第162話 居残り

 長期の休みになると、特に理由のないものは帰省することが多い。

 先生が話している間にも浮ついた生徒たちがお喋りを続けていて、注意事項なんかはさらっとスルーされている。


 あれから何度かアルフレッド君にコンタクトを取ろうと努めてみたのだが、けんもほろろに断られてしまった。気が変わってしまったのか、それとも考えが変わったのか。もしかすると危ないことをしないように監視をしたいという下心を見抜かれている可能性もあるか?

 そこまで察しがいいタイプには見えなかったけれど。


 なんにしても上手くいってないのは事実だ。

 明日以降の休みでは、俺も家に帰るつもりでいたけれど、アルフレッド君のたくらみを聞いたうえで知らん顔するわけにもいかない。

 なんだか面倒くさい奴だなとは思うけど、相手はまだまだ子供だし、大事な人を傷つけられたわけでも馬鹿にされたわけでもない。見捨ててしまうには嫌い度が足りなかった。

 クルーブが俺に似てるなんて言うから、余計に気になってしまっているのもあるかもしれない。


 この間の言い方だと、すぐにでもダンジョンに飛び込んでいきそうだから、見張りもそこまで長くなったりしないだろう。一応クルーブから鍵を持っている人たちにはそれとなく話がされている上、夏休みになれば警備も立ててくれるらしい。

 一週間くらい経っても何も行動に移さないようだったら、俺も流石に家族の下へ戻るつもりだ。父上も母上も、可愛い下の妹弟も、ミーシャだって俺の帰りを首を長くして待っているはずだ。

 そうであって欲しい。

 意気揚々と帰って冷めた顔で迎えられたら俺は多分すごく傷つく。そんなことはまずないと思うけれど。……ないよね?


 とにかく俺は注意事項をぼんやりと聞き流し、皆が教室から出ていくのを待ってゆっくりと立ち上がった。動向を気にすると言っても、これだけたくさんの生徒がいる間に後をつけるような間抜けな真似をするつもりはない。

 これからは毎日クルーブの下へ通って、ダンジョン前で訓練をしたり、ダンジョン用に用意されている備品のチェックなんかをする予定だ。

 「どうせやることもないんでしょ?」と胸に刺さる余計な一言をくれたクルーブは、俺に友達がいないとでも思っているらしい。

 確かに表立ってつるんでるのはヒューズだけだし、奴は一足先に領地へと帰っていった。授業がないのならばさっさと帰って来いというオートン皆殺し女伯爵様の鶴の一声に従ってのことである。

 「俺、まだ帰りたくないよ……」と、目を潤ませながら俺に言ってきたけれど、可愛い女の子ではないことにくわえ、オートン伯爵閣下がとても恐ろしいので、苦笑するだけにとどめて置いた。

 悪いなヒューズ。お前のことは忘れないよ。


 まぁ、一応名誉のために俺に友達がいないのは立場などの問題であって、俺自身に大きな問題があるわけではない。クルーブにはそれを冷静にお伝えしたけれど「うんうんそうだねぇ」とどうでも良さそうに流された。許すまじ。


 そんなわけですっかり静まり返った構内を、あくびをしながら歩いて学内ダンジョンへと向かう。じんわりと暑い季節になったが、あまりだらしのない格好もできないのが貴族の辛いところである。

 汗は気合いで背中だけにかいて、涼しそうな顔をしてみせるのもたしなみの一つだとか。おしゃれは我慢だと聞いたことがあるけれど、貴族の我慢はそれを越えているのではなかろうか。


 いざ現場に着くと、すでにクルーブとアウダス先輩が粗末な木作りの椅子に腰を掛け、レンタル用の武器の仕分けをはじめていた。

 刃こぼれや錆がないかの確認。

 研げば何とかなるのか、ならないのか。

 芯が曲がっていないか。持ち手にひびが入っていたりしないか。

 そういった武器の管理をするのも探索者シーカーにとっては大事な仕事だ。

 武器は命を預ける相棒だ。その管理がろくにできない探索者シーカーは早死にをする。


 これまでは生徒たちを集めて行っていたようだが、今年からはクルーブが手ずから行うことにしたらしい。要所要所で命に対して真剣に向き合うところは、クルーブの尊敬できる点だ。絶対本人には言わないけど。


「遅かったねぇ」

「僕にもいろいろ付き合いがありまして」


 嘘だ。

 皆がいなくなるまで窓の外を見て黄昏ていた。

 俺が来ても作業を止めなかった二人が、顔を上げて俺の顔を見る。


「……そうだな」


 アウダス先輩の精一杯の気遣いが俺のナイーブなハートをめためたにしてくれた。

 クルーブが「くっ」と声を出して笑いをこらえたのが目の端に映る。

 ……ミーシャにあることないこと吹き込んでやる。


 やや乱暴に歩み寄って、俺のために空けてあった椅子に腰を掛け、俺は並べられた剣に手を伸ばした。


「まだ使えるのはこっち。手を加える必要があるのはあっち。駄目なのは袋の中で」

「わかりました」


 俺の登場と見栄を張った発言により、ほんの一瞬空気が緩まったがそれがすぐに引き締まる。昔の俺だったらただ面倒くさい作業に付き合わされていると思ったかもしれないけれど、今は違う。


 クルーブが、俺ならば武器の状態を見まごうことないだろうと信用してのお手伝いだ。その期待を裏切るつもりはない。

 時折ぽつりぽつりと会話をするが、互いに集中しているのは目と手先ばかりだ。


「どこが怪しいとか、ありました?」


 俺がクルーブに尋ねると、ややあってから否定の言葉が返ってくる。


「どうかな。結局ここの教師ってどこかからの推薦を受けているから、それについて調べてみたんだけどさ。一応教会からの推薦で来ていて、ダンジョンの鍵を持っているのは主任のビッツ先生だけ。だからって彼だけを疑ってもね」

「そうですか……」


 アルフレッド君の話はアウダス先輩も知っている。

 俺たちが情報交換しているのを聞いていたのか、途中で思いついたことをぽつりと口にした。


「一緒に連れて行ってやればよいのではないか?」


 確かに入りたいのならばそうすればいい。

 しかし、俺とクルーブはほぼ同時にそれに答えた。


「難しいかと」

「教会勢力だからね」


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