第165話 子供の我がまま

 5階へ降りると開けた空間が広がる。

 古びた墓地が時に倒れており、あちこちに武器を持った骨がさまよっていた。

 二人が扉をくぐると目のない視線が一斉に向けられる。

 迫りくる骨の群れを、アルフレッドが切り込んで道を作っていき、足を引きずりながらレーガンがそのあとに続く。レーガンの実力は確かなもので、自衛だけではなくアルフレッドの身に迫る危険をすべて的確に排除していく。

 アルフレッド自身、多少無茶をしてもカバーしてもらえるとわかっているからこその突貫だ。目的は大勢の弱い敵と対峙することではなく、乗り越えなければならない強敵を探すことだから、この進み方が一番効率が良かった。


「数が多いな」

「でも弱い」


 墳墓に来てからの敵は質より量といった感じになってきている。

 この調子だとフィールドが広くなっただけで、大した訓練になりそうにない。


「正面にまっすぐ進んでいくと、巨大なスケルトンが現れるそうだ。その骨の硬度は鉄にも匹敵するほどで、退治には苦労するだろう。それほど恐ろしい敵だとは聞いていないが、どうしても無理なら撤退も考えてくれ」

「…………わかった」


 いつだって自分より強い相手に、死ぬような思いでかじりついて成長を続けてきたアルフレッドは、強くなりたい癖に軟なことを言うなと思いながら返事をする。

 間違ったことは言ってないけれど、また反発心が心の奥底から湧き上がってくる。

 アルフレッドには嫌いなものがたくさんある。

 それがつい反発心として表に出てきてしまう。

 大人、自分より強いやつ、自分勝手なやつ、弱いくせに偉そうなやつ。生き汚くて馬鹿で大事な友人を殺してしまうようなやつなんて特に大嫌いだった。

 どこかで死んでしまえばいいと思う反面、どうしても勇者にならなきゃいけないとも思う。

 自分の身を犠牲にしてでも誰かを助けられるような人が、アルフレッドの理想だ。

 だからこそ自分の都合ばかり優先している自分も嫌いだし、隣で戦うレーガンにもあまり好感はもてない。


 『私たちは似た者同士なのかもしれない』


 レーガンの言葉は自己矛盾だらけでわき目もふらずに走っているアルフレッドの胸にしっかりと突き刺さっていた。

 そうだと思いながら、そうじゃなければよかったのにと思う。

 

 八つ当たりの様に振られた剣がスケルトンを破壊し、かけらを踏みつけながらアルフレッドは走る。

 こんなのが相手では成長もできない。


 そうしてたどり着いたボス部屋には、確かに巨大なスケルトンが待ち受けていた。

 真っ黒な骨で構成されたスケルトンは身の丈9メートルはあろうかという巨体で二人を見下ろす。

 大きいというのはそれだけでアドバンテージだ。

 鈍重そうな体がごとりと動き、他のスケルトンと同じく真っ黒な眼孔がアルフレッドを捉えた。


 ギャルルと、何か硬いものがこすれると音がして腕が振るわれる。

 普通の人間の構造とは違って、骨のつぎはぎで作られた腕は、想定の数倍長い射程を持っていた。そして見た目に反して素早いその動きは、鞭のような軌道をもって、アルフレッドの意識のはざまを突いた。

 回避しなければならない一撃。

 しかし間に合わないことを悟ったアルフレッドは、何とか防御体制を取ったが、同時に自分の死を悟った。

 空気を切る音はボススケルトンの十分な質量と速度を示している。

 冷静に考えて受け止めていい攻撃ではない。

 つぶれたトマトのように壁にたたきつけられることを確信したアルフレッドが覚えた感情は、恐怖。それから、僅かな安堵だった。


「ボーっとするな!」


 思わぬ方向から衝撃が走り、備えていたからだが突き飛ばされる。

 身震いするような風切り音が体の上を通過。

 突き飛ばされながらも目を開けていたアルフレッドが見たものは、ボススケルトンの指先がかすり、駒のように回転しながら飛んでいくレーガンの姿だった。


 ボススケルトンの腕は通過した先の壁に突き刺さり、間抜けな動きで手を引き抜こうともがいている。

 立ち上がったアルフレッドは、即座にレーガンに駆け寄りながら叫んだ。


「何してんだよ!!」


 もううんざりだった。

 自分の周りで人が死ぬのは嫌だった。

 嫌いな奴だとか好きな奴だとか、そんなのどうでも良くて、自分が無力なせいで人を殺してしまうことが心の底から嫌だった。


「……逃げろ」


 引きずっていたレーガンの左足はもうそこにはない。

 ただ地面に血の海を作るばかりである。

 アルフレッドはすぐさま自分のズボンを剣で割いて、レーガンの足に巻き付けて出血を止める。


「あんた強くなるんじゃなかったのかよ! 俺のことなんか助けてんじゃねぇよ!」

「……お前が死んだら、どうせ私は足を治してもらえないだろう。助けきれなかった私が悪いんだ。お前まで死ぬことはない、逃げるんだ」

「うるせぇ! 黙れ! 死ぬな!」


 こんなはずじゃなかった。

 多少無茶をしたところで、自分の方が弱いのだから、死ぬのは自分だけのはずだった。足手まといの自分さえ死んでいれば、レーガンの方が強いのだから逃げられるに決まっているのだから。


「違う、こんなの違う! 死ぬな、絶対死ぬな! 俺の前でみんな勝手に死ぬな!!」


 ボコりと腕が抜けて、暗い眼光が再び二人を捉える。

 囮になるように前へ飛び出していくアルフレッドを見て、レーガンは二人とも助からないであろうことを悟った。

 半分目を閉じてその姿を見送っていると、アルフレッドの体がほのかに光る。

 レーガンはいよいよ目も駄目になったかと自嘲の笑みを浮かべた。思いのほか早かったなと、ぼんやりと見つめていると、その光はますます強くなっていく。


 振られる巨大な骨の手。

 アルフレッドが懐に入っていったせいで、その勢いは先の一撃ほどではない。

 それでもたった13歳の子供一人ひねりつぶすのには十分な威力があるように思われた。


 悲しみなのか怒りなのか、よくわからない慟哭と共に振り下ろされたアルフレッドの一撃が骨の手を迎え撃つ。

 光が爆ぜた。

 骨の手が爆発したようにはじかれ、アルフレッドの体も反対側へと転がっていく。

 どちらもすぐに立ち直り、再度接触。

 同様に光の爆発。


「なんだこれは……、夢なのか……?」


 繰り返される理解しがたい光景に、レーガンは咳き込みながら呟いた。

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