「すごい、つるの腕がどんどんちぎれていく……」


 確実に怪物の腕は斬られるたびに少しずつ細くなっている。これならいつかは斬り落とせるはず。


「ぐ、ぐぎぃっ」


 何本かつるがちぎれたところで怪物がうめき声を漏らした。


「あの怪物、苦しんでませんか?」


「もしかすると痛覚があるのかもしれないね……だとするとヤツは動物なのか? さっき、頭の花をセシルくんに向けていたし……ふむ」


 アズさんは顎に手を添えてぶつぶつ何かを呟いている。


「アズさん? どうかしたんですか?」


「ぐぎゃああああああああ!!」


 尋常じゃない叫びが耳に入り反射的に怪物の方を見るとセシルさんがついに腕を斬り落としていた。断面からは緑色の体液が噴き出し怪物は大きなうめき声をあげて後ずさる。


「やったわ! ざまーみなさい!!」


 セシルさんは切っ先を怪物に向けて勝ち誇っている。そんなことには目もくれず解放された仔猫はこっちに向かって一直線に駆けてきた。ボクの脚の間に滑り込み体をこすりつけている。


「あらあら、コハくん大分なつかれてるみたいだね」


「あはは、どうしてかな?」


 仔猫はボクを見上げて「にゃあん」と鳴いた。あの親を見ていなかったら本当にただの仔猫みたいでかわいいんだけど。


「コハくーん! こいつの腕ぶった切ったよ! 見てた!?」


 満面の笑みを浮かべたセシルさんはこっちを向いてガッツポーズをとっている。


――ん? こっちを向いて……?


「危ないですよ!!」


「へ?」


「ぐぎぃああぁあ!!!!」


 割れんばかりの雄叫びにセシルさんが振り向くがもう遅かった。


「あ、しまっ……」


 怪物は腕の断面から無数につるを生やしてセシルさんの四肢を縛り上げてしまった。さらに全身からもつるを伸ばして小さな体を締め上げていく。


「くそ、あたしとしたことが油断した……ってどこ触って!? ひゃんっ」


 強靭で太い緑の縄が鎧の隙間から強く食い込み、際どい部分まで達しているようだ。ぬらぬらと光る体液が細く引き締まった脚をつたい地面にこぼれる。


「や、やめて……」


 呟き、手を伸ばすが、ボクは何もできなかった。助けを乞うように潤んだ彼女の瞳を見つめることしかできなかった。怪物の拘束はさらに強くなっていく……。セシルさんはさながら磔刑たっけいにかけられた聖人のようだった。つるはこすりつけるように股の間をくぐり、いやらしく両足に絡みついている。


「だ、だめっ……そこは、大切なひとにぃっ!!?」


 怪物は器用につるを操り、ガバっとセシルさんの両足を開かせた。ぴっちりとしたスーツ越しに女の子の肉体があらわになる。ボクは見てはいけないと思いつつ、その光景から目を離せなくなっていた。


「や、やぁ……見ないで、見ちゃだめぇっ」


「ぎ、ぎぎゃっぎぎゃっ!」


――こいつ、笑っているのか? セシルさんを、何もできないボクを! くそ!!


「ふえ? な、なにするの……?」


 笑い声をあげる怪物は、見せつけるように彼女の眼前にひときわ太いつるを伸ばした。その先端が花弁のように開いて中から先っぽが膨らんだイソギンチャクのようなものが顔を出す。それが目に入ったセシルさんの顔は一気に青ざめ、見るに忍びない絶望の表情となった。


「それ……まさか…………うそでしょ?」


「ぐぎゃぎゃぎゃっ」


 怪物はまたも嘲笑で答えた。その太いつるは彼女の全身をねぶるように這いながら、ゆっくりと女の子の一番大事なところへと近づいていく。


「ひっ!? や、やめて……やめてやめてやめて! おねがいだからぁっっ!」


「ふ、ふぎゃ……ふぎゃっぎゃっぎゃっ!!」


 怪物は愉しむように、じっくりと彼女の肉体を撫でまわしていた……そして、ついにへそまで貪りつくし――


「やぁ、やらぁ……そ、そこ……だけは、おねがいします、なんでもします……だからっ……」


 怪物は彼女の懇願すら愉悦の食材として味わっているようだった。真っ赤な花びらに包まれた口が醜く歪み、つるはもてあそぶようにへその下を小突きながらさらに下へ……。怪物の体液まみれになったセシルさんはあきらめたようなどこか寂しげな笑顔を浮かべていた。


「ご、ごめん……ごめんね、コハクっ……ぅう、ぐす」


 今、怪物のつるが乙女の花園へと押し当てられようとしている。


「やめろ…………やめろおおっ!!!!」


 ボクは、彼女のもとへ走り出していた。考えるより先に体が動いていた。


――ボクに何ができる? きっと勝てっこない。ただ無駄死にするだけ。


「そんなの……関係ない! ボクは彼女を守りたいんだ!!」


「コハク……」


 セシルさんの頬を大粒の涙が流れ落ちる。そのとき、一発の銃声が響いた。


「よく言ったね、コハくん! さすが男の子だ!」


 振り向くと、ライフル銃を構えたアズさんが白煙をくゆらせていた。


「ふぅー、待たせてごめんね。あとは……」


 アズさんはウインクすると慣れた手つきで銃弾を装填し、構えなおす。


「おねえちゃんに任せて」


 真剣な表情でスコープを覗く彼女の瞳は、怒りで燃え上がっていた。

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