はじめての空想科学迷宮 ~異次元人のおねえさんに見初められたボクは死ぬらしい。「嫌ならダンジョン攻略しなさい」って無茶言わないでよ!
第1話 寝起きで触手のバケモノに抱きつかれました。景色もぐちゃぐちゃだし気持ちわる……
第一章 ハローブレーンワールド
第1話 寝起きで触手のバケモノに抱きつかれました。景色もぐちゃぐちゃだし気持ちわる……
目を覚ますと、見覚えのない景色が広がっていた。というより、現実とはとても思えない光景だった。
建物らしき灰色や茶色の大きな影、地面、空、目に映るすべてが極彩色で膨張したようにぼやけている。
膨らんだ風船のように丸い? と思えば水のように滲んでいる? そして次の瞬間にはウニのようにとげとげした何かに変わっている。
ともかく、形が一定じゃないのだ。認識しようにもできない。見ているだけで頭が痛くなってくる。
色とりどりの絵具の中に溶けていくような感覚。四方から何かに押しつぶされる錯覚に陥る。どこかの部屋の中なのだろうか?
「うう、気持ち悪い……」
「縺ゅ?∫是迴?縺上s縺?繧医??溘??螟ァ荳亥、ォ縺九>?」
頭を抱えていると、背後から何かの声がした。得体の知れない言語だが何かを話しているということは不思議とわかる。声はしっかりと聞き取れるのに言葉はノイズが混じったように判然としない。
「ぅあ、だ、れ……? ひぃ!!」
振り返ると、そこにはおそらく人型のナニカがいた。他と同様に全身が不定形で、まるで轢かれてぐちゃぐちゃになった死体みたいだ。手足は触手のように長く伸びている? 頭部と思しき箇所は異常に大きく二つの真っ暗な穴がボクに向けられている。多分、あれが目なんだろう。
信じがたい光景に呆然としていると……
「繧?▲縺ィ莨壹∴縺溘?ょァ九a縺セ縺励※?」
「うわああああ!!」
目の前のナニカはボクに抱き着いてきた。触手のような両腕が体に絡みつく。
「ば、ばけもの! 触るなあ!!」
ボクは無我夢中でナニカを突き飛ばして後ずさりした。ナニカは首(なのだろうか?)をかしげている。
「縺ゅ?縲√◎縺?□縺」縺溘?ょ菅縺ョ谺。蜈??險ュ螳壹↓蜷医o縺帙↑縺?→」
ナニカは触手同士をぶつけて頭部を上下に揺らし始めた。そして、ズルズルと横に移動して何かをいじり始める。
「縺薙l繧偵?√%縺?@縺ヲ窶ヲ窶ヲ」
一体、こいつは何をしているのだろうか? に、逃げないと……!
踵を返そうとした瞬間、異変が起きた。眼前の景色が一瞬にして馴染みのあるものに変わったのだ。
周囲は灰色の壁に覆われていてやはりどこかの部屋にいることがわかる。ひとつしかない窓からは青空が見えていた。どこか近未来的なビル状の建物も見える。
周囲を見回すと様々な電子機器が置かれていた。何かの研究室なのだろうか。奥にはSF映画とかで出てくるような大きなドーム状の機械が設置されている。そのドームから伸びる太いケーブルをたどっていくとこれまた巨大なパソコンにつながっていた。薄紫色のミディアムボブを揺らめかせて女の人が操作している。20歳くらいのおねえさんで、妙にメカメカしいボディスーツの上にゆったりとした上着を羽織っていた。
「これでよしっと」
黒いスーツのおねえさんはボクの方を向くとにっこり笑った。
「よし、これで君と話せる! ワタシの言葉わかるよね?」
さっきから状況がなにひとつ分からないけど、とりあえず頷いておこう。
「やったー!!」
おねえさんは両手をあげてピョンピョン跳ねている。そこでボクは気づいた。おねえさんが立っている場所はさっきまでナニカがいたところだ。そして……
「その声……、川で話しかけてきた人ですか?」
おねえさんは顔を輝かせてボクに詰め寄ってくる。
「そうだよ~! よく気づいてくれたね! 嬉しいなあ……」
おねえさんは両頬に手を当ててうっとりとした表情を浮かべていたが、はっとしたように目を見開いた。息が聞こえるほど大きく深呼吸している。息を吐き切って小さく「よし」と呟いて話し始めた。
「改めて、初めまして。早乙女琥珀くん。まずは……自己紹介かな? ワタシはアズ・ミグシーン、アズおねえちゃんって呼んでもいいよ」
「アズ……さん? もしかして、さっき抱き着いてきたのもあなたですか?」
アズさんは眉を下げて少しがっかりした様子だ。でも会ったばかりの人をおねえちゃんとは呼びにくい。それにアズさんは得たいが知れなすぎる。
「おねえちゃん……。ま、今はそれでいいか。そうだよ、さっきは再設定を忘れていたから君は正しくこの世界を認識できなかったんだ。ごめんね」
「再設定? どういうことですか?」
「そうだねえ、この世界は君の……えっと、コハくんって呼んでもいいかな?」
上目遣いで顔を赤らめたアズさんの表情に思わずドキッとする。いやいや、さっきまでばけものに見えていた人だぞ。でも近くで見たアズさんの顔は整っていて……正直すごく綺麗だ。
「別に、いいですよ」
「ほんと! やった……。えっとね、ワタシの世界はコハくん……のいた世界とは次元が違うんだよ」
「次元が、違う? たとえですか?」
「そうじゃないよ、本当に次元が違うんだ。コハくんにとってここは上の次元だからそのままじゃ正確に認識することはできない。だからこの世界に合わせて再設定する必要があったんだ」
「なるほど?」
「まだ、飲み込めていないようだね。じゃあブレーン宇宙論は知っているかな?」
「ぶれ……? なんですかそれ?」
「えっとね、ブレーンって言うのは膜って意味なんだ。簡単に言うとこの世界はいくつもの膜が重なってできていて……」
アズさんは滔々と説明しているが、何を言っているのか全然わからない。
「あはは、難しいよね。ともかく、今見えているものが正しいこの世界の姿だから安心して!」
アズさんはドヤ顔でグッドサインをしているが信じて良いのだろうか。とりあえず話を合わせておこう。
「そう、だったんですね。ばけものなんて言ってごめんなさい。アズさんはぐちゃぐちゃに見えていたので……」
「とほほ……自分のせいとはいえ傷つくなあ」
アズさんは両腕を垂らしてしょんぼりとしている。その様子は普通の人間と変わらないように見えた。本当にばけものに見えていただけだったのかもしれない。
「あ、そうだ! 君のために用意した部屋があるんだ。来て来て!」
ボクの手を掴んでアズさんは扉までずんずん歩いていく。ボクはされるがままついていくしかなかった。いかにも厳重そうな両開きの鉄扉の前に立たされる。
「この扉だ、さあ入ってくれ。遠慮することはないぞ」
両肩にアズさんの手が置かれた。やさしく包み込むような感触なのに得体のしれない不気味さも感じる。ぐちゃぐちゃのナニカの残像を振り払いボクは扉に手をかけた。
もう、どうにでもなれ!
