第3話 セシルの日記:1 変な生き物だらけの穴ぐら生活はもう嫌!!

「ぎぃええぇぇえ!!」


 あたし、セシル・ノアの朝は早い。目覚ましはミョウジョウナキのけたたましい鳴き声で寝覚めは最悪だ。こいつは完璧な体内時計を持っていて、オスは早朝、メスは夕方に鳴く怪鳥だ。


「うぅ~ん……相変わらず断末魔みたいなひどい鳴き声。そろそろ焼き鳥にして食べちゃおうかしら……でもこいつがいないと時間が分からなくなるし」


 あたしは溜息をついてミョウジョウナキの前に籾殻もみがらの入った皿を置いた。餌を食べている間は鳴き声は止まる。


「さて、朝の安全チェックをしないと……とその前に」


 壁に沿うように設置されたベッドを縦向きにしたような装置に近づく。体を預けると四方に伸びていたアームが動き出し鎧のようなスーツを装着させる。


「ふう、これもぴちぴちだから嫌なのよね……あー息苦しい」


 あたしは誰に言うでもなくぼやいた。こうでもしないと気が滅入ってくる。


――こんなところに一人で長くいちゃあね。


 まずは自室の周囲に仕掛けているワイヤートラップに異変がないかを確認しなければ。ヨミノヨビゴエという振動を与えると甲高い声で鳴く昆虫を括りつけているので何かが触れれば音で気づいたはずだが、念には念をいれる。何しろ命がかかっているのだから。


「ま、この階にはそこまで狡猾な生物はいないだろうけどね……一応」


 この研究所には次元生物ディメンショナーと呼ばれる夥しい数の怪物が生息していて、地下に潜っていくほど奴らの危険性は跳ね上がる。と、この部屋に残された手帳に書いてあった。あたしの部屋は地下一階へと続く階段のすぐ横にあるのでそうそうヤバい奴は来ないはずだが。それに何か危険な実験でもしていた部屋なのか扉がやけに厳重で1階の生物が何をしてもちょっとやそっとじゃびくともしない。


「おかげで、出入りが――」


 鉄の扉に両手を押し付けて体重をかける。ぎぎぎ、と鈍い音を立ててちょっとずつ開いていく。


「死ぬほど、面倒、なんだけど!! はあ、はあ……」


 くそ重い扉を何とか拳一個分押し開けて隙間から外の様子を見る。周囲に危険な生物はいないしワイヤーも昨晩見たときと変わらない。


 それもそうだ、ここらで注意すべきなのはあのでっかい三つ首頭のわんちゃん……確か手帳では「シノバンジュウ」とか書いてあったっけ。あの子ぐらいだろう。特に最近子どもが産まれたらしくて気が立ってるし。


「よし、異常なしっと。さーて、顔でも洗うか~」


 扉を閉めようと手をかけたとき、その声は聞こえてきた。


「コハくーん! 一人で行くと危ないよ~!」


 まぬけそうな女の声が入口の方から響いてくる。瞬時に扉の横に立て掛けた大剣を手に取り背中に提げた。


「ここであんな大声出すなんてどこのバカ!? わんちゃんが起きちゃうじゃない!」


 あたしは鉄扉を蹴っ飛ばして廊下に飛び出した。本気で蹴ったからひしゃげてしまったかもしれないが気にしている場合ではない。全力で走ればここから入口までは1分もかからないはずだが……その1分があまりにも永く感じられた。


――間に合え!!


 あちこち木の根が隆起してデコボコの廊下を明滅する照明を頼りに駆け抜ける。わんちゃんの背中が見えたところで緊迫した声が聞こえてきた。


「っ!? コハくん、逃げて!!!!」


――くそ! 遅かった!? いやもう一人だけでも!!


 さらに大きな背中に接近していくとわんちゃんの脚の間から屈みこんでいる人影が見えた。


――っ!! 良かった。まだ間に合う。でも……


 屈んだ小さい影に凶暴で巨大な獣の口が迫っていた。もう考えている時間はない。あたしは駆け抜ける勢いそのままに跳躍した。あたしの体は宙返りしながら高く昇っていく。全高5メートルはあるシノバンジュウの丁度真上、さらに5メートル上の天井にさかさまで着地した。


「……ごめんね」


 あたしは小さく呟き、深く息を吸った。全身の力を抜いて背中の大剣に手をかける。


「ぅうおらああああああああああ!!!!」


 渾身の力を込めて天井を蹴る。ひびが入り破片が降り落ちるより先にあたしは大口を開けたシノバンジュウの頭部を断ち切った。剣を振り下ろしながら着地したら間髪入れずに足場を蹴って飛びあがる。飛び上がりながら剣を振り上げ2つ目のくうをかみ砕いている頭を刎ねる。2つの首が落ちる前にあたしは再び天井を蹴っ飛ばす。


――『雷神のヴァジュラ


 3つ目の首を見据えて一直線に飛び掛かる。最後の頭もぶつりと呆気なく胴体から離れ、あたしはわんちゃんの前に着地した。振り返り見上げるとほぼ同時に3つの頭がずるっと滑り落ちるのが見えた。時間にして一秒も立たずにあたしは3つの首すべてを斬り落としたのだった。


 超高速で繰り出される三連撃。人間を圧倒的に超える動体視力を持つ次元生物でも目に捉えることは不可能。かろうじて煌めく刀身が大きくジグザクの軌道で一瞬駆け抜けたことはわかるかもしれない。それは、まるで稲妻のように映ったことだろう。


――あなたの命、無駄にしないから。


 あたしは立ったまま首から血を噴き出しているわんちゃんの亡骸に手を合わせた。襲われていた人影の方に振り返ると、驚くことにそこにいたのはまだ幼い少年だった。

 

 どこか儚げな雰囲気を纏った少年があたしを見つめていた……

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