第158話 ずるい立ち回り
レーガン先生の立ちまわしは参考になる。
実は俺は対人経験のバリエーションが少ないのだ。
基本的に身内ばかりだし、領内の兵士と手合わせするにしても、指導者が同じだと大きな型は似通ってくる。
ダンジョンにいったところで、いくらお忍びとはいえ、領家の息子っぽい奴が有名な探索者であるクルーブと一緒にいたら、まず絡んでくるようなのはいない。
対魔物だったら慣れたもんなんだけどなぁ。
ここ最近はアウダス先輩一行のお陰で、順調に成長しているつもりだけど、勉強は大事だ。
そんなわけで、堅実に生徒たちをあしらうレーガン先生の立ち回りは面白い。
血の気の多い戦い方ばかりが全部じゃないよなぁ。
あれを魔法を使わずに崩すとしたら、やっぱり足を使うしかないか。
アルフレッド君の後、次々とあしらわれていく生徒たちを見ながら、今度は先生の癖のお勉強。
とはいえ、実力差があり過ぎてそれっぽいものは何も見つからない。
ま、俺はすでに魔法の方で一応の参加をしているから、無理に剣術の方には参加する必要がないのだ。正直言ってアルフレッド君や、聖女のユナにあまり目をつけられたくない。
そう、無理に参加する必要はない。
マリヴェルとイス君が俺の方を期待した目で見つめているが、参加する必要はないのだ。
レーガン先生がぐるりと見まわしても、そろそろ挑戦者が現れなくなってきてしまった。
皆があれだけ簡単にあしらわれているのを見ると、いくら自信たっぷりな子供いえでも実力差ははっきりとわかる。わざわざ人前で恥をかくために立候補する者がいなくなったということだ。
「他にはいないかな?」
ぐるりと生徒たちを回しながら、レーガン先生がぼやくように言った。
そうしてやがて「仕方ないか」と呟いて、俺のいる方に向けて「君たちはまだだったね?」と声をかけてきた。
負けた生徒が後ろに回っていくので、いつの間にか俺たちまだ戦っていない組は、最前線の特等席までやってきていた。魔法の方を終えてから見学に来た者も多く、あまり剣術が得意でない者たちが集まっている。
「誰か我こそはというものはいないかな?」
シーンと静まり返る。
ちらちらと俺に集まる視線。
イス君、マリヴェル、殿下に俺の親衛隊君たち。
やめろやめろ、と思って目を逸らしていたが、すでに手遅れだった。
「うーん……、では君にお願いしよう。授業でもいい剣筋をしていた記憶がある」
「……はい、よろしくお願いします」
適当に負ける?
いや、あんまりな動きをして、侮られるのも困る。
というか、選ばれちゃった時点で手遅れか。
今は授業も基礎ばっかりだから、そんなに目立つことはなかったけれど、いずれ剣術を習ってきたことはばれるのだ。
視線だけを動かして、勇者と聖女コンビを探すが、今のところ端の方でイチャイチャしているようだ。
ついでに視界の端っこに入ってしまったイス君とマリヴェルをみて、俺は一度こっそりとため息をついた。
……よし、やるか。
やるからにはきっちりだ。
仮にも剣を教えているイス君や、かわいがっているマリヴェルががっかりするような姿は見せたくない。
いざ剣を構えて正面に立ってみると、レーガン先生が二回りほど大きくなって見えた。プレッシャーでそう見えているだけなのだが、逆に言えば、それだけスキがないように見えるということだ。
そんな相手に俺がとった策は……、ぐるぐると回って隙を探るでも、素早く動いて相手の体勢を崩すでもない。無防備に、ただ最速で距離を詰めることだった。
命懸けのやり取りであれば、こんなことは絶対にしない。
ただ、これはあくまで訓練だ。
俺もレーガン先生も、相手を傷つける気はない。
相手を傷つけずに制圧するには、武器をからめとるか、相手がはっきり負けだとわかる状態を作ることだ。こうして全力で突っ込んでこられると、正面に剣を構えているだけで大けがをする恐れがあるから、レーガン先生は下手に攻撃をすることが出来ない。
そして俺が剣を前に構えていないせいで、剣をからめとることは難しい。
どよめきが聞こえて、レーガン先生の目が驚きに見開かれるが見えた。
つまり意表を突くのは成功したってことになる。
こんなに訓練にもならない奇策かもしれないけれど、最終的にそれなりに結果らしきものが出ていればそれでいいのだ。
俺の実力をある程度評価してくれていたらしいレーガン先生は、ある程度しか評価していなかったからこそ、武器を正面に構えることはしなかった。
やや上段に構え、俺が振ってきた剣を迎撃しようとしている。
でも残念。
そう来るのなら、俺は剣を振る気はないんだ。
ぎりぎりまで接近すると、俺の意図に気づいたのかレーガン先生の顔が歪む。
それと同時におそらく、俺がレーガン先生の戦い方をきっちり観察していたことにも気づいたようだった。
さて、間に合うかな?
レーガン先生も前へ踏み込み、俺との距離を潰しながらつばぜり合いを仕掛けてこようとする。やはり左足を引きずっているせいか、踏み込みはそこまで鋭くない。
俺は同時にもう一段階加速し、体をひねりながら先生の横を抜けるように体をねじ込んでいく。
先生の首と視線だけが俺の体の位置を追いかけた。ほぼ服をこするようにして足元を抜けた俺は、振り返りざまに剣を振るう。
そして首元まで寄ったところで、ビタッと剣の動きを止めた。
俺の勝ち、ではない。
先生の剣がいつの間にか逆手にもたれ、追いかけてきた剣先が俺のあばらから心臓に向けてのラインでぴったりと止められていた。
本物の剣だったら相打ちだ。
最も、本気で正面から打ち合っていたら、そもそも勝ててないけど。
ずるい手を使ったとはいえ、魔法無しで剣術の格上相手に一定の成果を出せたのだから、俺の観察も中々馬鹿にしたものじゃない。
「折角ならちゃんと正面から仕掛けてほしかったんだがな」
「すみません。ずるい手を使いました」
やや厳しい視線の先生に向けて、剣を引いて頭を下げる。
するとレーガン先生は苦笑して同じく剣を引いた。
「いや、生徒に向けて大人げないことを言った。大した腕だ」
「……先生の腕を信頼したからこそできた無茶でした。正面からではまだまだ相手になりません。ありがとうございました」
もう一度頭を下げて集団に戻ると、俺のことを期待して見ていた皆が、キラキラした目を向けてくれていた。どうやら期待に応えるくらいのことはできたらしい。
代わりにアルフレッド君がものすごい形相で俺のことを睨んでいた。
どうやら俺は、アルフレッド君にいけ好かない奴だと認知されてしまったようである。
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10/4
拙作『私の心はおじさんである』のコミカライズ1巻が発売になります。
もしよかったらお手に取っていただければ嬉しいです。
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