第161話 一応御注進

「確かにそれはかなり怪しいけどさぁ、鍵がないとダンジョンの入り口は開かないよ?」

「それにしては、必ずダンジョンに入れる前提で話していた気がします」


 アルフレッド君のことを話しに行くと、俺はそのままクルーブの下へ通された。

 他の先生方は、クルーブの見た目が子供っぽいおかげか、随分とかわいがっているようだ。

 おばあちゃん先生がニコニコと笑って「クルーブ君、お友達ですよ」と声をかけていた。

 外ではちゃんとクルーブ先生って呼ばれているのにな。

 お前の扱い生徒とあまり変わらないぞ。


 クルーブの部屋は、床に紙が落ちているし、テーブルには本や生徒のものと思われる提出物が積み重なっている。

 割ととっちらかっているのに、ローブや杖などの魔法道具、それに持ってきているルドックス先生の本だけはキッチリと整理整頓されているのが、実にクルーブの部屋らしかった。


「僕以外にも戦うことのできる先生が数人持ってるんだよねぇ。そっちに動かれちゃうと、僕としてはどうしようもないかなぁ?」

「戦うことが出来るというと……この間一緒に来てくださったレーガン先生とストーンズ先生とかですか?」

「そうそう。あの二人は持ってるね。どちらかがアルフレッド君と特別親しくしている様子もなかったけど……」


 クルーブはソファで足を組み、唇に指をあて、名探偵のようなポーズで考え込む。 

 格好をつけたところでクルーブは、シャーロックホームズではなく、頭脳は大人見た目は子供系探偵に近い気がする。


「というか……、ルーサー君が素直に引き受けてれば入るタイミングはわかったんじゃない?」

「まるで断ったのが悪いみたいな言い方ですね」

「んー、優等生のルーサー君には無理かぁ」


 お、なんだこいつ、今俺の方を見てため息をついたな?

 でもそれはもうイレインに言われた後なので、反省済みのことだ。

 反抗しても不利になることはわかり切っている。


「そうすればよかったと反省しています」

「ん? 素直だね、どうしたの?」

「既にイレインに同じことを言われましたので」

「ああ、君たち仲がいいね。こっそり逢引きしてるんだ?」

「その言い方やめてくれませんか?」

「いいじゃない、許婚なんだから」

「どうなるかわからない約束です」


 クルーブは時折冗談めかして俺とイレインの仲をくっつけようとする発言がある。

 俺もイレインも、ダンジョンでクルーブと三人だけでいる時はわりと遠慮なくしゃべってきたから、関係性は理解している癖にこれだ。


「……クルーブこそ、最近ミーシャとはどうなんです?」

「え、休みに会ってるよ?」

「仲良くやってるんですか」

「……あってる間の7割くらいは、ルーサー君の学校生活に関して報告してるだけだけどぉ? 愛されてていいよねぇ! 僕の話はあまり聞いてくれないのに!」


 立ち上がったクルーブは俺に寄ってきて髪の毛をぐしゃぐしゃに撫でまくってくる。不敬な奴め、今度ミーシャに言いつけてやる。


「付き合わないんですか?」


 ミーシャの年齢を考えると、そろそろ身を固めるのも悪くないはずだ。

 クルーブは俺の頭をかき回すのをやめると、隣にどっかりと座る。


「僕が何もしてないとでも言いたげだねぇ」

「なんだかクルーブ先生って軽薄ですし」

「失礼だなぁ! 何度も告白してるよ!」


 意外だった。

 こいつ結構ふらふら遊んでるイメージあったのに、何度もって言うくらいにはミーシャのことちゃんと好きだったのか。

 いやいや、騙されちゃいけない。

 ミーシャは大事な俺の家族だ。


「……そんなこと、色んな人にしてるんじゃ?」

「え、何なの? 僕ってそんなに遊んでるイメージあるの?」

「綺麗なお姉さんに会うとすぐ寄ってくじゃないですか」

「あれは情報集めてるだけだしぃ?」

「へぇ、そうだったんですか」


 嘘だね。

 いつも顔がデレデレしてるもん。

 俺が疑っていることに気づいたのか、クルーブは不満そうに「本当だってば」と唇を尖らせた。

 そして流し目で俺を見て続ける。


「……そんなに気になるならルーサー君からも何とか言ってやってよ。最近ついに、君が結婚するのを見届けたら考えるとか言い出したよ?」

「……もしかして、遠回しに振られているのでは?」


 ミーシャは俺のこと大好きで、いつだって一番に考えてくれるけど、とても賢い女性だ。流石にそんなわけのわからないことを言い出すとは……、いや、言うか? もしかしたら言うかもしれない。


「ルーサー君、愛され過ぎ。もし結婚してもあの子、僕のことより君のこと優先するよ?」


 そっか……。

 ミーシャは流石だなぁ。

 夏休みの間は、絶対に顔出してしっかり時間を取って話をしよう。

 遠慮されるかもしれないけれど、どこかで良い櫛とか買ってお土産にしようかな。


「顔」

「……なんですか?」

「緩んでるけどぉ? ルーサー君も大概ミーシャさんのこと好きだよね」

「まぁ、そうですね。……まぁ、クルーブ先生だったら特別ミーシャの伴侶として認めてあげてもいいので、ちょっと頑張ってください。結婚の件は……今度ちょっと話しておきます」


 ミーシャにも困ったものだなぁ。

 ……嬉しいけど。


「とりあえずさぁ、僕もさりげなく鍵持ってる先生たちを牽制しておくから、ルーサー君もアルフレッド君見張っといてよ。やっぱり一緒にダンジョン入る、とか言ってくれるとなおいいけど」

「何で心変わりしたのかって疑われません?」

「そこはそっちで適当にやってよ。生徒のことはよくわからないし」


 確かにそれはそうか。

 夏休みに入っちゃうと、どうしても会う機会も減るんだよなぁ。

 俺が平民用の男子寮を尋ねるのもかなり変な話だし……。


「ああ、でもそうだなぁ……。あの子ならやるって言ったらやるよね」

「どうしてそう思うんです?」

「妙に脅迫的に執着してるって言うか……。ああ、ちょっとルーサー君にも似てるって、僕は思ったなぁ」

「……そうですかね」


 俺の返答がお気に召さなかったのか、クルーブはむかつく表情で肩を竦めてみせるのだった。

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