第2話 ダンジョン行ったら鎧の美少女と出会いました。しかもめっちゃ強い……!?

「ダン、ジョン……?」


 ボクはしゃくりあげながらアズさんの言葉をそのまま繰り返した。


「あれ? コハくんはゲームが好きだから知ってると思ったけど、RPGとかで出てくるやつだよ」


「それは分かりますけど……元の世界に帰るのと何の関係が?」


 涙と鼻水でぐしょぐしょにしてボクはすがるように聞いた。アズさんはボクを見てぞっとするような笑顔を浮かべる。


「うふふ、泣きじゃくるコハくんもかわいいなあ……」


 アズさんはうっとりとしてボクを強く抱きしめた。再び甘ったるい香りで肺がいっぱいになる。


「むぐぐ……アズさん、苦しいです」


 やっとの思いでアズさんの深い谷間から顔を抜け出す。アズさんはにこにこしていたがボクの声で我に返ったようだ。回された腕の力が緩む。


「おっとっと、ごめんよ。コハくんがあまりにもかわいいからつい……」


 ようやくアズさんの腕から解放された。


「それよりダンジョンって……ゲームをクリアすればいいんですか?」


「いや違うよ? 本物のダンジョンを攻略してもらうんだ」


 本物? この人は一体何を言っているんだ?


「説明すると長くなるから、とりあえず一緒に入口まで行こうか。この世界についても道すがら話してあげるよ」


 アズさんは笑顔で右手を差し伸べた。果たしてこの手を取ってよいものだろうか。いや、考えている余裕はないんだ。アズさんの言うことが本当ならこの世界に居続けたらボクは1年で死んでしまう。何としても元の世界に帰らなければ……。背に腹は代えられない。


「はい、行きます。ボクをダンジョンまで連れて行ってください」


 ボクはアズさんの手を力いっぱい握った。



◇◇◇◇



「これが、ダンジョン……」


 ボクの眼前には巨大な建造物がそびえたっていた。遺跡のようなものをイメージしていたのだが、実際はいくつもの正方形が縦横無尽にくっつけたような人工的な印象を受ける外見だった。


 アズさんに連れられて街のはずれまで歩いているうち涙は止まっていた。アズさんの説明でこの世界のことが整理できたからかもしれない。

 それに街並みが興味深かったのもある。あんまりボクの世界と変わらない感じだけど少し近未来的な建物が多くて、なんだかゲームの世界に入ったみたいで面白かった。

 アズさんは「あえてこの見た目にしてるんだよ」と話していたが真意は分からなかった。


「あれが入口だよ」


 アズさんが指さした先には、これまた近代的な自動ドアがあった。横には弁当箱くらいの出っ張った部分がある。カードかなにかをかざして開けるのだろうか。


「ここは、かつては研究所だったみたいでね。地下深くまで部屋が続いてるんだ。そして、その最深部に次元間移動装置が封印されている……と言われている」


「言われてるって?」


「次元間移動は法律で禁止されていてね、情報も厳しく規制されていて噂程度しかワタシも知らないんだ」


 アズさんはごめんねと片手を頭の後ろにあててウインクした。規制されている? ならどうして……


「アズさんは、ボクをどうやってこっちに連れてきたんですか?」


 ボクが見つめるとアズさんはそっぽを向いて口ごもった。


「えー、あ~、勝手に作ったからだよ。コハくんの世界からこっちに移送させる装置をね」


「あ、もしかしてあれが」


 部屋で見た大きなドーム状の装置を思い出した。


「絶対内緒だよ! バレたら一生牢獄の中で暮らすことになっちゃう!」


「どの口が」という言葉を飲み込んでボクは頷いた。


「ワタシは別次元の世界に抑えきれない興味を惹かれてしまってね。独自で情報を集めていたんだよ。初めは別次元を覗ける装置を作って観察していたんだけど、とうとう見るだけじゃ我慢できなくなってね。あはは」

 

