第166話 変わらぬ性質

 ありえない光景を目の当たりにしたレーガンだったが、アルフレッドが巨大なスケルトンの攻撃を再び凌いだのを見て叫ぶ。


「逃げろ!」

「嫌だ!」

「どうせ俺は死ぬ、早く逃げろ!」

「うるせぇ、死ぬな!」


 レーガンは謎の覚醒を見ても、頑張れとか、場合によっては助かるのではないかという希望を抱かなかった。

 その力を持ってもなお、アルフレッドが巨大なスケルトンを討伐する未来が見えなかったからだ。

 力に振り回されている。

 一撃を凌ぐたびに、アルフレッドの体に負荷がかかり、骨が軋んでいるのがわかった。

 それでも今ならばまだ生きて逃げられる。

 レーガンを見捨てれば、アルフレッドは逃げることができるのだ。


 レーガンだって勇者の話は知っている。

 もしアルフレッドが本当に勇者なのだとしたら、少なくとも自分のために落としていい命ではないと考えたのだ。

 それでも頑なに逃げ出そうとしないアルフレッドに、レーガンは仕方なく、腕に力を込めて這いずるようにして自身の体を撤退させることにした。

 戦いに加わることはできない。

 ならばレーガンのできることは、退避して安全を確保することで、アルフレッドに撤退という選択肢を与えることくらいだ。

 あの謎の力が、自分を生かすために発揮されているのだとすれば……。そんな思考が、レーガンから自害の選択肢も奪っていた。


 どうやら転がされた拍子に肩が外れてしまったようで、右の手には力が入らない。左腕一本で鍛えぬいた重たい体をずるずると引きずって撤退を続ける。

 振り返って確認せずとも、剣と骨がぶつかり合う音が聞こえているうちは、アルフレッドも生きているということだ。

 あまりの情けなさに思わず涙と鼻水がこぼれ落ちたが、レーガンにそれを拭う術はなかった。


 元々致命的な傷を受けていたレーガンは、這いずりの途中で時折意識を飛ばす。しかし、目が覚めるたび、まだ戦いの音が聞こえてきて、まだ自分も休むわけには行かないと、気力だけでまた動き出す。

 どんな理屈なのか、巨大なスケルトンが出た時点でこの階層のすべての魔物が消え失せたおかげで、レーガンはかろうじて命を繋いでいる状況だ。

 もはや幾度も意識を失ったレーガンには、あれからどれだけの時間が経ったのかわからなくなっていた。

 まだアルフレッドは生きている。

 ならまだ自分も逃げなければいけない。

 口の中にある砂利だか歯のかけらだかわからないものを吐き出して、レーガンがまた這いずり出した時、頭上から声が降ってきた。


「先生、この怪我は……!」


 ほんの少しだけ顔を上げると、どうやらレーガンは這いずったまま5階の入り口までやってきていたことがわかった。

 レーガンの視界に入ってきたのは三人六本の足。


「アルフレッド、が……」

「くそ、あの馬鹿……!」


 その中でも一番小さいものが何か毒づいて走り出す。


「ちょっと待ちなよ! あぁ、もう!」


 続いて聞き馴染みのある声。

 話し方には焦りが見られるが、それは同僚であるクルーブの声であった。

 つまり、レーガンとアルフレッドが勝手に遺跡に潜っていたことがバレたのだ。とんでもないことだと冷や汗を垂らすべきことであるはずなのに、レーガンは少しだけホッとしていた。

 大きな影がしゃがみ込み、緩みかけていた止血のための布を再び強く締め直す。声を上げることも辛くなっていたレーガンは激しい痛みにもわずかに呻いただけであった。


「レーガン先生、いいですか、話を聞きたいので絶対に死なないでください」


 膝をついて顔を掴み目を合わせてきたのは、瞳に怒りと悲しみが混ざり合ったようななにかを宿したアウダスである。すぐに2人を追いかけて足音が走り去る。

 レーガンはぼやけた視界の中で、まっすぐなあの男らしいなと場違いなことを考えながら、また意識を失った。


***



 意味がわからない。

 まともに対応していれば、あの2人なら5階はなんとかなったはずだ。

 万が一のこともあると思って、クルーブとアウダス先輩が合流するのを待って急いでやってきたけれど、まさかレーガン先生があそこまで酷い怪我を負っているとは思わなかった。

 頭の中が真っ白だ。

 実力のある先生があれでは、アルフレッドは、と思ったが、どうやら何かが巨大なスケルトンと戦っている。

 レーガン先生の服についた血は、ところどころ乾きかけていた。つまり、あのスケルトンを長時間相手している誰かがいるってことだ。


 混乱しながらの現状の把握に努めていると、レーガン先生が途切れ途切れの小さな声でアルフレッドの名前を呼んだ。


 直感的にわかってしまう。

 なんだか知らないが、きっとあそこで戦っているのはアルフレッドだ。

 自然と口から言葉が漏れて足が動き出していた。

 自分でもよくわからないくらい、いつの間にかだった。


 馬鹿でどうしようもなく勝手だけど、アルフレッドはまだまだ子供だし、死んでいいと思えるほど嫌なやつじゃない。

 また首を突っ込んで死ぬのかと、頭の中の冷静な俺が呆れた声を出した。ぼやけたネオンを眺めたまま冷たくなった俺は、次こそ天寿をまっとうして死ぬつもりだった。

 今だってそのつもりだ。

 大事なものができたし、まだまだやりたいことだってある。


 駆けつけたところにいたのは、満身創痍で床に転がったアルフレッドだった。間に合わなかったのかって思ったけれど、アルフレッドはふらつきながらも両膝を地面に突き立ちあがろうとする。

 そこへ巨大なスケルトンがカラカラと歯を打ち合わせて音を立てながら、巨大な腕を振り下ろす。


 自分の身を盾にすれば逃すことができるか。

 間に合うか微妙なところだ。

 ミスったら死ぬ。

 『死んでも馬鹿が治らないのか?』って頭の中で前世の俺がヘラヘラ笑った。


 でも今この瞬間。

 カッなっている俺の体はもう動き出していたし、頭の中では今の俺が、賢ぶって格好つけてる昔の俺に向かって『それどころじゃねぇんだよ』って怒鳴りつけていた。

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