第4話 セシルの日記:2 折角美少年と知り合えたのになんかきっしょいバケモノが因縁つけてきたんだけど!?

 どこか儚げな雰囲気の少年があたしを見つめていた……


――うそ? 子供じゃない。こんな小さい子をほっといてもう一人のバカ女は何をして……


 あたしは苛立ちを抑えられずに気づけば少年の襟首をつかんでいた。


「あんた死ぬ気!? そんな恰好でここに来るなんて……」


――あー! ちがうちがう! この子にあたってどうするのよ!!


 怯えた様子の少年から慌てて手を放して努めて優しい声で語りかけた。


「まあ、いいわ。あとでみっちり聞かせてもらうから」


――はあ、こわがらせちゃったかな……。


 思わず大きなため息を漏らしてしまう。沈んだ気持ちを誤魔化すように剣を振った。あたしが肩を落としていると少年の方から話しかけてくれた。


「た、助けてくれたんだよね? ありがとう」


――え!? お礼を言ってくれた! 良かった、嬉しい!!


「ふん、たまたまよ、たまたま」


――だあぁ~もう! なんで正直に言わないのよ! あたしのバカ! な、なにか言わなきゃ!!


「……でも無事でよかったわ」


――よし、言えた! でもこれが精いっぱいだわ。なんて恥ずかしいの……。


 少年を直視できなくて横を向いて頬をぽりぽり掻いて言った。ちらりと少年を見ると安心したように笑っている。


――あ、笑った。え、よく見るとこの子かわいくない? いやめっちゃかわいいって!! 目とかぱっちりしてて人形みたいだし唇もぷるぷるですごく柔らかそう……。あ、なんていう名前なんだろう? きっと名前もかわいいんだろうなあ……うふふふふ


 なんて考えているとまたしても少年から口を開いた。


「えっと、きみは? よかったら名前を教えてよ」


「うえ!? あ、あたしはセシル・ノア! ちょっと訳ありでここに住んでるの」


――びっくりしたあ……まさかあたしが名前を聞かれるなんて、というか何が「ここに住んでる」……よ。聞かれてもないのに余計なこと言っちゃった。野蛮な女とか思われたらどうしよう……いやそれよりこの子の名前は……


「コハくーん!! ぶじでよがったよ~!!」


――コハくん? そっか、コハくんって言うんだ。やっぱりかわいいお名前だ~。あたしも呼んでいいのかな……コハくん、ふふ。


 などと浮ついた考えは少年に抱き着いた化け物を目に捉えた瞬間に消し飛ばした。化け物は両腕と思しき触手を少年の体に絡みつかせている。


「コハくんが食べられちゃうかと思ってワタシはワタシはぁ……!!」


――は……? こいつが喋っているの? 人の言葉を話す次元生物ディメンショナーなんて初めて見るわよ。ていうかこの子を助けなきゃ!!


 とっさに手を伸ばしたそのとき、みたび少年が口を開いた。


「大丈夫ですから、落ち着いてください」


 少年は笑顔で化け物に話しかけている。


――え? なに? どういうこと……?


「ああそうだ。アズさん、こちらはセシルさんです。ボクを助けてくれた命の恩人なんですよ!」


 少年は混乱するあたしを置いて話し続けている。気色の悪い触手の化け物と楽し気に……


――ああ、そうか。そういうことか。……この子も化け物の仲間なんだ。


 あたしは戦闘体制をとって剣をナニモノカどもに向けた。


「セシルさん、この変なおねえさんはアズさんといって……」


 振り向いた少年の顔は再び恐怖に歪んでいた。


――せっかく、友達になれると思ったのにな……


「あんた、そんな化け物となに平気な顔して話してるのよ……。あんたも次元生物なの?」


「……な、なんなの、それ? ばけもの? でぃめ? わけがわかんないよ!」


 少年は怯え切った表情で化け物にしがみついている。粘液にまみれた触手が少年の頭を撫でる。とても嘘を言っているとは思えない様子だった。


――この子、本当に気づいていないの? 操られている? 洗脳? だとしたら助けられる? とにかく、もう少し話して情報を……


「とぼけないで、そんなのと仲良さそうに話して普通の人間なわけないでしょ……」


「ちょっとちょっと、コハくんをいじめないでくれる? そういう君は一体誰なのかな? こんなところに女の子一人でいる方が普通じゃないと思うけど?」


 化け物は少年を隠すように抱きしめて言った。話す言葉自体はまるで人間そのものに思える。


――まさか、次元生物相手に正論を言われる日がくるなんてね……。こいつにも少し話させるか。


「化け物は黙ってて、あたしはその子と話してるのよ。それと、いい加減そんなべとべとの触手でかわいい顔に触るのはやめてくれる?」


 化け物はあたしの煽りに目(と思しき真っ暗な穴)を細めて触手をかかげた。


「なんて失礼なやつだ!! この美しい手が目に入らないのかい!? それとも目が腐っているのかな?? おっと、傷ついてしまったかい? だとしたらごめんよ」


 化け物は2本の触手を左右に広げて、やれやれという風に頭を振った。


――こいつ……! 今すぐぶったぎってやろうかしら!?


 あたしが剣を振りかざすと少年が慌てた様子で一歩前に出た。


「アズさんもセシルさんも落ち着いてください!! セシルさん、アズさんの手を触手って言ったよね?」


「ええ、どうみても触手じゃない。全身もぐちゃぐちゃで気持ち悪いわ」


 大剣の先を化け物に向けて言った。


「きもっ!? 君、いいかげん――」


「アズさん! こらえてください!」


 あたしに向かって飛び掛かろうとした化け物だったが、少年にきつい口調で止められておとなしく動きを止めた。しおしおになって落ち込んでいるようにも見える。


――どういうこと? 主従関係が結ばれているの? なにがなんだか……まるでわからない。


 あたしがうろたえていると少年ははっとしたような表情を浮かべた。


「セシルさん、もしかしてきみも――」


 少年は何かを話そうとしていたが、あたしは最後まで聞くことはできなかった。あたしの体は何かに弾き飛ばされたのだ。


「……がはっ!?」


 あたしは少年から直角に吹き飛ばされて、壁に全身がめり込むくらい強くぶつかったようだ。腹部を見ると鎧ごと切り裂かれていてかなり血が出ている。鎧がなかったら死んでいたかもしれない。

 

――油断した! なに? あの化け物が死角に触手を伸ばして攻撃してきたの!? こんな力があるとは思えないけど……。


 その考えは間違っていると顔を上げてすぐに気づいた。少年とその前に立つ触手の化け物のさらに前……斬り落としたわんちゃんの首から半分溶けたようにぐじゅぐじゅの新しい顔が生えていた。その前足に光る鋭い爪があたしの血で染まっている。

 

 死んだはずのシノバンジュウが少年に再び牙を剥こうとしていた。

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