第157話 二人の勇者候補の現状
レーガン先生は華麗、というよりもものすごく地力のありそうな堅実な動きで、自信たっぷりの子供たちを捌き続けている。やられた本人もなぜ自分が転んでいるのか理解できず、頭に疑問符を浮かべては立ち上がってまた仕掛けていく。
怪我の一つもなく柔らかく敗北させられている時点で、実力の差は明確なんだけどなぁ。
それにしてもよくもまぁ、片足を引きずりながらあれだけの動きができるものだ。
きっと現役の頃はさぞかし強かったんだろうな。
今であれば魔法で遠くから攻撃し放題な上、決定力のある攻撃が難しいだろうことから、距離を取っていれば俺にとっては脅威ではない、はずだ。
全力を出しているのを見たわけじゃないから、判断するのはちょっとはやかもしれないけどね。
騎士もきっと惜しまれて退職したことだろう。なんなら騎士の指導役をしていてもおかしくないようにも思える実力者だ。
端の方で見学をしていると、イス君が丁寧に頭を下げて勝負を仕掛けていくのが見えた。
自信満々でとびかかっていく他の子供たちとは違い、構えたままじっくりじりじりと距離を詰めている。
俺との訓練が活きている、と言いたいところだけど、あれはとびかかっていく以上の悪手だ。
腕の長さとか、扱える剣の長さとか、実力の差とかを考えると、がむしゃらにかかっていく方がまだ希望がある。どんぐりの背比べだけど。
苦笑を浮かべているレーガン先生もそれがわかっているのだろう。
しかしまぁ、慎重なことは悪いことばかりじゃないんだよな。
特に、生き残るだけならば距離を取っている間は逃げるって選択肢も残ってるし、時間をかけていればそのうち増援だって望めるかもしれない。
ある意味、身の程を知っているって言いかえることもできる。
おそらく足の悪いレーガン先生は自分から仕掛けることは不得手だろうからか、ぱっとみはじっくりにらみ合っているようにも見える。つまり、まぁ、傍から見ているだけだと、イス君もそれなりの実力者のように見えるわけである。
事実とは違うけれど。
やがて剣が触れ合ったところで、イス君はひと息に懐へ飛び込んでいった。
あーあ、俺、中心線を取るのが大事だって言ったのにな。
勇気のある一歩のように見えるけど、あれはレーガン先生のぶれない剣先の圧力に負けて逃げただけである。
案の定ころんと優しく地面に転がされたイス君は、かわいらしく目をぱちくりとさせて起き上がる。
そうして一瞬首をかしげてから、はっとした顔をして頭を下げると他の子どもたちの中に紛れていった。実力差だけは理解できたみたいだから、これもまぁ、成長かな。
傑作だったのは、貴族の坊ちゃんのうち数人が、やーやー我こそはどこどこの誰誰で、どこの誰に剣を習っていてうんたらかんたら、と長々と自慢してから突っ込んでいき、やはり同じように転がされたことである。
顔真っ赤だ。
レーガン先生をキッとにらみつけるが、ただただダサいだけだ。
彼らは皆、苦笑一つでレーガン先生にスルーされて、体を小さくして魔法訓練の方へと消えていった。
世の中には強い人がたくさんいる。
子供のうちにそれを学べるのは、まぁ、いいことだろう。
そんな先生に、満を持してアルフレッド君が立ち上がる。
お、いいぞ。
俺まだあいつの実力見てなかったからな。
糸目先輩も、奴は割と腕が立つって言ってたし、お手並み拝見させてもらおう。
うーん、構え、よし。
気合い、入ってる。
意外なことにイス君とは違って、ちゃんとレーガン先生の剣の範囲外からじりじりと様子を窺っている。
親の仇のように鋭い目で先生を睨みつける様は、はっきり言って勇者ってより悪役っぽい。さっきヒューズを睨んでいたのと同じくらいの勢いだ。
何か恨みでもあるのかなーと思う位気合入ってる。
気合いたっぷりのアルフレッド君は、左右へ素早く動き、レーガン先生の左足の負傷に気づいたようだった。ぐるぐるとレーガン先生の周囲を回り、バランスを崩せないかと試みる。
ただ、結局アルフレッド君がどんなに素早く動いたところで、レーガン先生はその場でくるりと回るだけでついて行けるので、流石に体勢を崩すような事はなかった。
結局しびれを切らしたアルフレッド君は、左右にステップを踏みながら踏み込んでいく。
この点でもただ剣先から逃げただけのイス君よりは上等な判断だな。
戦いにおいて行動の意図が一つだけじゃないのって結構大事。
相手には迷いを押し付けたいしなぁ。
アルフレッド君の攻撃は鋭かった。
やるじゃん。
でもまぁ、これくらいなら他と同じように転がされるだろうなぁ。
……あれ?
なぜか二人がバチバチに剣をぶつけ合っている。
俺にはレーガン先生が手加減しているように見えるけど、何か意味があるんだろうか。
アルフレッド君が思ったよりも腕が立つから、色々試してみたくなった?
それにしては動きが、なんだろうな、演技がかってるって言うか。
つばぜり合いからアルフレッド君を押して距離を取った先生は「ここまでにしよう」と言って構えを解いた。
「大したものだな」
これまでにない長い戦いとレーガン先生による称賛に、生徒たちがざわついている。
だというのに、肝心のアルフレッド君は苦虫を噛み潰したような顔をして、ぎりぎりと奥歯をかみしめている。
「……じめにやれよ」
「なんだ?」
「真面目にやれよ!!」
ああ、レーガン先生が手を抜いているの、わかったんだな。
傍から見てる俺がなんとなくそう思うくらいだから、実際に剣を合わせていたら余計だろう。
「真面目にやったさ。君の実力を見るという意味でね」
アルフレッド君はイラついた様子でレーガン先生を睨みつけると、靴底で地面を蹴りつけてそっぽを向いた。
どうやらお気に召さなかったらしい。
意外と熱い男らしいけど、相手の事情を考えられないのはやっぱり子供だよなぁ。
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