 やはりこの人は信用してはいけないのかもしれない。悪びれもせずに笑うアズさんを見てボクは思った。


「というわけでね、このダンジョンについてもとある情報筋から聞いて知っていたんだよ。さあ、入ろうか!」


 アズさんは再びボクの手を掴んで入口まで歩き出した。


「勝手に入っていいんですか? ここも規制されているんじゃ……」


「だいじょぶだいじょぶ。ほら」


 にやりと笑ってアズさんは胸の谷間から電子カードを取り出した。


「このカードキーで入れるよ。情報と一緒に買ったんだ。一回試してみたから間違いないよ、いや~高かったんだよこれ」


 そういうことじゃないんだけど、今更この人に何を言っても無駄だよな。覚悟を決めてついていくしかない。


 アズさんがカードキーをかざすとウィンと自動ドアが開いて建物内があらわになる。昼間なのに薄暗くて不気味だ。奥の方は完全な闇で何も見えない。


「アズさん……」


「怖い? 大丈夫だよ、アズおねえちゃんがついてるからね」


 ためらっていると、アズさんはしゃがみこみ目線を合わせて優しく声をかけてきた。だが、ボクはもうだまされない。


「平気です。先に行きますね!」


 お姉ちゃん振るアズさんを置いて暗闇の中に進んでいく。ダンジョンといったってただの研究所跡地だしボク一人でも進めるだろう。モンスターがいるわけでもないだろうし。


「コハくーん! 一人で行くと危ないよ~!」


 走って追いかけてくるアズさんに振りかえり「だいじょうぶですよ」と手を振ろうと上げた腕が何か生暖かい穴に飲み込まれた。


「ひっ」


 反射的に腕を引くと手には薄緑色の妙にねばっこい液体がついていた。この液体をボクはなんとなく見たことがある気がする。そうだ、風邪気味のときに鼻をかんだテッシュがこんな感じだ。


「ふご?」


 背後で何かの鼻息が聞こえた。音はボクの遥か上から聞こえてきて鼻息の主が巨体であることを物語っている。


「っ!? コハくん、逃げて!!!!」


 追いついたアズさんが血の気の引いた顔で叫ぶ前に、ボクは本能的に身を屈めていた。


 ガチンッ!!


 さっきまでボクの上半身があった場所に大きな犬の口があった。凶悪に剥いた牙はボクの頭ぐらい大きい。さらにその上を見ると、もう2つの頭部が見えた。そのどれもがボクを見下ろしている。


 そんなことを考えていると、片方の頭が大きく口を広げてゆっくりとボクに迫ってきた。あ、これはあれだ。死ぬ前にスローに見えているやつ。ぬらぬらと艶めかしく光っている犬の口内、何かを叫びながら手を伸ばして駆け寄ってくるアズさん、配管がいくつも飛び出した無機質な壁、ボクは視界に映る全てを冷静に正確に捉えていた。


 獣の凶暴な牙がボクに突き立てられようとしている。眼前まで迫ったそれはとても鋭くナイフのようだった。ボクの体などいとも簡単に引き裂かれてしまうだろう。


 まあ、いいや。どうせ、1年しか生きられなかったんだし。こんなのがいるダンジョンを奥まで進むなんて絶対無理だ。潔く諦めよう。


「お姉ちゃん……」


 ボクの頭を優しく撫でてくれたお姉ちゃんの笑顔を強く思い出して目を閉じた。



 ・

 ・

 ・



「ぅうおらああああああああああ!!!!」


 なんだ!? 誰かの絶叫? 女の人の声みたいだけど、まさかアズさん?


 絶叫に続けてばづんと何かを断ち切ったような音が響く。かと思えば次はどさりと大きなものが落ちる音が聞こえた。


 いったい、この一瞬で何が起こったんだ……?


 恐る恐る目を開くと、目の前にはボクと同じくらいの背丈に鎧を纏った女の子が立っていた。右手には身長よりも大きな剣を持っている。その刀身は紅く血に染まっていた。その子のさらに向こうには切り落とされた犬の首が3つ転がっている。まさか、この子がやったのか? 


 呆然と立ち尽くしその女の子を見つめていると、その子は振り返りつかつか歩いてきてボクの胸倉をつかんだ。


「あんた死ぬ気!? そんな恰好でここに来るなんて……まあ、いいわ。あとでみっちり聞かせてもらうから」


 女の子は大きくため息をつくと大剣を振った。びしゃりと床に犬の血が飛び散る。


「た、助けてくれたんだよね? ありがとう」


「ふん、たまたまよ、たまたま。……でも無事でよかったわ」


 女の子はちょっと照れたように赤くしたほっぺたを指でかいている。

 あ、多分いい子なんだろうな。少なくともアズさんよりは。


――良かった。やっとまともな人に会えた。


 ボクはいろいろな意味で胸を撫でおろした。


「えっと、きみは? よかったら名前を教えてよ」


「うえ!? あ、あたしはセシル・ノア! ちょっと訳ありでここに住んでるの」


 住んでる? こんなところにどうして……


「コハくーん!! ぶじでよがったよ~!!」


 ボクの疑問はものすごい勢いで抱き着いてきたアズさんに搔き消された。


「コハくんが食べられちゃうかと思ってワタシはワタシはぁ……!!」


 アズさんは頬ずりをしながらびーびー泣いている。瞬時にボクは涙まみれになった。

 この人も倫理観がずれているだけで案外悪い人ではないのかも?


「大丈夫ですから、落ち着いてください」


「うう、わがった。アズおねえちゃん落ち着く。おえねちゃんだから」


 アズさんはへたり込んでぶつぶつ呟いている。


「ああそうだ。アズさん、こちらはセシルさんです。ボクを助けてくれた命の恩人なんですよ! セシルさん、この変なおねえさんはアズさんといって……」


 セシルさんに紹介しようと彼女の方を向いてボクは言葉を失った。


「あんた、そんな化け物となに平気な顔して話してるのよ……」


 吐瀉物を見るような眼をしたセシルさんが大剣の切っ先をボクたちに向けていた。

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