「わ、わあ」
思いのほか扉は簡単に開き、ぬいぐるみが無数に置かれた子供部屋が目に飛び込んできた。壁一面に置かれた本棚には漫画がびっちり収められている。反対側の壁には映画館みたいに大きいテレビが埋まっていて、モニターの前には数えきれないほどゲーム機が並んでいる。ボクが欲しかった最新機種から見たこともない本体まである。
「すごい! これ遊んでいいんですか!」
「ふふ、もちろんだよ」
「やった~! どれから遊ぼうかな、やっぱり『如く』の最新作?」
ゲーム機に駆け寄って、あれこれ物色をしていると、アズさんが隣に来てボクの顔を覗き込んだ。
「はしゃいでいるコハくんは一段とかわいいなあ~」
「あ、ごめんなさい。ずっとやりたかったので……」
「ううん、いいんだよ~。コハくんが喜んでくれてアズおねえちゃん嬉しい」
アズさんはにこにことボクの頭を撫でている。夢のような部屋と優しいアズさんに、さっきまで怯えていたことも忘れてボクはすっかり身をゆだねていた。
「こんなにあったら遊びきれないよ~」
夜の街を背景にヒーローが映ったパッケージからディスクを取り出して本体に差し込み、コントローラーを手に持つ。
たくさんのゲーム機に囲まれてボクはなんて幸せなのだろうか。
「ふふふ、大丈夫。コハくんは死ぬまでここで暮らしていいんだよ?」
「死ぬまでって、そんなにいるわけにはいかないですよ~」
「え? うん、コハくんはあと1年しか生きられないからね」
……は?
アズさんはなんら取り立てた様子もなく告げた。
「1年ってどういうことですか!」
手に取っていたコントローラーを放り出してアズさんに掴みかかる。アズさんはきょとんとしてボクを見つめた。
「わわ、落ち着いてよ。別の次元に長くいるとね、だんだん体が壊れていくんだよ。まあ、1年コハくんと一緒に居られればワタシは十分だから!」
アズさんは屈託のない笑顔を浮かべた。ああ、この人は、やっぱり人間じゃないのかもしれない。
「そんな、ボクはどうするんですか。元の世界に帰してくださいよ!」
「えー? 連れてくるの結構大変だったんだよ? それにこっちの世界は楽しいよ。最期まで遊ぼうよ」
「いやです! だって死んじゃうんですよね!?」
「と言われてもねえ、元の次元に帰るのはちょっと難しいんだよ」
「そんな……。まだ、死にたくない……、やだ、こわい、死ぬのは、やだよ……」
堰を切ったように涙があふれて止まらない。視界は滲み、ぼやけたアズさんの姿にお姉ちゃんが重なった。そういえば、こっちに来る前、最後に見たのはお姉ちゃんの悲しそうな顔だった。突拍子もない出来事の連続で忘れていたが、みんなはボクを心配して探し回ってくれていたんだった。
「うっ……会いたい、会いたいよお」
ボクは悪い子だ。あんなに鬱陶しいと思っていたのに、今はどうしようもなくお姉ちゃんたちに会いたい。ボクは声を出して泣きじゃくった。
「あわあわ、泣かないで……ごめん、ごめんよ」
アズさんは優しくボクを抱きしめた。ボクの顔はアズさんの豊かな胸に埋まり花畑のような良い匂いが鼻腔をくすぐる。ほんの少しお姉ちゃんの面影を感じてなぜだか罪悪感を覚えた。
「そ、そんなに帰りたいのかい?」
「っうう、はい。かえりたい、です」
「うーん、残念だけど仕方ないか。コハくんが悲しむ姿を見る方が嫌だからね。一応、あるよ? コハくんの世界に帰る方法」
「本当ですか! それってどうすれば!?」
顔をあげてアズさんの顔を見る。息がかかるほどの至近距離で綺麗な顔が妖しくほほ笑んだ。
「ダンジョンをクリアすればいいんだよ」
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