第156話 心得
よく考えると俺とアルフレッド君は直接の面識がない。
こっそりと場所を移動すると、その鋭い視線は俺についてこなかった。
どうやら以前注意をしたヒューズのことを睨んでいたらしい。
まぁ、あまりいい印象はないよな。
俺としては妙な喧嘩にならないことを祈りつつ、危なければ止めに入ればいい感じだろう。噂によればアルフレッド君は魔法も剣もそれなりの腕を持っているらしいので、直接対決とかになるとヒューズは分が悪い。
「はーい、注目してぇ」
人が集まったのを確認したクルーブが、手を叩きながら立ち上がって注目を集める。
アルフレッド君の視線がヒューズから外れたのを確認して、俺もクルーブの話を聞くことにした。ちなみにアルフレッド君はクルーブのことを見る目も厳しい。なんか恨みを買うような事でもしたんだろうか。
「今日はこの訓練場を使って、周りがどれくらい戦えるのかを確認してもらいまぁす。手合わせはいいけど、互いに大きなけがはしないように。大きなけがをした人もさせた人もダンジョンには連れて行きませぇん」
んなこと言っても素直に聞く奴ばかりじゃないと思うけどな。
「はーい」
「はい、何ですか?」
手を挙げたのは、聖女候補のユナだった。
ここにいるってことは、あいつもそれなりに勉強とかできるんだな。
「大きなけがの基準って何ですか?」
そんなもん聞くなよ。
ぎりぎりのラインを攻める必要のないことなんだから、互いに怪我をさせないようにしようってことでいいだろうが。
なんか危ないんだよなぁ、あの女。
「僕が独断と偏見で決めまぁす」
「え?」
クルーブの言葉に1年生たちがざわついた。
お前も煽るようなこと言うなよ……。
「それは、良くないと思います!」
「何が?」
「だ、だって、明確な基準があるべきで……」
「何で?」
「そうしないと、駄目だった時に納得できないし……」
「ふーん、そうなんだ」
言い募るユナにクルーブはほんの少しも譲る気はなかった。
それどころか、へらへらと笑って適当な返事を繰り返す。
「クルーブ先生! ダンジョンに入るのは命懸けだって、先生がおっしゃったんじゃないですか! そんな曖昧な……」
「あのさぁ?」
語調が強くなったユナの言葉を、クルーブは笑ったまま遮った。
「何かあった時、君たちの命を預かってるのは僕だよね? 僕の曖昧な言葉を的確に解釈して対応できないような子は連れて行かないから安心してね? 何のために基準がいるの? 誰かを怪我でもさせたいと思ってた?」
一度言葉を区切って、じっとユナを見つめたクルーブだったが、視線をさまよわせたユナからの反論はなかった。
「今回は、あくまで見学だよ。君たちを戦いの矢面に立たせる気は一切ない。聞いてきた子にはこれは答えたと思うんだよね。僕の記憶によれば、君にもそう答えている。この合同訓練は、顔合わせであり、横並びで歩く仲間が何をできるのかを軽く知る場所だよ。馬鹿みたいにはしゃいで仲間を怪我させるような
……できるわけねぇだろ、反論なんて。
これまで気さくな態度で緩い授業してきたクルーブが、突然こんな言い方をしたんだ。13歳の子供がすぐさま立ち直って、まともに口を利くはずがない。
「あ、今の話を聞いて、ダンジョンに行きたくなくなった人は、当日の待ち合わせに無理に来なくていいからねぇ。はーい、それじゃあ魔法はストーンズ先生に、剣術はレーガン先生に見てもらってくださぁい。僕は全体を見てるので、ダンジョンについて聞きたいことがあればきてね?」
かわいらしく小首をかしげたところで、いつものようにきゃーっと声は上がらない。良くもまぁ殿下も含まれた貴族の子供を何十人も捕まえて、バカバカ言ったものである。
ストーンズ先生はあきれ顔で、レーガン先生は苦笑しながらそれぞれの場所へ移動していき、それに伴ってぞろぞろと生徒たちが場所を移していく。
俺も目立たないようにしないとな。
いったん誰も寄り付かないようになってるクルーブの元ではなく、ストーンズ先生の方へ向かうことにしよう。
知り合いの分布としては、殿下とセットのローズ、そしてイス君とアルフレッド君は剣。
それ以外が魔法になる。
あ、パッと名前が出てこないけれど、俺の親衛隊らしい子たちも剣の方にいる。
ちらちらと俺の方を窺っているけれど、目立つから程々にした方がいいと思うよ、うん。
生徒たちが順番に的に向かって魔法を放つのを見ていて分かったことがある。
座学同様、現状は貴族の方が魔法を上手に扱うようだ。
学園に来て数カ月だからなぁ……。
ただ、それを思うと先ほどクルーブに食って掛かったユナは、中々の魔法の腕を持っているようだ。
特別階梯の高い魔法を扱っているわけではないけれど、安定感がある上に、それなりに魔法を使っても余裕がありそうだ。
少なくとも見栄を張って階梯の高い魔法を放ってだるそうにしている貴族の子よりは腕が立ちそうである。あれで治癒魔法も使えるっていうんだから、聖女の称号もあながち適当じゃないんだろうなぁ。
順番が回ってきた俺は、適当に魔法を放ってすぐに引っ込む。
僅かにも疲れていないが、わざわざこんなところで実力を披露しようとも思わなかった。
ヒューズは張り切っており、派手に魔法を使うつもりのようだったけれど、その辺はまぁ、勝手にやったらいいと思う。
殿下とかイス君とかが心配だし、一応剣の方も見ておこう。
俺は誰に断るでもなく場所を移動して、レーガン先生の元へと向かった。
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