第160話 お目付け役

「何か、怒っているようでしたけど」


 俺を怒鳴りつけて戻っていったアルフレッド君とすれ違いに、イレインがすました顔をしてやってきた。近くまでやってくるのを待って、横並びに歩く。


「どうやら彼、ダンジョンに潜り込む気らしいですよ。誘われました」

「実力が認められたということですか。仲良くなれてよかったですね」

「断りましたよ。怒っているの見たでしょう」

「断ったんですか?」


 なんでそんな呆れたような顔しているんだよ。

 そんな無茶するやつの誘いに乗るわけないだろうが。


「何ですかその不満そうな顔は。素直に受けて、どうやって侵入するか確認した方がよかったんじゃないですか、と言っているのですが」


 ああ、その手があったか。

 計画を聞いておけばいつ侵入するかもわかるし、現場でその手段を潰すことだってできた。面食らっていたせいで、全然そんなこと思いつかなかったな。でも、まぁ……、そんなことしたらアルフレッド君の怒りはこんなもんじゃすまなかっただろうな。

 学園生活中ずっと敵対されそう。


「……あまり敵を増やしても仕方ないかと思いまして」


 実は俺だってそれくらい考えてたもんね、の意。

 イレインは横目でじっとりと俺を見てから「そうですか?」と言ってきた。

 全然俺の言葉を信じていない模様です。


「どちらにせよ、今からでもクルーブ先生にお知らせした方がいいのでは?」

「ですよね……。今日は剣の訓練は諦めるしかないですか……」


 立ち止まってため息を吐くと、イレインが俺の肩にぽんと手を置いた。


「たまには休んだ方がいいのでは? 今日だってダンジョンに潜っているんですから、気付いてないだけで体は疲れているかもしれません」

「ダンジョンに入るのは慣れてますから」


 イレインは顔を寄せて小声でささやく。


「たまにはゆっくり休めって。ミーシャさんとアイリス様に、お前が無理しすぎないように見張っとくよう言われてんだよ。お前、結構疲れた顔してるぞ。何かあったら私たちのことちゃんと守ろうって、ダンジョンで結構気を張ってただろ」

「……まぁ、多少」


 何もないとわかっていても、近くに守りたい相手がいると結構疲れるものだ。

 アウダス先輩やクルーブになら背中を預けたっていいけれど、お子様連合に関しては、俺が守ってやらないといけないって思ってる。

 イレインとクルーブの三人で潜った時は、俺もまだクルーブにおんぶにだっこだったから気にしていなかったけれど、あの集団ではクルーブの次にダンジョンに詳しいのは俺だったのだから仕方ない。


「背負い過ぎだ。私は……殿下たちだって、ダンジョンの1階に出てくるような魔物モンスターにやられやしない。少しは信用しろ」

「分かってるって」

「とにかく今日は休めよ。私とお前の仲なんだ。頼りにならないかもしれないけど、困ったことがあったら言えよな」


 そんな真剣な顔するなよ。

 ちょっと嬉しくなっちゃうだろ。


「俺の第一目標は長生きすることだし、そんな心配しなくても大丈夫だって」

「どうだか。なんかお前、危なくなったらふらっと前に出て犠牲になりそうなんだよな。自分のせいで人が死ぬのって結構しんどいんだからやめろよ?」


 そういやこいつ、俺が死んだ瞬間目撃してるんだよな。

 結果こいつも死んでこの世界に来ちゃってるわけだから、完全に犬死でしかないけど。

 その時のことを思い出しているのか、イレインは沈痛な面持ちだ。

 ま、こいつ俺がその刺されて死んだ張本人だとは気づいていないけど。


「俺が死んだら気軽に喋れる相手がいなくなって寂しいもんなー?」

「そうだよ。だから無理すんな」


 ふざけて言ったことにさらっと真面目に答えられると、なんか俺の方が恥ずかしくなるんだけど……。

 なんだよ、まったく。

 これだから元ホストは油断ならないぜ。

 

 動揺している間に歩き出してしまったイレインを追いかけて横に並ぶ。

 

「クルーブ先生に報告をしたら、今日はゆっくり休むことにします」

「そうしてください」


 丁寧な言葉遣いに戻して、つかの間のリラックスタイム終了。

 長年続けてきたから息がつまるって程ではない。

 それでも俺たちがこうして二人だけの時に言葉を崩して話すのは、かつて生きていた自分のことを忘れたくないからなのかもしれない。

 性別すら変わってしまったイレインにしてみれば、なおさらだろうな。


「そういえばイレインは、この間のテスト、一番でしたね。おめでとうございます」

「やることもなく、真面目に勉強ばかりしているので」

「やっぱり今も王立研究所に興味が?」

「ええ、まぁ。ただ、私は隣国の人間なので、今となっては入れるかわかりませんが。努力は続けるつもりです」


 そうなんだよなぁ。

 結局イレインって曖昧になっている俺の許婚ってポジションから外れると、自動的にウォーレン家の役に立ちそうな誰かと結婚させられることになる。

 イレインはそう言った面でも、殿下の計画を何とか達成したいはずだ。


「大変ですね」


 いやぁ、イレインって、つくづく難易度の高い転生したよなぁ。


「他人事ですね」


 友人とはいえ我が身のことじゃないからな。


「……最後の手段としては、お約束通りルーサーに嫁ぐことも考えています。あなたも頑張ってください」

「……頑張りましょう」

「ええ、そうですね」


 うんうん、他人事とか良くないよな。

 俺も成長したら、できればちゃんと彼女とか作って結婚したいし。

 お互いのために頑張ろうな!


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