第164話 いびつなコンビ
夏休みに入ったけれど、学園に残って生活する者もいくらかはいる。
アルフレッドはその特例者の一人だった。
表向きは教会に育てられたことになっているアルフレッドは、休みになったとしても帰る場所がない。彼が育てられた孤児院という名の勇者育成機関は、アルフレッドが独り立ちした時点で解体されてしまっているからだ。
お金を持っているわけでもないので、教会の支援がなければ外で暮らすのは難しい。
では長期休みの間だけでも探索者をすればいいじゃないか、という話だが、これも教会からは禁止されていた。無茶をするタイプの性格であることは見抜かれているし、育ちがあまり良くないので、トラブルをたくさん起こして一般民衆に良くない認知をされても困る。
教会にとって学園は、アルフレッドをしかるべき時まで閉じ込める監獄のようなものである。
とはいえ、アルフレッドの要望をすべて無視して、いざという時に言うことを聞かないというのも困る。そのため、聖女ユナを通してガス抜きのように願いをかなえるシステムを構築していた。
学園内にあるダンジョンに潜り込むことも、その施策のうちの一つである。
アルフレッドの迂闊な言動なせいで、思ったよりも警戒されてしまい実行が難しくなったが、一度できると言ったことを撤回すればアルフレッドの教会に対する不満は大きくなるだろう。
何とかして一度だけでもという話で決行されたのが、今回のダンジョン潜入であった。
警備の兵を昏倒させ、アルフレッドを先導するようにダンジョンに入り込んだのは、学園の剣術教師であるレーガンであった。
元来生真面目な性格をしているレーガンは、この話を受けることに随分と悩んだのだが、交換条件があまりに魅力的すぎた。
タイムリミットは朝日が昇るころまで。
多少無理をしてでも強行突破すれば、5階にある墳墓型の階層くらいまでは行って帰ることくらいできる計算だった。
実際は資料を見ただけなので細かいことがわからないので、5階の探索は適当なところで切り上げればいい。わがままな少年の自尊心を少しでも満たしてやれれば、その頃には言うことを聞いて帰るだろうと、レーガンは高をくくっていた。
アルフレッドの腕は悪くなく、実際5階にたどり着く辺りまでは順調だった。
アルフレッドはダンジョンに入る前からずっとレーガンの言うことに黙って従っていた。
アルフレッドが協力者がレーガンであることを知ったのはつい昨日のことだ。
自分でお願いした癖に、教師であるレーガンがそんなことをしていいのかという不信感から、やや警戒しながらのダンジョン探索だった。なにせアルフレッドは自分を育ててきた組織が、必要のないものを平気で殺すことを知っているからだ。
自分はいずれ勇者になるのだから大丈夫なはずだが、少なくとも現状では自分よりレーガンの方が強いことも理解している。
いざダンジョンに入ってからも警戒は続けていたが、やはりレーガンの剣の腕はいいし、少しでもアルフレッドの動きに良くない部分があれば、フォローし、落ち着いたところでそれを指摘する。
アルフレッドは素直に返事こそしないけれど、次に同じようなことになった時、きちんと注意されたことを守って戦っている。
そんな風に数時間一緒に過ごした結果、二人は互いの評価を少しずつ上方修正していった。
結果、5階へ降りる前の休憩中、ようやく心を少し開いたアルフレッドがレーガンに話しかける。
「先生は、なんでこんなこと引き受けてくれたんだよ」
レーガンはもともと余計なことを話すつもりもなかったし、ずっと警戒されていたのでアルフレッドからは嫌われているとばかり思っていた。だから話しかけられて一瞬パンをかじろうと動かした手を止めた。
そうして、少しばかりシンパシーを覚え始めたアルフレッドに対して、レーガンは自分の事情を語る。
「……私は、強くなって国のために戦うことを生きがいとしてきた」
呟いてからぱしりと、自分の怪我をした足を叩く。
「そう、思っていた。怪我をして騎士を続けることが難しくなった時、何をしたらいいのかを考えた。国のためになることは何だろうかと悩み、後身の育成をすることこそそれにあたるのではないかと教師になった。……だがどうやら違ったようだ」
「どういうことだよ」
「……私は、もっと強くなりたかっただけだった。強くなることが楽しかっただけだった。国のために強くなるのではなく、強くなるために国で働いていたのだ。だから、この足を治したい。君に協力すれば、教会は優先的に治癒魔法使いを私に回してくれるとのことだ」
「……そうかよ」
何かもっと、使命だとか、約束だとか、そんなものが飛び出してくることを期待していたアルフレッドは、少しだけがっかりした。がっかりした自分の気持ちもよく理解できなかったが、自分とは少し違うと思ったからだ。
死んでいった友人に託されたから。守らなければいけないものがいるから。
傍から見ればどちらもただの我がままでしかないけれど、アルフレッドにとっては、レーガンの理由は自分とは似て非なるものに聞こえたのだ
軽食を飲み込み立ち上がったレーガンは、剣を杖に立ち上がると、足を引きずって階段を下り始める。
「君も強くなりたいんだろう? 私たちは似た者同士なのかもしれないね」
レーガンの言葉に、アルフレッドは返事をすることが出来なかった。
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