異次元人のおねえさんに見初められたボクは死ぬらしい。「嫌ならダンジョン攻略しなさい」って無茶言わないでよ!
第7話 セシルの日記:4 この美少年いい子すぎなんだけど!? 地獄までアタシが守ってあげるわ!!
第7話 セシルの日記:4 この美少年いい子すぎなんだけど!? 地獄までアタシが守ってあげるわ!!
ゆったりとした上着の袖から覗く手のひらは白い女性の手だった。
――まさかこの姿が本当のアズなの……?
瞬きをしたらぐねぐねの触手に戻っていたが、一瞬見えた女性は妬けるくらい美しかった。
「ん? そんなにワタシを見つめてどうしたんだい?」
真っ暗な穴が二つ空いた大きな頭をかしげてアズはあたしを見ている。その姿は酷くおぞましく、あまりにも人間とかけ離れている。
――いや、きっと戦闘の疲れで幻覚を見たんだわ。ええ、きっとそう……。
「なんでもないわよ」
あたしは差し出された触手を無視して立ち上がった。
「なぁ〜?」
腕の中で猫ちゃんが不安げに鳴いた。
――そうだった、この仔どうしようかしら? 今のワンちゃんに預けるわけには……
「アズさ~ん! セシルさ~ん! 大丈夫ですか~!」
――コハくん!?
反射的に顔を上げると一生懸命に走ってくるコハくんが見えた。アズは素早く振り返り駆け寄った。あたしもすぐに追う。
「もう、隠れてなきゃだめじゃないか」
「ごめんなさい、でも二人が心配で」
声はよわよわしいがコハくんの目は力強くあたし達を見つめていた。
「大丈夫よ、シノバンジュウは気絶したみたい」
「よかった……あの虫がくっついてるワイヤーが効いたみたいですね」
「うん、ナイスアイディアだったよ、コハくん!」
アズが触手をかかげてコハくんを見た。それにコハくんはおずおずと片手で触れる。
――ずるい! あたしもコハくんとハイタッチしたい! ……じゃなくて
「あれ投げたのコハ……の指示だったの?」
「はい、あの羽を見たときに気づいたんです。この虫は大きい鳴き声を出すんだって」
「すごい、見ただけでそんなことがわかるの?」
「観察力……なのかな? なんでかは分からないんですけど、ここに来てから急にあがってて」
コハくんは照れ臭そうに頭をかいた。その隣でアズが誇らしげに触手の腕を組んでいる。
「きっとこの世界に来てコハくんの才能が開花したんだよ!」
「そうなんですかね……あ」
コハくんは何かを見つけたように目を見開くと、おもむろにシノバンジュウに近づいていく。
「危ないよ!」
「いつ起きるかわからないのよ!」
アズと慌てて駆け寄るが、コハくんは落ち着いた様子でシノバンジュウを指さした。
「あそこ! あそこ見てください!」
人差し指から辿って視線をずらしていくと三つの犬の顔のちょうど真ん中にぶつかった。
「あ!」
目を凝らすとそこには穏やかに眠る猫の顔があった。大きさは仔猫とさほど変わらない。
「きっと、あれが本体なんですよ。周りの犬の頭が守ってるんです」
「どうりで首を落としてもピンピンしてたわけだ」
アズはなるほどといった感じで頷いている。
凶暴な犬の顔とは対照的にその猫はとても優しげな雰囲気だった。まさか、ワンちゃんが猫ちゃんだったなんて。
「この子どもからどう成長したらあんなになるのよ……あれ?」
仔猫をよく観察してみると首のたてがみの中に角みたいなものが生えていることに気付いた。
「まさか、この角が……?」
「にゃにゃ~!!」
突然、仔猫が腕から飛び出して親猫に走っていく。追いかけようと一歩踏み出すが手を掴まれて足を止めた。
「まって! もう大丈夫です」
振り返るとコハくんが笑顔で手を握っていた。
「ほら、もう怒ってないと思いますよ」
仔猫は親猫の大きな前足の間で丸くなっている。いつの間にか三つの犬の頭も鼻ちょうちんを出して呑気な寝顔になっていた。
「コハくんの言う通りだね。あの様子なら心配ないだろう」
「そう、ね。あの仔も母親と一緒の方がいいわよね」
――母親……か。
仲良さそうに寄り添うシノバンジュウの親子。心なしか、あたしの手を握るコハくんの力がキュッと強くなった気がした。
「セシルさん?」
――まさか、心配してくれてる? なんていい子なの……。
「なんでもないわ、ちょっと考え事してただけ」
「ふーん? 考え事ねえ……気になるけど、話は後にしよう。今は一刻も早く地下に向かいたい」
アズは顎に触手をあててあたしを見ているようだったが、階段の方に向き直った。
「そうですね、早く降りないと……」
「あ、そうだコハくん。セシルくんも一緒に来てくれるみたいだよ」
――こいつは勝手に……あたしはまだなにも言ってないわよ。
「いや、あたしは」
「あ、あの……セシルさん」
コハくんは潤んだ瞳であたしを見ている。今度は確実に握る力が強くなった。
「や、やっぱり大丈夫です! セシルさんを巻き込むわけには……」
コハくんは弱々しく笑った。
――こんなの、ずるすぎる。
「いいわ、あたしも着いてく」
「いいんですか!?」
途端にコハくんの顔はパッと明るくなった。
「セシルさん、すごく強いから頼もしいです!」
――ああ、もう。こんなに腕を振って喜んじゃって……。
「ほら、行くわよ。あたしについてきて」
コハくんの左手を引いて階段に向かって歩き始める。
「あー! ワタシを差し置いてコハくんと手を繋ぐなんて! ワタシだってコハくんを守るから……ね!」
後ろから駆けてきたアズがコハくんの右手を触手でぐるぐる巻きにした。そのまま三人並んで階段まで歩いていく。
「ふ、ふふふ」
不意にコハくんが笑いだした。
「どうしたんだい?」
「なんか、嬉しくなっちゃって」
コハくんは、あたしとアズを交互に見て再び笑った。
「も~、どうしたの〜?」
アズも困ったような声で笑う。つられてあたしの口角もあがってしまった。
「まったく、緊張感がないんだから。もっと気を引き締めなさい」
「は、はい! 気をつけます!」
コハくんは素直にうなずいて、真剣な顔になった。
「あはは~、大丈夫だって。このワタシがついているんだから」
「はあ、心配なのはあんたの方なんだけど? 笑っていられるのも今のうちよ」
――ここから下は文字通り地獄に続いているのだから。
「……ついたわ」
立ち止まり、目の前に広がる光景をにらみつける。
「こ、これが……」
コハくんはギュっとあたしの手を強く握りなおした。
「地下に続く階段かあ」
あたしたちの眼前には大口を開けて化け物が待ち構えていた。
「さあ、いくわよ。覚悟はいい?」
背中の大剣を抜いて、あたしは地獄への一歩を踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます